第1話 『妻』との出会いは唐突に(中編)


 まぁそんなこんなで無趣味でモテない俺は、休日が否応なしに暇になる。朝起きて部屋を見回すと大分散らかっているのが目に入った。


(少し片付けないとなぁ)


 アパートは借り物だ、汚くしていると大家さんからも良い目で見られないだろう。衣服を整理するためホームセンターに衣装ケースを求めて足を伸ばす。良い物が見つかり買って部屋の隅に置くと、これが中々しっくりとくる。この時からだろうか、俺はすっかり片付けマニアになっていた。


 そんなあくる日の休日。午前中で部屋の掃除を終えた俺は清々しい気持ちで近所を散歩していた。思えばこの街に来てドライブはよくするものの、近所の事はよく知らない。とりあえずここから見える小さな山を目指して歩いた。

 山林の中は静かで誰も居ない。山道があり人が来ている筈なのだが誰とも行き合うことはない。いや、今はそれでいい。誰かとばったり会って「これからどちらへ行かれるんですか?」と聞かれても返答にきゅうする。怪しい奴だと思われても嫌だ。


 そして、どんどん奥へと進んで行くと小さなやしろを見つけた。


(何だあれ? 古いけどきったねぇな。使われてないのか?)


 近づいて見ると草茫々くさぼうぼうの中にその社はあった。というか草だらけで傍に寄れない。扉の前にお神酒みきが倒れているのが見えた。

 暫く立ち尽くしていた俺だったが、決心すると一旦アパートに戻り掃除用具を持って来ていた。あろうことか掃除マニアの血が騒いでしまったのだ。


 周囲の草を粗方刈り、持ってきたポリタンクの水で雑巾を絞り、えん高欄こうらん(社の手すり部分)を拭いてやる。途中で俺は一体ここで何をしているのだろうという思いがよぎったが振り払った。この時はひたすら何かを綺麗にすることが楽しかったのだ。

 大体掃除が済むと、倒れていたお神酒を綺麗にし、ワンカップ酒を注いでやった。その隣に大家さんから貰ったが不味くて処分に困っていたお菓子をお供え物として置いてやる。こうして一時間ほどで掃除は完了した。


(ふぅ……成し遂げたぜ)


 達成感に満ちた俺はさっきコンビニで買ったワンカップ酒の釣り銭を賽銭箱に投げ入れ、拍手をすると願掛けする。当然内容は「良い相手に巡り会えますように」だ。そして、掃除用具を手にその場から立ち去った。


 神嫌いの俺が何故ここまでしたのかって? それは「綺麗にしたかったから」というのもあるが、正直言うと他にも理由がある。


 はっきり言おう。これは神に対する俺なりの嫌味だ。


 誰だって嫌いな相手から突然親切にされたら驚く。その時だけはいい気分になるかも知れないが、後から絶対に不気味がるだろう。下心があったんじゃないかと不安にさえなる。万が一「こいつもしかしていいヤツなんじゃね?」と思ってもその時だけで、後から「やっぱりこいつ駄目だわ」と思った時のガッカリ感は半端ない。

 良い相手に巡り会えますように、などと願掛けしたのは我ながら傑作だと思った。俺は神道しんとうに詳しくはないが、俺に縁切りの呪いを掛けた龍神とか弁財天べんざいてんとかいうやつは、かなりの有力神に違いない。こんな田舎の鎮守ちんじゅの森に潜むろくまつられてもいないような神が太刀打ちできる相手ではないのだ。ボクシングで言えばプロ試験にも合格していないようなアマチュアがいきなり世界チャンプへ挑むようなものである。無謀極まりないのだ。


 明日は仕事だ。早めに布団に入った俺はニヤニヤが止まらなかった。もし神がいるとするならば、今頃は酷く困窮こんきゅうしているに違いない。社を掃除してくれた心優しい人間一人救うことができず、頭を抱えているに違いない。いい気味だとさえ思った。



 その晩、夢を見た。


 真っ白で何もない場所で、俺は一人突っ立っていた。



──明日、始めに目の合った者がお前の伴侶はんりょとなるでしょう。

 

 どこからか声が聞こえ、俺は夢から覚めた。時計はまだ午前三時だった。



 ここまでの話で察しのいい人間はもう気付いてしまったと思う。まあこの後の展開はご想像の通りだ。それと前のページで「後半へ続く」と言ってしまったがまだ中編だ、本当に申し訳ないと思っている。それでも付き合って貰えるならば嬉しい。

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