チェンジ ザ ワールド〈クロノスタシス〉ーChange the World〈Chronostasis〉ー byめがわるいあきら

【現代伝奇物語、開幕】


――消えた記憶を求め、彼は今日も世界を駆ける。


この世界には魔導が存在する。

それに伴った魔導現象や生物も、少なくなったが消えてはいない。

主人公、形無貴己〈あらなし たかみ〉は消えた記憶を求めながら今日も幼馴染の保崎果琳〈ほさき かりん〉と共に依頼をこなす。

依頼により訪れたのは千年の古都、京都。

馴染みの老舗旅館の亭主に頼まれたのは鬼退治。

ごく簡単な依頼かと思っていたが、しかし予期せぬ事態の発覚により京都全体を揺るがす大事件に巻き込まれることになっていく。

魔導が存在する現代社会で描かれる、伝奇風ローファンタジー開幕。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


〜一章 1話&2話〜


 俺―――形無貴己は現在、とある理由で東京から京都へと向かっている。

 それもリニアモーターカーのグリーン車に乗ってである。


 ―――隣にいる女の子と一緒に、だ。


「あ、見て貴己。花火大会やってる!」


「うん」


「綺麗だけど……こんな昼間からやる必要あるのかな?」


「うん」


「貴己はどう思う?」


「うん」


「聞いてるの?」


「うん……ってちょ、まぁっ!?」


「うるさいな〜、電車の中で大きな声出さないで。他のお客さんの迷惑だよ」


「っ、いや、ここ電車じゃなくてリニア……まぁいいか」


 いちいちコトを正そうとするのは悪い癖、と駅でその女の子―――保崎果琳ほさき かりんに言われたばかりなのを思い出した俺はそのまま口を噤んでおくことにした。


 ちなみに先ほど驚いたのは彼女が俺の顔を覗き込んできたからだ。

 当然の事ながら至近距離に突然女の子の顔が現れたらそりゃあ、驚くに決まってる。

 しかも果琳の容姿は人並み外れているから尚更だ。

 なんと言ってもまず目につくのはその髪だ。

 腰ほどまで伸びる艶やかな髪は燃えるような紅緋と、オーロラじみた翡翠(ひすい)が掛かっている。

 顔立ちは恐ろしいまでに精緻、かつ端正で、明らかに常人離れしている。

 それだけでは飽き足らず、そのスタイルは女優をも膝を折ってしまいそうである。

 気が強そうに見える目元も彼女の芯の強さや性格を物語っていた。 

 そして、果琳は日本有数の魔導の名家のご令嬢であり、次期家督継承の筆頭だ。

 俺とは幼馴染の関係、


 そんな彼女だが、普段俺と会うときはTシャツにパンツといった軽い服装ばかりだ。

 しかし、今日だけは違った。

 涼しげに胸元が開けられたブラウスからはネックレスが覗き、夏場仕様らしい軽い素材で作られた黒のスカートがふんわりと揺らめいている。

 まさに普段の軽装とは対極、瀟洒と清潔の体現かのような体裁だった。

 気合の入りようがまるで違う。

 それもそのはずだ。俺と彼女が向かっているのは京都にある老舗旅館、そして用があるのはそれを経営する人達のもとだ。

 早めの夏休みを利用した、高校生にしては豪華な旅行。

 表向きというか傍から見ればそのように見えるであろう。

 だが、事実は少し異なる。

 確かに旅館での宿泊は楽しみだ。

 京都観光も出来ることならしたい。

 ……とてもしたい。

 だが、それは叶わぬ夢であろう。

 何故か、と問われれば俺は端的にこう答える。


 『魔物退治があるからです』、と。

 なにも、巫山戯て言っている訳じゃない。

 先ほど保崎果琳を紹介した時、魔導の名家と言ったがあれは比喩でも何でもなく、本来のそのままでの意味である。


 この世全ての真理を解き明かそうと科学が今日も邁進する中、科学が加速度的に進歩していき、世界は以前と比べようがない程にとても豊かになった。

 リニアモーターカーに乗れば東京から一時間少しで京都まで行けるようにもなった。

 ……それでもこの世界には解き明かせない謎がいくつも存在する。

 オーパーツ、超常現象、人類進化の詳細、その他諸々……

 魔導もその内の一つだ。

 プロセスのなるものが全く解明出来ない魔の法と術。

 それでも、人々は魔導を用いて暮らしを飛躍的に発展させてきた。

 そういった時期も確かに存在したのだ。

 現在は科学がそのほとんどを担っているが、未だ魔導を必要とする事がある。

 それが魔物退治―――いや、正確には幻想種討伐と言うべきだろう。

 幻想種は生来の生態系からは完全に外れているはずなのに、どこか共通点を多く持っている。

 一説には人々の願いや妄想が集約し具現化した魔の生命体と言われているが、それに関しての詳細は不明である。


 話が脱線したが、簡潔に言えば俺と果琳は幻想種討伐の役目を負い、その依頼主の元へ向かっている、という訳だ。

 一介の高校生がやる事ではないのだが、そこは魔導名家、保崎家の次期家督継承筆頭。

 武者修行的な感覚でご両親から言い付けられて行うのだ、拒否権などある筈もない。


 ――――そして、貴方はこう思っただろう。


 『何故俺がここにいるのか。』


 当然の疑問だ。

 ……だが、その答えははっきり言ってしまうと完全にとばっちりである。別にどうと言うことでもない……はずだ。

 拒否しても、どうせ果琳に首根っこを鷲掴みにされ強制連行されるので、最初から諦めて同行している次第だ。

 高校入学直後からこうやって(無理矢理)付き合わされている為、もう一年以上経つ事になる。

 人生とは早いものだなぁ、と十五年分の人生を記憶していない俺が言うのも、どうなのかと思いながら窓の外を眺めていた。


 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 一年前、俺はそれまでの己と周囲に関する記憶の一切を失ってしまった。

 俗に言う全生活史健忘というやつである。

 家の近くにある裏山の道中で倒れていた所を折悪しく果琳に発見されてしまった、らしい。

 あの時の俺は何も覚えていなかったから、伝えられた事が真実そのものだ。


 何故、俺がそんな所で倒れていたのか。


 何故、果琳が一番最初に発見したのか。


 何故、その日に限って〈世界〉が局所的に光り輝いたのか。


 ……俺には何も分からなかった。


 窓の外では景色が高速で後ろに流れて行く。

 時速500kmという速度はあまりに速すぎて正直何が何だかわからなくて逆に面白くなってくる。

 それでも遥か向こうに見える散り散りの雲と……〈世界〉だけははっきりと見えた。

 文字通り、世界最大の謎である〈世界〉。

 〈世界〉と俺の記憶喪失に何か関係があったのかはわからない。

 それでも彼女は俺という存在を―――身体というしかかった、形無貴己を肯定してくれたのだから。

 だから、別に昔の事が分からなくたって今はそれでもいい。だが、いずれは取り戻したいものだ。


 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


「あっ、そういえばさ」

「うん?…………っ!?」


 不意に果琳が話し掛けてきてそちらを向くと、またも果琳の顔が超至近距離にあり、反射的に顔を反らそうとしてしまった。

 もう一度言うが女の子の顔が……ましてや常人の域を越えた顔たちの果琳が目の前にいたら嫌でもそうしてしまうのだ。


「あーっ! 今顔背けようとしたでしょ」


「……いやしてない」


「嘘だよね?」


「嘘です、すみません」


「な〜んでこの男はそうやってすぐバレる嘘をつくんですかね。まったくもうっ」


「なんだって良いだろ。それで果琳は何が言いたかったんだ?」


 俺は恥ずかしさからすぐに話を元に戻すと、果琳は何かを思い出したように身体を強ばらせた。


「あっ、そうそう。今から向かう所って、実は貴己も昔からの知り合いがいる所なんだよ」


「…………マジ?」


「マジマジ」


「果琳、出発前にそんなの一言も言わなかったよな?」


「サプライズになるかな〜と思って」


「そうなのか……って、うぉおお!?」


 以前の自分の知り合いという言葉に若干の興味を抱きながら無気力に身を任せ、背もたれに体を預けようとした。

 するとどうやらグリーン車の座席はリクライニングソファのようになっているらしかった。

 まさかそのまま寝る体勢になるとは思わなくて驚きの声が口から飛び出てしまった。


「へぇ〜! この席で寝られるんだ! 私もやろっと」


 果琳が唯一日本人らしい見た目である黒目を爛々と輝かせながら俺と同じ体勢になる。

 そのままの体勢でやんややんやと話していると、車内販売のアナウンスが聞こえてきた。

 取り敢えず失礼にならないよう座席を元に戻すと丁度良く前方から客室乗務員が飲み物や軽食を積んだワゴンを押してくるのが見えた。


「Would you care for drinks and foods?(お飲み物やお食事はいかがですか?)」


「!? え、えぇっと……」


 なんと車内販売の標準語は英語らしい。

 なぜ、ここは日本で俺は日本人であるというのに英語で話さなければならないのかという素朴な疑問に関しては、この際無視しておくとする。そして、あまりにも予想外で咄嗟の返答に俺が窮していると、横から果琳が流ちょうな英語で注文してくれた。


「Well… please give me two coke and two pockies.(う〜ん……コーラとポッキーを二つずつください)」


「Your total will be 604 yen. (お会計は604円になります)」


「Here you are.(はい、どうぞ)」


「Thank you.Have a nice trip.(ありがとうございました。良い旅を)」


 難なく乗務員との英会話をする果琳。さすが、英語の成績トップ者だ。

 代金を支払い品物を受け取ると、果琳はそれらを一つずつ渡してくれた。


「ありがとな」


「どういたしましてっ。それじゃあ……将棋しますか!」


 そう言って、果琳が口にポッキーを1本咥えながら何処からともなく取り出したのは持ち運びに便利なマグネットタイプの将棋盤だった。

 こいつ、こんなものまで買い揃えてやがったのか……


「良いけど、負けた方はまた何かするのか? ……出来れば平和な将棋が指したいんだけどな」


 俺と果琳は度々将棋を指すことがある。

 記憶を失くした俺に頭を使うことをさせたいと果琳が言って始めたことだが、負けた方が勝った方の言うことを一つ聞くという特別ルールから察するに、要はパシリにしたいためだけのようだ。


 そんな俺の頼みをさらりと無視し果琳が無理難題をふっかけてきた。


「負けた方は勝った方の荷物持ちね!」


「って、無茶言うなよ。スーツケースだぞ? 学校帰りじゃ無いんだから」


「スーツケースだからこそだよ。あれコロコロ付いてるから持ち運びやすいってば」


「だから、それでも……はぁ、分かったよ。取り敢えず駒を並べるか」


「うんっ!」


 京都に到着するまではあと四十分ほどあるから一勝負つけるには丁度いい時間だろう。

 座席に備え付けてある折りたたみ式のミニテーブルを広げ、俺は果琳と額合わせで盤面に駒を並べた。

 

「負けても文句は言うなよ?」


「そっちこそね! さぁ、始めましょう!」


 先手はいつも俺だ。果琳なりの優しさなのか、どうせ勝てるからと思ってしている事なのか分からないが、取り敢えず俺は矢倉を目指して歩を突き出し、角道を開ける。同じく、果琳も角道を開けた。

 あの果琳のことだ、どんな攻撃的な将棋をするか分からないが取り敢えず飛車先の歩も突き、序盤は定石通りの手順で行こうとした。

 対する果琳は四の位の歩を突き、四間飛車の構えを見せた。

 だが、果琳は絶対にそれをしないと分かっている俺は怪しみながらも矢倉を組む準備をするため銀を動かした―――その瞬間、果琳は不敵な笑みを見せ角道を開けるために突き出した歩を更に前進させた。


「!?」


 定石破りに見えた手だが、俺はこの手を何回か見た事があり惑わされないように定石通り矢倉を組んでいく。


 そして迎えた十四手目、そこで果琳はある駒を容赦なく横に振った。


「……急戦向い飛車か」


 確か俺が最初に果琳と将棋をやった時に喰らわされた戦法だ。果琳は序盤から中盤にかけて飛車、角、銀、桂、香といった強い駒をフル活用して一気に相手陣地に攻め入る戦術を果琳は好んで用いる。

 彼女の魔導に通ずるところがあり彼女らしいなと思ったが、調べたところ対処法を知らない初心者を木端微塵にする戦法を使っていただけのようだった。

 ……やはり彼女らしい。確かあの時は四十手もかからず詰まされたっけ。


「……っ!」


 俺も気合いを入れ、果琳の動きを妨害しつつなんとか矢倉を間に合わせたその瞬間、思い通りにさせてくれずに不機嫌だった果琳の堪忍袋の緒が千切れて戦が始まった。


 果琳の繰り出す飛車角銀桂香の盛大な連撃を間一髪で躱しつつ、俺は果琳の気を抜いた隙を見計らいつつ両取りや桂頭の銀などの小技を駆使して果琳を一歩ずつ崖の後ろへと駈らせた。


 そして―――終盤に差し掛かった、その時だった。


『まもなく京都駅です。JR西日本、JR東海へはお乗り換えです。今日もリニア特急をご利用くださいましてありがとうございました』


 将棋を指していると時間はあっという間に経ち、京都駅到着のアナウンスが鳴り響いた。


「ねぇ……貴己」


「うん?」


「いつの間にこんなに強くなったの? 一丁前に矢倉なんか組んじゃってさっ」


「今まで何回負かされてきたと思ってんだ。流石に対抗策の一つ二つは講じるさ」


「それにしたって、その差し回しは私のこと嫌いすぎでしょ」


「そっちが鬼殺しとか急戦棒銀とかそんなのばっか仕掛けてくるからだろ? 今回だって急戦向かい飛車なんて使ってきたし」


 そうやって悔しそうに拳を震わせながら俯く果琳の前に広がるのは見るのは見るも無惨に攻め駒をほとんど潰され、ほぼ美濃囲いだけになった陣形だけだった。


「いや、もうこれは勝ちでいいだろ」


 まだ詰みの手順は見えていないが、ここから巻き返すのはどうやったって無理がある。

 何回、何十回、何百回と黒星を積み上げてきたが、俺は今日、ようやく果琳に初の勝利を果たし、白星……いや、大金星を手にする時が来た……!


「そういえばさ」


「うん?」


 謎の既視感と違和感を感じ、果琳の方を見た。

 果琳は変わらず盤面を見下ろしている。

 まだ何か打つ手が無いかと思索し続けているのだろう。

 だが、その様にとてつもない優越感のような何かを感じた俺は果琳に声を掛ける。


「今更やっぱ無しは聞かないからな」


「ううん、そうじゃなくて貴己に見せようと思うの。劣勢時の究極の逆転方法―――必殺技を」


「はい? そんなものあるのか」


「うん、たった一つだけあるよ」


 果琳は未だ盤面を注視し続け、顔を上げることは無い。

 京都駅到着も間近に控え、他の乗客は既に降りる準備を始めていた。


「で、それを今から見せてくれるのか? もう時間もないぞ」


「大丈夫………………一瞬だから」


「なら早く見せてくれ」


 そして丁度、リニアモーターカーが京都駅へと到着し、俺が一瞬、その刹那の間だけ盤面から目を離し窓を見た、その瞬間であった。


「……ちゃぶ台返しって知ってる?」

「は? ――――って、んなぁっ!?」


 言うやいなや将棋盤をひっ掴み、手早くお互いの駒を内側へと流し入れたかと思うとそれをパンと二つ折りにしてしまった。

 まさに電光石火、疾風迅雷の早業、文字通り一瞬だった。


「それは流石にずるいだろ! 卑怯だ!」

「ふーん、知りませんよーだー」


 俺の抗議も虚しく果琳は身支度を済ませ、ペロリと舌を出すとさっさと出口へ行ってしまう。


「……くっそー」


 ……吐いた悪態すら腑抜けてしまう始末だ。

 見ず知らずの奴にこんな事をやられたら誰であろうと全力で殴り込みにかかっているところだが、果琳相手だと何故かそんな気にもならない。

 それどころか妙に愛嬌さえあったように思えてくる。

 それが彼女の人徳……カリスマ性というやつなのだろうな。

 兎にも角にも俺は今日も彼女のカリスマに振り回されてしまったな。

 まぁ……それはそれとして、さっきのツケは後でしっかりと回収させてもらおう。


 ……このままで終われるか……! 俺の初勝利を返してもらうぞ……!


 復讐の炎をメラメラと燃やしつつ果琳の後を追おうとするも、


「あっ、ちょこれ降りられない」


 人の列がかなり後ろまで続いており、どこにも割り込める隙が少しもない。

 降りるタイミングを完全に逸してしまった。


「くっそーーっ」


 そんな俺はもう一度悪態を吐くのだった。


 ★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 なんとか車両から脱出し、待っていた果琳と共に俺は京都駅の改札を抜け外へ出る。

 どこまでも続く雲一つない青空を背景に、割と近くに見える京都タワーが目を引いた。


「流石に人の数が多いな……あ、京都タワー」


 俺が阿呆みたいに京都タワーを見上げている間、果琳はスマートフォンの画面を開き唸っていた。


「果琳、どうかしたのか?」


「うーん……待ち合わせがこの辺のはずなんだけど」


「待ち合わせ?」


「うん、迎えの人を行かせましょうって言われて分かりましたー、ってところまでは良かったんだけどその迎えに来てくれる人の特徴を聞くの忘れてた」


「何をしてるんだお前は。まぁここが待ち合わせの場所だってんなら待ってればその内くるだろ。気長に待とうぜ」


「そうだね〜」


 そう言って、俺と果琳がその辺の柱に寄りかかっていた時だった。


「鬼が出たぞおおおぉぉぉーー!!!!」


「「っ!!」」


 屋台や食事処が立ち並ぶ賑やかな通りから必死の形相で人が走り出てくる。

 奥は人だかりでよく見えないが、悲鳴がいくつか上がっているが……俺にはとても信じ難かった。


「いや、まだ太陽だって昇り切ってないぞ? それにこんな人の多い所で鬼が出るなんて俄かには信じられないんだが―――」


「………………っ」


 俺は思ったままの言葉を口にする。

 普段ならば果琳も何か言うところだが、果琳は俺の言葉には反応せず悲鳴が上がった方向をただ一心に見つめている。

 そして数秒後、不意に呟いた。


「…………いる」

「いる……って、まさか鬼が!?」


「っ!」


 次の瞬間には、果琳は騒ぎがする方へ疾風の如く駆け出していた。


「んなっ!? ちょっと待て!」


 人の流れに逆行して、後を追う。

 角を曲がった先、道の真ん中にいる果琳と、もう一つ大きな影を見つけた。


「………………まじかよ」


 それは背丈が人の倍以上ある一ツ角の鬼だった。

 障子戸がなぎ倒されている定食屋から持ってきたのであろう大きめの壺を抱えており、そこに手を突っ込んではタレのような焦茶色の物を夢中で舐めている。

 黄土色の肌をしているのも相まって、どこぞの蜂蜜好きな黄色い熊を連想した。

 なお、アレとは違い肌には何も着付けてはいない。

 必然的に……例の『ブツ』は垂れ下がりっぱなしである。

 正直、あれ程大きい『ブツ』をあまり見ていられる気にはならない。

 だが、これは寧ろ好都合だ。

 この大きさの鬼になってくると大抵が棍棒などの武器を携えており、凶暴で力も強く、普通なら手がつけられないのだが、今はタレを舐めるので夢中になっている。

 果琳もそれを分かっているのだろう。

 大きく息を吐き、浅く息を吸い込むと、地面を砕き鬼の懐へと臆さず飛び込んでいく。

 文字通り、ひとっ飛びだ。

 普通の人間がすれば間違いなく体の組織が崩壊しかねない行為だが、魔導で身体能力を底上げしている果琳にはこの程度の芸当は造作も無い。


 それよりも真に驚嘆すべきはこの後だ。

 真正面に人が突然現れ驚愕の声を上げる鬼に、暇を与えることなく果琳が鬼の面前に手を翳し、言い放つ。



龍炎のフラメ……咆哮ドレクっ!!』



 その手から放たれる極太の熱射線が鬼をその魂こど喰らい尽くし、炎柱となって天を駆け上がっていった。


「ちょ、あっつっ!?」


 余波の熱風が強烈な勢いでこちらへ押し寄せる。

 思わず腕で顔を覆い、熱波が収まりそちらを見ると、燃え尽き炭素の塊になった元鬼の姿とケロリとした様子で傍に佇む果琳がいた。


「お前なぁ……『龍炎の咆哮フラメ・ドレク』は狭い場所で使うなって前にも言ったろ」


「ご、ごめんっ。咄嗟に出てきたのが『龍炎の咆哮』しかなかったんだよ〜」


「いや、まじで路地裏とかでそれ使うなよ? 確実に俺が炭の塊になるからな?」


 そうやって果琳に言いながら、俺は見るも無惨な姿になった元鬼を見下ろす。

 真っ黒に焼け焦げており角なんて灰すら残っていなかった。


「うわー……唯一の特徴の角まで焼け落ちてるじゃん、こっわ」


 一体、摂氏何千度で灼かれたらこんなことになるのだろうか。

 ……想像するだけで恐ろしい。


「あーっ! そうじゃん! 角まで焼いちゃダメだったのに!」


 思い出したように叫ぶ果琳を俺はその理由を尋ねた。鬼の角が何かしらの役に立つなんて聞いたこともない。


「え? なんでだ?」


「鬼の角が万病に効くって話知らない? 売ったら高く売れそうじゃん」


「……それはどこ情報なんだ。さいの角じゃあるまいし」


 と、まぁ、鬼を真っ黒な塊へと変貌させた張本人はこんな調子である。

 あまりの出来事に言葉を失っていたらしい人々がようやく人心地を取り戻したらしく、周囲が段々と騒ついてくる。

 と、そこに人の良さそうな男性がせわしなさそうに駆け寄ってきた。


「あぁ、やっぱりそうでしたか! 私、中御門様よりあなた方をお迎えにあがるよう申しつけられた者で御座います。遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。事後処理などはその手の者に任せて、騒ぎになる前にここを離れましょう。必要な書類などは後で運ばせますので」


「うわぁー!! そうだった!! 書類書くのめんどくさいよー!」


「できるところは俺も書いてやるから取り敢えず行くぞ。騒ぎになるとそれこそ面倒臭い」


 実際は既に騒ぎになっているが、俺たちはその男性が用意していた車に乗り込むと脱兎のごとくその場を離れたのだった。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


はい! という訳で8作目はめがわるいあきらさんの

チェンジ ザ ワールド〈クロノスタシス〉ーChange the World〈Chronostasis〉ー


でした!……はっきり言っちゃって、めちゃくちゃ疲れました。

何せこの文量を仕上げるのにかかった時間は……5時間オーバー。それほど集中してやらないと作品に力負けしてしまいそうでした。


あと、将棋の話も割と盛りましたね(笑)


本当に書いてて楽しかったし、いい作品なのでストーリーや世界観がほんっっとうに良かったです!皆さんもぜひ読んでみてください!!URLはこちらから!


↓↓↓なろう↓↓↓

https://ncode.syosetu.com/n6611ew/


↓↓↓カクヨム↓↓↓

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886409194


さて、次は9作目、てのてのさんの『異世界スローライフ(物理)』です

楽しみにしていてくださいね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る