第8話

≪太陽暦:三〇五六年 十月十三日 一二:三六 廃殻西方部¨壊都¨亜粋家工房(株)≫


 好々爺に先導された先は、無数のガラクタに廃材、停止した四輪車に重機がひしめく、機械の国とも言ってもいい区域だった。アルナの背丈の倍ほどにそれらが積み上がり、渓谷めいた様相をしているので、それがどれほどの規模かは掴み切れない。そして背の高い重機や重なったジープに布や足場を掛け、みな好き勝手にバラックを作り上げているのだから奇妙な集合住宅だ。

「散らかったところで悪いの。土方ってのは自分ちは雑に造っちまってな」

「そんなことありません。ここの廃材だけで、ここまでの住居を作ってしまうなんて……」

「はは、奇特なお嬢さんだな。そんで、そこの坊主」

 言われて自分か、と炉那が顔を上げる。廃材と廃材の谷間の道を振り返らずに歩きながら亜粋という老爺は語り掛けた。

「いらん喧嘩を買ったな。壊沿自警の武牢ぶろうと言えば、敵に回すも味方に回すも最悪な相手と知っておろうに」

「さぁ。まぁ後の事は後で考える」

「炉那さんっ!で、ですが亜粋さんの一言には、彼らは退いていきましたが?」

 この老人が現れた瞬間に、武牢という男は途端に害意を失せさせ、つまらなそうに去っていった。ともすればこの老人も彼らに負けぬ有力者であるはずだ。ともすれば、莫琉珂が連絡する際に使用した公的通信は、彼のコネクションと考えてもおかしくない。

アルナの検眼に亜粋はもごもごと口ひげを動かし笑って見せる。

「土方連中で付き合いが深いだけさ。持つべきものは人の縁よな」

 そうはいってもあの後光琳を保護し、彼の生家までも壊都自警の魔の手にかからぬよう取り計らったのだから、やはりこの老爺は只者でないのだ。恐らくは、壊都の建設業者の首魁といったところだろうか。

「ほれ、見てみろ」

 そう言って老爺が示すものを見て――アルナはあんぐりと、炉那でさえも口を開いて目を丸くした。

 廃材で作られたガレージの内に丸まっていたのは、まさしく炉那とアルナを襲ったあの全鋼機蟲ぜんこうきこ『棘・八十式おどろ・はちじゅうしき』。あれとは違う黒鉄の大蠍が身を丸めていたのだ。

 その隣にももう一機。こちらも全鋼機蟲であるが棘八十式のような殺意は感じない。赤銅色の重厚な殻を何層にも重ね球体を成している身体は、まさに団子蟲のようだ。そんなものがアルナなら十人は収まりそうな膨れた体躯を丸めている。

「“鎧・零七式よろい・ぜろななしき”という。電想式が組み込まれていないから自律駆動はせんが、代わりに手動操縦が可能で立派に動くぞ」

「こ、こ、こんな機体は月都の規格に存在しない――月都でも開発されていません!」

「おおそうか。ともすると見せるのはまずかったかの?まぁよいか。これも莫琉珂が造った」

 唖然とする二人に、亜粋がどこか誇らしげに話す。

「幼いころから絡繰りや逸脱機をバラす妙な奴だと思って拾ったら、いつか自分で月都の機構や逸脱機もどきまで造るようになった。まったく馬鹿げた娘だよ」

「逸脱機もどきを!?そ、そんな、逸脱機は未だ解析しきれぬから逸脱機なのに」

「そんな偏屈な理屈は凡人の尺度であろーーーーーーーーーぐあっ!」

 ガレージの内から甲高くよく響き、そして妙に舌っ足らずな叫び声。思わず見れば目が潰れた。大型照明によって照らされ、業務用の扇風機が何故か風を作り出しているのだ。

「そも月都の¨全鋼機蟲¨も逸脱機を研究し研究し、解明した技術によって造られたもの!原理不明の逸脱機も解明すれば、複製できる技術にまで堕とすことは可能だ!ましてそれが凡人の手で能うならば!」

 慣れて来た目が少しずつその影を映し出す。三人の前に堂々と仁王立ちし追い風にその白衣と栗色のくせ毛を翻す影――大声で捲し立てる、その人物は

「この逸脱機学の大!天!才!……莫琉珂にできぬわけが、ぬぁいっ!にゅわーーーはっはっはっ!!!」

十、十一にも成らぬ、寸足らずな子供だった。



「帰るぞ」

「えっ」

「にゅわーーーーーっ!?!?!」

 即座に踵を返した炉那に、莫琉珂が悲鳴を上げる。

「そこの不愛想なの!この天才の偉業を目にして平服するでも感涙するでも無意識に賛美歌を謳うわけでもなく帰るとは何事かーーー!」

「……そんな馬鹿げた話、信用できるか。九つにもなってないような子供がこれを作ったとでも?」

「と!お!つ!だ!今年の冬で!」

 炉那とアルナが亜粋に顔を向ければ、亜粋は困ったように笑い、頷いた。きっと莫琉珂の歳についてではないだろう。莫琉珂は本当にこれらの機械を造ったのだ。

 年は十つ、身長は140cmばかり、つむじ風に巻き上げられたような栗毛の頭になぜか白衣のこの童女が、上手く高笑いもできないのに月都顔負けの技術でそれを為したというのだ。

「ぬうっ……不愛想!もしやお前のそれは~」

 そう言って炉那が身構えるころにはすでに栗毛の珍獣はすぐそばに滑り込んでおり、そして0.2秒と立たず―――炉那の右腕を分解した。

「なぁっ……」

「ろ、炉那さん!莫琉珂さんその方の腕には!」

「ふむーっ!やはり前文明最盛期の逸脱機だな!神経接続に熱量変換機構は勿論のこと、超力強化腱ともすれば伝説の¨大老君¨の系譜に違いない!この力場発現器は……ふむ、何かの射出機だな!」

「っ――!」

 五指の間に挟んだ工具。並行して異なる作業をする右手と左手。捲し立てる小さな舌。瞬くまに炉那の腕が開かれ内部が晒され、そしてその用途が明らかとなる。何かが憑りついたかのような様子も合わされば、それはまさしく¨神業¨としか形容できない。

「ほ、本当に……貴方が、¨壊都の天才¨莫琉珂氏なのですね!」

「だーかーらー!最初からそう言ってるであろう!はい!拍手!」

 半場強制的に行われた拍手を恍惚の顔で浴びにんまりと笑うと、莫琉珂は再び0.2秒で炉那の腕を元に戻した。そして、その掌をアルナに突き出す。

「したらば、早く出せっ」

「?出せ、とは?」

「凡人!¨大羿¨設計図の完全版に決まってるだろう!」



 かくしてガレージの中、アルナと莫琉珂は対面して座していた。アルナ持参の菓子に手も付けず、莫琉珂は一心不乱に設計図面を読み漁る。そのまましゃぶりつき呑み込んでしまいそうなほどの気迫だ。

 その背後では、炉那が少し離れてその様を見ていた。奇妙な珍獣が書物を読む様と、それをなぜか真剣に眺めているアルナの顔は見ていて少し面白かったが、それでも飽きる。

 あの¨馬鹿真面目¨というタイトルの一枚絵みたいな女の顔。それでもどこか人を圧し、心を力づくで開かせる¨何か¨。しずしずと眺めていればそれが掴めるような気がしたが……わかったのは案外睫毛が長くカールしてるだとか、困ると髪の房を弄って唇を尖らす癖があるとか、そんなことだけだ。

 自分自身に馬鹿らしくなって目を逸らせば、ガレージに転がっていた¨それ¨に気づいて、思わず亜粋の肩を叩いていた。

「あ?なんだ?」

「その、これって」

「ああそいつぁ莫琉珂のじゃなく俺の趣味だな。ガラクタから拾い上げたんで、せっかくだから直した」

「……欲しいんだ。いくら出せばいい?」

 亜粋は目を丸くした後、呵呵大笑。膨れた腹を叩いて少年に¨それ¨を掲げて見せる。

「あんたも見かけによらず酔狂だな。手慰みに直した程度のもんさ、タダでもってけ」


「にゅうううっ……成程 成程……おおよそ!つかめた!」

 設計図の印刷されたビニールシートから顔を上げ、莫琉珂はぱっと笑みを咲かせる。先ほどまで今にも爆ぜるのではと言うほどに紅潮し膨れていた様とは大違いだ。その年相応の笑顔に、アルナは微笑ましくなってしまう。

「急務ではありません。ゆっくりと解読してからお返事をいただいても……」

「やはりダイゲイは荷電粒子砲かでんりゅうしほうだったのだっ!!!」

 アルナの言葉さえも遮って、少女はその舌を躍らせる。

「やはり成層圏まで¨タイヨウ¨を撃墜可能な質量をもった砲弾を飛ばすなど非効率と思っていた!かつ撃墜したとしても衛星の破片が地上に降り注ぐと!ともすれば撃墜した後外宇宙に破片が飛散していくほどの斥力が必要!」

「は、はいっ」

「ともすればそれほどの斥力を生み出すには亜光速に達する必要がある。無論砲弾では不可能だ!ともすれば重力抵抗の少ない荷電粒子、それもとりわけ質量の大きい中性子でなければ不可能だ!凡人!¨大羿¨の中には、線路めいた軌道が二つ砲塔に整備されていただろう!?」

 びっと伸びる小さな人差し指。思い返せば確かに、あの穹窿の間から見上げた大羿の砲塔には、二つの溝が螺旋を描きながら発射口まで続いていた。

「確かにありました。ですがあればライフルの施条の様なものかと……」

「月とバイオスッポン程違うが、用途は同じだ!大羿はあの施条ライフリングを以て粒子を加速させる!」

 転がっていた鉄板を拾い上げると、莫琉珂は懐からチョークを取り出し、曲線を描き出す。バネの如く螺旋を描く線と線。それぞれの一端に小点が打たれ、莫琉珂の真ん丸な瞳が輝きだす。

「二本の螺旋はそれぞれが粒子加速器となっている。片方で原子核を、片方で電子を亜光速まで加速させた後、砲塔上層の螺旋の交点にてそれらをミックス、人の手で中性子を生み出し、射出する!」

 アルナも屈み、小さな天才の示すその構想を覗いて沈黙思考する。

「……つまり、大羿が撃ちだすのは鉄の砲弾ではなく、荷電粒子――光の矢だということですか?」

「然りッ!」

 それは神話に描かれるような神秘の光景だ。あるいは子供向けのコミックに登場するような馬鹿らしい一幕だ。ましてそれを語るのは、他ならないその子供。

 じっとアルナは瞳を閉じる。その瞼の内で行われるのは、急速なリスクと担保の概算だ。

 この少女の構想に賭けることの不安要素。少女の年齢。荒唐無稽な構想。自由奔放な言動。社会的信用。

 この少女に賭けるべき理由。月都の開発者すらも黙らせた論証。全鋼機蟲すらも独自に開発する手腕。壊都の有力者、亜粋からの信頼。

 この時ばかりは彼女はその豊かな情動を抑えつけ、静謐に、冷淡に、最適解を選んでいく。余計な感情は精錬し、リスクとリターン、その天秤が――リスクが完全に消える選択ではなく――釣り合う値まで、千に万にシミュレーションを繰り返す。

 すっと、白金の睫毛に縁どられた天蓋が開かれる。

「……わかりました。貴方の構想を採用します」

「思い切ったことだの、お嬢さん」

 ひょいと莫琉珂の襟首が掴まれ持ち上げられ、いつの間にか居た亜粋の肩に乗せられる。ぎゃうぎゃうと喚く童女を余所に、亜粋は髭を弄った。

「紹介した儂が言うのも何だが、このチビスケのことを信頼するとはな」

「今までの莫琉珂さんの功績から信頼できると考えました。それに既に調査団でも決が出ていることです」

「こいつは見ての通り暴れ栗鼠だ。何をしでかすかわからんぞ」

 きゅうと髭を摘ままれる亜粋の前に、アルナは立って見せる。そして、その唇が弧に結ばれた。

「構いません。彼女の全てを請け負うのが、責任者わたしの務めです」

 亜粋はころころと笑い、中腰になり肩に乗った莫琉珂とアルナ、その視線の高さを揃えて見せる。ここに来て初めて、少女たちの真っすぐに交錯した。

「……それでは、¨大羿¨開発顧問への着任、引き受けてくださいますか?」

「にゅふふふっ。¨大羿¨という大物はこの天才の心をくすぐるっ!この天才に任せるがいい!」

 その言葉と、団栗のような瞳の輝きに、この天才の求めるものがわかる。もはや彼女にとってはタイヨウを墜とし地球に涼風をもたらす偉業も、それに伴う多額の報酬も二の次であり、大羿を使用するという“手段”こそが彼女の“目的”なのだ。世紀の発見パラダイム・シフトの結果ではなくその過程こそを咀嚼する、あまりに無垢すぎる感性は、確かに天才というのだろう。

 アルナが差し出した手を、莫琉珂の手が握り返した。小さく未発達なはずなのに、皮は厚く常に鉄粉の混じった、技術者の手。

「必ずや、¨タイヨウ¨を、撃ち落としてくれよう!」


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