第4話「2人の剣士」

「はぁぁぁぁああ!!」


ギュィィィンッ!


優と陰無。互いの剣が重なると同時に激しい轟音が響き、鍔迫り合いが始まる。


「あららー?この程度ぉ?」


陰無は変わらぬ笑みを浮かべて優を挑発する。優は陰無の相変わらずの強さに表情を歪めるが、その後薄っすらと笑った。


陰無の背後。空中に人影が現れたのだ。あの少女である。


「やぁぁぁっ!」

勇ましい叫びと共に、颯爽と振り下ろされた剣は陰無を捉えるも、やはり避ける。


「おっとぉ!簡単に避けられるよそんな攻撃♪」


優は陰無が少女の攻撃を回避するのと同時に、地を蹴り陰無に急接近する。

クロス斬りから、右回転斬り、連続斬りへと繋いでいくが、陰無は僅かに体を逸らし、全てを避ける。

更には、優の黒刀を中指と人差し指で摘み、止めてみせた。優の刀は見事にピクリとも動かない。

「なっ!?」

「終わりかな?」


「下がってください!」

少女の声に反応して優は黒刀から手を離し、ステップで退がる。優と少女の立ち位置が入れ替わり、次は少女が前衛へと移る。

陰無は黒刀を背後へ放り投げ、剣を構える。



優の力押しの剣術とは真逆の、華麗な剣さばきで攻撃を繰り出すが、陰無は後方へバク転をしながらその全てを回避していた。やはり陰無は楽しんでいる。余裕の表情がそれを彷彿とさせている。


「あははっ!いい連係だね」


「やぁぁあああっ!」


剣を両手で強く握り、一気に振り上げる少女。しかし、陰無はその剣先を踏み台にし、空中へと跳躍し少女に剣を向ける。


「なっ、危ない彩乃っっ!」


優は後方で上手く立ち回っていたが、咄嗟に反応し、少女を押し飛ばす。


「きゃっ!」


陰無の攻撃を防ごうと白刀を上段に構えるが……


パキンッッ!!


「ぐっ!」

陰無が繰り出した斬撃は、優の白刀を簡単に断刀する程の勢いがあったのだ。胸部から腹部にかけて、パックリと切れ込みが入ってしまった。時期に流血が始まるだろう。


「グッナイ♪優君。君の臓物はあとで美味しく食べてあげよう♡」


再び剣を構え、悪魔のような笑みを浮かべて振り下ろす。が、今度は少女が優を押し、共に地に倒れ込む。間一髪陰無の攻撃は避けることができた。


「だ、大丈夫!?」



「あ、ああ。ちょっと切っただけだ」

「よ、よかった」


陰無がわざとしたのかは不明だが、陰無により刻まれた傷口は然程深くなく、出血までには至っていなかった。

やはり陰無は本気を出していないのだろうか。そんな考えが優の頭を過る。

2人がヨロヨロと立ち直る中、すぐさま少女は口を開いた。


「それより、どうして私の、名前……」



少女は目を丸くして問う。確かに優は少女を彩乃(あやの)と呼んだ。咄嗟だったのはもちろんあるが、互いに自己紹介など交わしていないのに、何故。

「え?俺……」


しかし、そこで優の口は塞がった。少女が突然気が抜けたように目を閉じ、倒れたからだ。優は即座に少女の前に両膝をついた。

「え、どうし……!?」


少女の背中からは、ドス黒い紅の血が大量に流れていた。尋常じゃない出血量だ。先程優をかばった時、少女は傷を負ってしまったのだ。

「そんな……」


優は震える手を伸ばし、少女に触れる。



その瞬間、優の全身に何かが走った。

「なっ、なん……」


草原の中に立つ茶髪の少女。こちらに迫り、満面の笑みを浮かべていた。

「これは……夢の」


『私……君のことが、好き』


次に映るのは、燃え滾る炎の中、大量の血を流して倒れる少女。苦しみながらもこちらに手を伸ばしている。

『……く、……君』



「これは……なんだ……君は、誰なんだ」



そこで意識は途切れた。


「今の……何だ。夢の、続き?あの子は……」


混乱する優を現実に呼び止めたのは、陰無の薄暗い声。

「んー?これは全滅パターンかなぁ?」


「っっ!」


再び注意を陰無に向けた優は少女の西洋剣を左手で拾い上げ、陰無に向かい突進する。途中、優の右手がサークルに包まれ、剣に回路が走り緑に光る。

優の固有能力を発動させたのだ。


能力。それは、神から偽界の人間それぞれに与えられた一つの武器と呼べるもの。強化やら具現やら、戦闘向きから不向きの能力が様々ある。


与えられる数、能力はランダムで、それを駆使し、偽界戦争を有利に進める。


少女の能力は再生。優の能力は武器を飛躍させることができる飛翔、そして……


「能力……〜〜〜」

「おおっ、風が」


豪風を遮り走り急接近してくる優に、力強く横に剣を振る陰無。


それを滑り込んで避けた優は、地面に刺さった黒刀・夜那(ヨナ)を引き抜き、右手に持ち替えた西洋剣と同じように緑色に輝かせ、再び陰無向けて全速力で走る。


斜め上から振り下げられた陰無の剣の着撃地点を西洋剣でずらす。優の頬に僅かに直線の切り傷が入るが、構うことなく左手の黒刀を陰無に突き刺す。

「んん…?」


陰無に初めて命中した攻撃。優は逃すことなく連続攻撃を叩き込む。1撃、2撃と。次々と攻撃が陰無に入っていく。

「はぁぁぁぁあああああ!!」

「ぐっ、ぐほぉあああっ!」


陰無から余裕の表情は消え、驚愕と血に染まる。

更に幾度か吐血を繰り返し、背中からダイナミックに倒れた。


渾身の攻撃を終え、その場に崩れる優の呼吸は、最大限に荒くなっていた。


「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ……」



「いったいなぁ……痛い痛いよ……」

「!?」


突然、何も無かったかのようにそう呟いた陰無に、すっかり勝利した気でいた優の全身は震え上がる。

最早、優に戦う力は残されていないからだ。


「んいやぁにしても……素晴らしい。僕にこれ程ダメージを与えたのは君で2人目だ。何より、僕に1/10程の力を出させたことは褒めてあげよう!」


海老反りでゆっくりと立ち上がる陰無。既に体の回復が始まっていた。細胞や肉が、光と共に少しずつ、ゆっくりと繋がっていく。

その様を見て、それでも尚不満げな表情を浮かべる。

「んー、やはり回復速度が遅い、か」


それを見て優は微かに残った体力を駆使して精一杯口を開く。


「お前も……再生能力」

「んー…どうだろうねぇ?強いて言うならば、人間を超越した能力。かな」


そう言って落ちた剣を拾う陰無。どうやら、もう戦う気はないらしい。


「再生能力も人間……超えてるだろ」

「ははっ、君もいずれ人であることを捨てる。これは予言ではない。真実だ。君が真実を知る日を楽しみにしてるよ」


陰無は優の肩を2回ポンポンと叩くと、不気味で苦い笑い声を上げて去っていった。


「なんだったんだ……アイツ……」

未だに収束を掴めず、再び自分の手に目線を戻した優だったが、少女が傷を負ったことを思い出した。


「っ、大丈夫かっ!」




その夜。


「んー、かなり傷口が深いですね。生きてるのが不思議なくらいです」


セーフティータウンにある大型病院で、院長の長々とした話を聞く優。隣のベッドには、大量の包帯が巻かれ、大掛かりな点滴を取り付けられたあの茶髪の少女。


「それで、回復の見込みは?」

「まあ、安泰でしょう」

「そっか。治療費は俺が出すから」


院長は微笑しながら腕を組み、優の傷だらけの体を舐め回すように見る。



「君が?見たところ中学生くらいのようですが、払えるんですか?」

「敵を増やすようなこと誰がやるんだよ。俺しか払う奴いないだろ」


そう言って、優は少女が寝た病室を、肩を押さえ、壁にもたれかかりながら離れる。

優も陰無との戦いで傷を負った。能力を酷使すると、その分体にダメージを負う。その為、今の優の体は少女と同じようにボロボロだ。



「はぁはぁ……くそっ。俺はまだまだ、弱い」



優は待合室のソファーに流れるように倒れ込み、何もない空間に手を伸ばす。



「それでもっ」


眩暈する瞳を窄め、そして力強く握り締めた。


「目標が増えた。月見から、母さんの死について聞き出す。あいつは何かを知っている。それに、もしかしたら……」



ーENDー

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