第13話「失わなければ」


舞友実の部屋に来た優。

舞友実がまだいるのではないか。と、ふと思ったのだ。いや、そう願っていた。


しかし、いるはずはない。いつかの舞友実に叱られたり、介抱された日の気色はなく、辺りはシーンと静まり返っていた。


窓から眩しい光が差し込む中1人、寂しそうに目線を落とす優。絶望しきって、周りを見渡す。

女の子らしい可愛げな家具や、掛けられた華やかな衣装。意外にも、勉強道具なども転がっていた。

その部屋は、今も舞友実がいた頃の面影を残し、余計に悲壮感を匂わせる。



そこで、机の上にある物を発見した。あの日、舞友実が開いていた日記である。


優は無言でそれを手に取り、1枚1枚とめくり始める。目に留まったのは1月4日の日記。

あの朝、どうやら舞友実は優が部屋へ呼びに来た時、これを書いていたらしい。

直筆で、強く、力強い彼女らしい文字だった。


もう舞友実はいない。舞友実が死んだのは自分の所為だ。だが、だからこそ、舞友実の息のかかったこの日記を読まずにはいられなかった。

優は深く深呼吸すると、それを読み始めた。





最近サボってたけど、また書こうかな。


戦争開始日。私はある男の子と出会った。桐原優という少年。私より1つ年上の15歳。


その、優君が私にとって大切な人だってことが分かった。

お兄ちゃんから聞いたんだ。優君が、幼い頃女の子と大事な約束をしたっていう記憶。10年前の記憶を失くしてるってこと。私も10年前、ある黒髪の男の子と約束したの。

だから私その話聞いた時確信したの。

優君が、あの男の子だったんだね……また会えて、嬉しい。


こんな世界に来ちゃったから、正統な生活が送れない。ましてや戦争に参加しちゃったから戦い続ける日々。

でも、希望はある。もし、現実世界に行けて、私の病気も治ったら……

また、物語を紡いでいこう。


って、恥ずかしいわっ!ただの片想いやないかいっ!もし今、見つけて読んでる貴方。変態認定でっすぅ!女の子の私物を漁るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

舞友実のミラクルパンチだぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!






パチッ。


日記を閉じる乾いた音が、部屋中に虚しくも長く響き渡り、喪失感が優の瞼を揺さぶる。


優は、頬を触るも、舞友実のミラクルパンチはいつまで経っても迫って来ない。



優は俯いて、握り締めた両手を額に押し当て、泣くしかなかった。


「俺は空っぽだ……記憶を失くして……大切な人も守れなくて……何も……何も、ない……」




彩乃の寝る病室の前に来た優。理由は分からない。何故かここに来なければいけない気がしたのだ。

扉に手をかけ、ゆっくりと扉を引く。


ベッドの上で、窓を隔てて外の景色を見ていた彩乃は、優の気配にこちらを振り向く。

ボロボロの優に気付くと、すぐさま口を両手で覆う。

「ど、どうしたんですか」

「あ、いや。また、死にかけてさ。てか、なんで俺、ここに」


彩乃の瞳を直視できない。一体何しに来たんだと心底思いながらも、椅子に腰掛ける。


「大丈夫ですか?何かあったんですか?」


彩乃は優の顔を覗き込み、心配そうに言った。優は微笑しながら言う。

「知り合いが……死んだんだ。昔、大切な約束を交わしたかもしれない、人が」




「俺は……」


止めどなく流れる涙。優は彩乃がいるのにも構うことなくベッドに上半身を投げ出し、両腕に顔を埋める。


「俺は戦争が始まるまで、誰かを失うまでずっと、ずっと、人を殺すつもりでいた。それが戦争だから、そうしなきゃいけないから。でも、でも……もう……俺は……こんなこと」


彩乃はうずくまった優を、優しく撫でる。ニコッと包み込むような笑みを浮かべ、顔を優に近付けると、泣き続ける優にそっと囁く。

「やっぱり、優君は優しいね」


「私を助けてくれたお礼。気が済むまで、泣いてていいよ」


ゆっくり、時は流れていった。





数分経ち、ようやく現状況を理解した優は、急ぎベッドから体を起こし、頬を染める。


「ご、ごめん。俺、つい……」

頬を真っ赤に日照らせた優。彩乃に軽く頭を下げた。


「でもやっぱり、あれだ。俺が弱いから君もアイツも傷を負うんだ。全部、俺の所為だ」




俯き、更に視線を逸らして頭を掻く優。そんな優に、彩乃はやや強い口調で言った。


「人が1番しちゃいけないことは、自分自身を嫌うことですよ。優さんはこんなに優しいんだから、その人も、きっと嬉しかったと思いますよ」





優は予想もしない彩乃の言葉に、思わず目を見開いて言葉を失い、口をポカンと開けていた。


「優さんは、名前の通り優しいんですから!ただ、不器用というかなんというか……」


そう言って俯く彩乃も、頬を赤らめた。

そんな彩乃が妙に微笑ましくて、優はプッ、と笑みが零れる。

「ははっ……」

「な、何かおかしいですか?」


「いや……ありがとう。なんか、自信ついた」


掠れた最後の涙を拭き取り、立ち上がる優。

彩乃も優に笑みを返す。


「いえ」


彩乃の微かな笑顔を背にして、優は出口を抜けた。

言おう。戒に。本当のことを。


ーENDー

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