第5話「クリスの提案」

あれから1日跨ぎ、今日は1月2日。セーフティータウンの外では、今も尚戦いが続いている。




「あーっ!優くぅぅぅぅん!!」

「ぐほっ!」


優がクリス武器店の扉を開けると、即座に反応して優の胸に飛びかかり、そのまま豪快にステップを繰り返すクリス。



「ちょ、ちょっと……息が」



当然優の顔はクリスの爆乳に埋もれている。お約束の展開である。

「なぁぁんであれだけ感動的で情熱的で最っっ高な別れをしたのにまだ生きてるんだよぉぉぉぉぉ!ありゃ死亡フラグだろぉぉぉぉぉ??」


「ぶぶぶぶ」



優は窒息死し、この世を去った。






「いや待て!去ってないから!」


優はテーブルに片腕をつき、喉元を押さえ、呼吸を整える。



「いやぁ、私の胸を近距離で拝めて嬉しいだろ。君はエッチで馬鹿で阿呆で猪なのに、何故死ななかったんだろうね」


「どれにも当てはまってないから死ななかったんですよ」


そう言って、優は呆れながらも折れた白刀・白雪(シラユキ)をクリスに手渡す。



「あちゃー、派手にやったねぇ」

「いや、今日はこれがメインじゃないんだ」



優は一歩下がって……両膝をつき、頭と両手を床に打ち付けた。ゴンッという何とも無機質な音が、木質の床を伝って店内に響き渡る。


「ど、どした優君」


クリスは唖然とした表情で口をポカっと開ける。



「金を、貸してくれませんか」





「あはは!冗談だろ優君」


「クリスさんにしか頼めない。この世界で俺が信用できるのは、アンタだけだ」


優は素の性格上、容易に人を信じようとしない。そんな優にとって、クリスのような存在は珍しいのだ。




「んー、幾ら」


「治療費なんだけど……ざっと見積もって5万は……」


それまで、多少なりとも考える仕草をしていたクリスの双眸が、その瞬間ピクリとも動かなくなった。



「……私の収入知ってる?」

「知ってます」

「なら分かるね?」

「すみません」


普段の客の少なさが答え。と、クリスは言いたげだ。

今の優は土下座というより、落ち込んでいるポーズに見て取れる。


立ち上がり、膝下の埃を2回ほど攘う優。優は冬用の黒コートを見に纏っている為、実にゴミが目立つ。清潔にしてないクリスに問題があるとも捉えられるが、いつものことなので気にしない。


「はぁ、半分は出してやる」


「え、ほんと?クリスさん」


優の目に光が灯り、笑みがこぼれる。


「その代わり、白雪は死んだと思えよ。私からの食料支援もなくなると思え」



「うっ、分かりました」




微笑みながらも、先のことを思うと自然と表情が暗くなる。

そんな優を横目に、クリスはパンッと手を叩く。何かを思い出したようだ。


「そだ!優君!私の知り合いの友花ちゃんが学校やってるんだけど、そこで授業やってみない?」


「い、今更学校なんて……しかも、話に全く接点がないんだが……クリスさん」


「違う違う!君が先生になって授業するんだよ」

「あー、なるほど。なら……って、はい!?俺が!?む、無理無理!!」


手を左右に振り続ける優に、クリスは自慢気な表情を作り、人差し指を立ててみせる。


「安心してよ優君!その学校。偽界戦争とかで親を亡くした子供たちに生きる糧を与えてやる場所だから!優君みたいな最低限の知識すらないアホでも大丈夫!人生って楽しい!って思わせればいいんだから!」


無駄に無邪気で可愛いので多少罵られようが然程気にならない優。コクコクッと2回頷いた。

クリスは優を揶揄いバカにすることが幾度とあるが、結局助けてくれる。10年前からずっとそうだ。


「あ、でも友花ちゃん。戦争参加者を嫌ってるからそこはくれぐれも注意」


「う、うん」


「よし決まり!今から行こう!」


「え、あ、うん。はい」







学校、とやらがあるセーフティータウン端のゴミ溜め区域に来た優とクリス。正直、偽界に学校と呼べるものがあるか信じ難い。

周りにはゴミ、瓦礫。そして……


「ちょ、ちょっとクリスさん。何でコイツがいるんだよ」


優の前には昨日、セーフティータウン中央広場で会話を交わしたあの金髪の男がいた。ニヤニヤ顔で優を見ている。


「彼は戒(かい)君だ!君の同僚ってことになるのかな?」


クリスさんが当然のことのように口走る。もう優が学校で先生をやることは大前提のようだ。


「てことで!よろしくな親友!」

「は?」


戒と呼ばれた男は、笑みを浮かべて親指を立てる。それを半目で睨む優。明らかに嫌悪の目線を向けている筈なのだが、クリスはこう言った。


「なんだ2人とももう仲良しだな!じゃ、頑張りたまえ優君!」

「な、何でそうなる!?どこをどう見てそう思ったんですか!?」


ツッコミを入れても、帰路を進むクリスは振り返ることはなかった。


「えぇ……ちょっとぉ……」

自然と溜め息をこぼす優。嫌々、再び半目で戒を見ると、相変わらずの苛立たしい笑顔。


「さ!行くか親友!」



「馴れ馴れしい奴」




こうして、2人はゴミ溜め区域にある学校を目指した。


ーENDー

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る