第14話「引き裂かれた友情」


「戒、話があるんだけど」


積まれた瓦礫に囲まれた優と戒。戒が授業を終え、子供たちの面倒を見ていたところを優が呼び止め、ここに連れ出したのだ。


「どうした」



優は頬を掻き、目線を泳がせる。

だが、本当のことを言おうと決意していた。どのみち分かることだし、増してや自分の所為で舞友実は死んだのだから。

彩乃に、その勇気を貰った。


「お前に謝らなければならないことがあってさ」

「……」


戒は極限まで鋭くした双眸で優を見る。思わず圧倒されそうだったが、優は絞っていた口を開いた。

「本当は、舞友実は、死んだんだ。俺が外に連れ出したから。俺の所為だ。本当に……本当に、ごめん」


優は深く頭を下げた。背後に広がる景色がくっきり見える程深く。

しかし、優の胸元に強い衝撃が走り、下げた顔は瞬時に上げられる。戒に胸ぐらを掴まれ、引き上げられたからだ。戒はもの物凄い剣幕で優を睨む。


「お前、ふざけんなよ!?お前の勝手な都合で壁外に連れ出して……っ!」


言い切った頃には既に、戒の目は涙ぐんでいた。そんな戒の顔が間近に迫り、優は一層言葉を失う。


「どうしてだよ……あいつは現実世界に行って、もっと幸せになるべきなのに。何であんないい奴が!死ななきゃならないんだ!!」


あまりの勢いに圧倒される優。コートの襟に顔を疼くめ、戒から目線を逸らす。


「ごめん」


もっと、何か。言わなきゃいけないことがあるのに。彩乃にせっかく、励ましてもらったのに。

目をぎゅっと瞑り、眉間には皺が寄る。

だが、いくら頭を回転させても、戒に掛ける言葉は遂に出てこなかった。




「何がごめんだ。この……人殺しがっ!!」



そう叫んだ戒は、優を突き放す。しかし、それは優にとって想定外の台詞だ。戒は優が舞友実を殺したと思い込んでいる。


尻餅をついた優は、焦りのあまり口元が痙攣する。震える手を戒へと伸ばした。


「ちょっと待ってくれよ。何でそうなるんだよ。俺は舞友実を……」


「っるさいな!お前は、叶えなければならない願いがあるから敵を一掃すると言ってたな。だから舞友実を殺したんだろ!」


戒は確実に混乱している。普通に考えれば、あの状況で優が舞友実を殺すはずがない。

優が戒たちを騙していたと思い込んでいるのか……?

その可能性が脳裏に過ぎった優は、必死に首を左右に振る。

「ち、違う。違うよ」


「初めて会った時!!」

戒が拳を振り上げ、そのまま優に放った。怯んだ優は何もできず地面に横たわって両手を覆う。

地面が割れる音。幸い、優には命中することなく済んだ。何故ならここはセーフティータウン。戦闘を行うことはできない。でも、それでも、戒の殺意は一層強くなっていく。


「お前の目が。寂しそうで、悲しそうな目をしてたから。優しくしてたのに……何で、何でこうなるんだよ」



戒が今までにないほどの勢いで憤怒した為、衝撃のあまり倒れたまま口を開けて不動になる優。



戒の大きな声に反応して、学校の子供たちが瓦礫の向こう側に集まって来た。

途端、戒は跨っていた身体を起こし、鋭い目で優を見下ろす。




「俺はお前を許さないからな」


今回が初めてだった。戒がそんな目をしたのは。

当然だ。優が直接手を加えたわけではないにしろ、舞友実が、戒のたった1人の妹が、死んだんだから。


群がる子供たちを相手にせず横切った戒は、何処かへ歩いて行った。


そんな戒を追いかける気力すら湧かない優に。

「どしたの?」

「けんかぁ?」

「倒れてる。もしかして、同性愛……」


子供たちが優に駆け寄ってきた。

優は返す言葉もなく淡々と子供たちを見回す。そこで、ある物を見つけた。

優はまだショックの抜け切れない不細工な笑みを浮かべる。


「これ、なに」


優が指差したのは、子供たち全員に共通に付けられたミサンガと呼ばれる物だった。


「あ、これ?これはね。戒さんが作ってくれた物なんだよ!」


熊らしきぬいぐるみを抱えた少女が嬉しそうに話すと、他の子もそれに釣られる。

そのミサンガは、優と同年代の男の子が作ったとは思えない程繊細で、可愛らしかった。だが、一緒に生活していた限り少なくとも戒は不器用だった。

それに、1人1人それぞれ柄が違うことから、その子を想って、指を怪我してでも必死に縫い上げたことが伺える。


「なんだよ?羨ましいの?」

「戒さんやっさしーよなぁっ!」


瞬間、優の中を何かが掻き立てた。

戒が歩いて行った方を即座に振り返り、縋るように足を動かし始めたのだが……既にそこに戒の姿はなかった。


戒は、多大なる勘違いをしてしまったまま、優の元を離れてしまった。


優が舞友実を、殺したと。



その頃。


「で?取り逃がした。と?まったく、今日は女の子にもフラれちゃうし災難だな」


アブソルートキルの拠点にある部屋の、長椅子に腰掛け、笑顔で語る中年の男。アブソルートキルの首領だ。

テーブルを挟み、対になるように座る一馬と、龍。


「仕方ねぇだろ。このアホが取り逃がしちまったんだからよ」


一馬が隣の龍を罵るような、煽るような表情で覗き込む。

「すみません。カリアとミサクを助けるのだけで精一杯でした」


そう言って、一馬を無視して首領に深々と頭を下げた。


「んいや、いいよ。だが、彼の力は私たちの目的達成に大前提として必要だ」

首領は変わらぬ笑みでそう続けた。真意が読み取れない、実に気味の悪い笑顔だ。



「分かっています。次こそは」



「頼むよ。一馬、龍君」


退室した一馬と龍。

いつも通り無言で先行する龍に、一馬が声を掛ける。


「テメェ、なんで桐原を見逃した」

「奴とは、いずれ戦うことになる。そこで殺す」

「珍しいな、テメェが誰かに興味を持つとは」

「……」

「次逃したら、俺はテメェを命令放棄で処刑するからな」

「……」

頷く代わりに、龍は再び歩みを進めた。


2人の足音が徐々に遠去かっていき、やがて静まり返った部屋。

ふぅっ、と一息吐いた首領は椅子から立ち上がり、窓の奥を見下ろす。


そこで、笑った。

口元を最大にまで伸ばした、悪魔のような微笑み。



「神の力は……私の物だ」


その笑顔は、部下たちに見せていたものとは……別格だった。


ーENDー

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