第2話

 確かに、地平線の向こうに、黒い点のようなものが段々と大きくなってきている。よく見ればそれはバギーの形をしている。それも、数台。

 あの砂丘から100m歩いた先にある、街への最短ルートではないが平坦な荒野。ここへ段々と車が向かってきている。あの砂丘からこれを見つけるのだから、蛮風ヴァンプは時に理解しえない能力を見せる。

 背後で神殿の彫像めいたポーズで反り返り、賛美の言葉を待ってなければ尊敬に値したくらいだ。

「だけど……どうするんだ」

「そりゃあお前、乗せてもらうしかねえだろ!夕方までには街まで付くぜ?」

「……そんな気のいい運転手ならいいけど」

 小馬鹿にしたように溜息をつく炉那ロナにどすんと、蛮風が肩を組む。

「ばっか野郎。お前はもうちょっと、この世の幸運とか、運命とか人情って奴に期待していいんだぜ?そりゃァ世の中そううまくはイカン。けどな、期待するだけならタダさ」

「……そんなことはないよ」

 髭面を擦り付けてくる蛮風を押しのけ、鬱陶しそうに炉那は吐き捨てる。

「期待して叶わなかったら、その分……疲れる。わざわざ疲れるほど、気力は余ってない」

 そして炉那はああ畜生とわずかに心中で毒づいた。こういう消極的なことを言うと、蛮風は目に見えて落ち込むのだ。ただでさえ面倒くさい爺が、二乗くらい面倒くさくなる。

 目の端でちらと見て見れば、今回はそうではなかった。炉那のことなど放っておいて、車の進路上に立ち、奇妙なポーズで親指を立てている。

「……そのポーズの意味は?」

「イカすだろ?」

 炉那は馬鹿らしくなって、降ろした荷物に腰かけた。


 段々とバギーは近づいてくる。白のジープを先頭に、少し離れて五台ほどが扇型を作って進んでいる。

 列を作って走ればいいものを、なぜあんな風に――炉那がそう考えていると、

「……あー、炉那。荷物背負っておきな」

 妙なポーズをやめた蛮風が、彼らしくない剣呑な表情で、車を示す。炉那もおおよそ把握して、すぐさま従う。

 やがて近づいてきた白のジープ。そしてその車体は、真新しい無数の弾痕が残っていた。そして、背後の黒い八台から煌めく、銃火。

 白の装甲に火花が散る。


「……どうする」

「あれれぇ~?炉那くんはもう15ちゃいなのに自分のことを自分で決められないんでちゅかぁ~?」

 盛大な舌打ち。そして蛮風の引き笑い。

「テメーのことはテメーが決めろ。まぁアドヴァイスするなら、無視すんならあの襲撃者側の弾幕をやり過ごさにゃあな。対して、白バギーに恩を売ればタクシーが手に入るかも、だ」

 逡巡するように、僅かに黙した後、炉那は白バンに向かって走る。

「やっぱりな」蛮風の笑い声は、逆風の中へと消えていった。


「危険です!離れてくださいっ!」

 白のジープの車窓から声がした。年端もいかない少女の悲鳴にも似た声だ。それを気にも留めず、二人の男は跳び、ボンネットに着地。フロントを転がるようにして衝撃を受け流す。

 運転手と助手席の女が呆気にとられているのが一瞬見えた。天井にて炉那は荷物袋で自分の身を隠す。何が入っているのか、荷物袋は銃弾を弾いた。その隙に炉那は車窓を覗き込んだ。

 開いた車窓の中には、眼鏡にスーツの運転手―-¨月都¨の奴らだ。間違いない――そして助手席にスカーフを撒いた、白のスーツの女がいた。

「あ、貴方たちは」女の声は、先ほど聞いた少女のそれだった。不安、恐怖で震えている。

「……とりあえず、乗せてくれるなら助けるけど」

「えっ!?」

「いいか?いいよな?よし!お邪魔しまぁす」

 もう片方の窓からのぞいた蛮風がやいやいと捲し立てると、彼はそのまま車窓を右手でたたき割り(強化ガラスだ)運転席に入る。そして呆気にとられた眼鏡の運転手を背後の座席に放り投げると、己がハンドルを握った。

「じゃあ炉那ァ、暴れてこいっ」

「……俺だけがいくのか」

 睨む炉那を前にして、少女がそのスカーフをとる。そこに隠されていた白金の美髪と、黄金の眼が露わになる。

「……私は北辰ほくしんアルナと申します。ご助力いただけるならば、必ずや報います」

 少女、アルナの言葉は震えていた。だがそれ以上に、その恐怖を抑えつけている意志が垣間見えるのだ。

「……行かねばならないところがあるんです」

「わかった」

 それだけ答えると、炉那は天井に戻る。途端、蛮風はブレーキを踏みしめ、バギーは急減速。背後に迫っていた襲撃者たちの車に肉薄する。

 困惑しハンドルを切る黒のバギーの一台に、すたんと炉那は飛び乗ると、そのフロントガラスに己の右腕を振り下ろす。

 アルナといった少女の乗るバギー同様、それは月都製の強化ガラスでできているはずだったが――飴細工のように容易くひしゃげ、砕けた。鱗片の如く舞うガラス。そのまま硬直した色白の運転手の顔を打ちのめすと、炉那は再び跳ぶ。

 脇を走っていた車の側面に飛び移り、天井を掴むとなんとその鉄板を指は穿つ。


「えっ!?装甲バギーに……指を突き立てた!?それに強化ガラスを……!」

 先行するバギーからその様子を目にし叫ぶアルナをよそに、脇で蛮風は快哉を叫ぶ。

「かかかっ!あいつの腕は、ちょっと特別性なのさ」


 飛び乗った先の襲撃者たちはまだ少しはよく動いた。窓を開き、そこから機関銃の銃口を出す。だが、それより先に車内に突っ込まれる白銀の銃口。

 小大砲とも言うべき大型の拳銃の銃火が瞬く。たんたんたんたん、四度の打鍵の後、車内の席を埋める四人の頭部、一つ一つに赫が咲く。

運転手の頭部がハンドルにもたれたとき、アクセルも踏み込まれたのだろう、急発進したバギーはそのままスリップ、横転。蹴飛ばされた空き缶めいて宙へと輪舞。

 翻るバギーの側面を蹴り、炉那は次なるバギーの天井へ。車体が大きく揺れる。急ブレーキで生まれた慣性に、着地したばかりの炉那は引っ張られ転倒。バックドアの取っ手に危うく取りついた。 

 見れば、背後に別のバギーが追尾して走っている。運転席の男が獣めいた笑みを浮かべ、少しずつアクセルを踏んで見せる。このままバッグドアと巨大なバンパーで炉那を挟み潰そうというのか。

 白銀の自動拳銃が三度鳴く。しかし強化ガラスに亀裂が生まれるだけで、貫通することはない。運転手がアクセルを踏み込み、鋼鉄のバンパーが80kmで迫る。

 一秒先には踏まれた蟻みたいに全身骨折。だけど、炉那の眼は揺るがない。銃をホルスターにしまうと、右腕を貫き手のごとく突き出す。

 だんっ、旧突進してきた鋼鉄のバンパーを、五指が貫く。80kmの速力はただのそれだけで押しとどめられ、反作用で車体がぽんと浮く。

 そして、炉那は腕を振り上げる。

 2t超はあるであろう鋼鉄の塊が¨舞い上がる¨。超常現象に泡を噴く乗員をそのままに、炉那の右腕がバギーから引き抜かれると、そのまま荒野をゴミ屑のように転がっていった。

 驚愕を通り越して恐慌となったバックドアの向こう側に、右腕で窓を割り、弾丸を打ち込んだ後、炉那は天井へと上がる。


「う、嘘でしょう……?」

 驚愕しているのは無論こちらもだ。アルナは質量が重力を逆らう光景に、思わずスーツの裾を掴んでいた。車の天井に立つあの少年の矮躯の、いったいどの器官が重機械めいた膂力を生み出すというのか。

「嘘みてえに見えるのか?¨月都げつと¨の方がもっとやべえ技術があると思うがね」

 思わず振り返り、いや当然だと得心する。自分たちが月都の人間だなんてことは、話さずとも洋装で十分にわかるだろう。そして、その言葉に秘められた詰りにも。

 僅かに唇を噛んだのち、アルナば蛮風の横顔をまっすぐと見据える。

「そんなことはありません。この地表にしかないものも、存在します」

 そして、フロントガラスへと視線を移す。その先に見える一本の、巨大なる黒影に。

「それが、私の求めるものです」

「……おい、まさか嬢ちゃん、あんたの目指す場所って」

 銃声。どしゃ降りの雨のようにそれらが響く。反射的に頭を下げたアルナの視界の端に見えるのは、右側面に並走してくるバギー、そして火花を散らす重機銃。弾丸が幕を造り、このジープに幾重幾重にも突き刺さり、ついに運転席のガラスを突き破る。

「!旅人さんっ――!」

 悲鳴を上げるアルナを人指し指が止めた。メトロノームめいて、右に、左に揺れると、彼女の口に沿わす。

 蛮風はにっと笑うと、懐から何かを取り出しひょいとバギーに掲げて見せる。

それはさも、金細工の卵のようであった。だが蛮風が車窓からそれを放ると、その表層がするりと剥がれ、翅と成り、尾と成り、残影を造り天翔する。

 そして弧を描いて空を切ると――そのまま襲撃者のバギーのボンネットに孔を開け、貫通。


 ボンネットから火焔が噴き出しバギーは横転。アルナの絶叫がこだまするよりも早く、蛮風が高らかに笑い、飛翔してきた金の蜻蛉せいれいを捕まえる。

「そ、それも……逸脱機ですよね」

「おう。俺ら“遺跡荒らし”の仕事道具さ」

 遺物荒らし――前時代の遺跡に降下し、落盤や粉塵爆発、果ては自律機械から突然変異の巨大害獣を掻い潜り、その遺物たる“逸脱機”を収集する冒険家たち。

 どたんっ 天板が軋みを上げる。炉那がいるのだろうその上をアルナは見上げた。この二人は、一体。

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