第5話

 * * *


 暗い、ひたすらに暗い廊下を歩く。

 床には紅い絨毯が敷かれ、高級感を廊下に与えている。


 この廊下の風景は見慣れている。

 しかしながらこの時間に、ここを歩くのは私だけだ。


 もうすぐ目的の場所に辿り着く。

 そこには「彼女」がいる。

 そこに気軽に向かえるのは私だけ。


 扉が近づいてくる。

 普段は開いていて、その中央に彼女は座っている。

 その隣に立つのが私の役目。


 しかしそこが目的地ではない。

 その更に上の階に彼女は待ってくれている。


 胸が熱くなる。

 早く行きたいという思いと、この胸が高鳴る時間を楽しみたいという相反する心の声がせめぎ合う。


 とはいえ、待たせてはいけない。

 急いで階を上がり、目的の部屋へ向かう。


 ノックをするまでもなく扉が開けられ、その中へと誘う。


「待っていたよ、君」

 愛しい存在がこちらを見る。


 その美しさには何度も見惚れる。

 そして私は「彼女」の名を呼ぶ。


「待たせたな、――――」


 * * *


 目が覚める。

 いつもの自分の部屋で、いつもより早い時間に起床する。


 窓から見える空は晴れわたっている。


 今日は五歳の誕生日。

 初めて王都に向かう日だ。


 そして何より洗礼を受ける日。

 王都にある大聖堂で洗礼を受けるというのが公爵家では仕来りとなっており、自分もそのために王都へ行くのだ。

 

 もちろんそれだけではない。

 初めて親族に会うことができる。

 実際に祖父母には会ったことがあるらしいが、生まれてすぐのことなので記憶にない。

 そして前世の記憶が戻ってからは初めてだ。


 そんなおめでたい日なのに。

 どうしても心にもやもやしたものが残っている。

 

 寝ていた時に見た夢のせいだろうか。

 夢を見ていたことは覚えている。

 しかし内容が思い出せない。


 刹那。

 ——心を締め付けるような、女性の笑顔が視えた気がした。

 

 * * *


 訓練開始から一年経ち、剣の腕や魔力が上がった。

 そして当然、ダンス訓練なども受けた。

 厳しいムザート伯爵夫人の手ほどきを受けることが出来たので、正式な場で踊るようなダンスもマスターすることができた。


 ちなみにダンスの授業では、セルティ姉上がいつも参加して、

「仕方ないけど、レオンのパートナー役してあげるわ! 感謝しなさいよね!」

 というテンプレ発言をしていたのは家族全員の知るところである。


 この一年で学んだことは多く、この異世界が「大ルイナス世界」と呼ばれていることや、イシュタリア王国についても理解できた。

 イシュタリア王国はこの世界で第二位の面積を持つ大国で、北側を「魔の森」、西から南にかけて海に接しており、南の一部から南東にかけてを「フラメル帝国」、残りの東側を「セプティア聖教国」と接する、豊かな国なのだそうだ。


 何よりも、エルフやドワーフなどの亜人や、獣人に対する差別がない。

 国民の活気があり、善政が敷かれている素晴らしい国だという評判を得られているのだ。


 やはり、異世界定番の亜人・獣人は楽しみだな。

 いずれお目にかかりたいものだ。


 さて、一般的に「ルイナス」と省略されて呼ばれるこの世界は、地球とは全く異なる世界であり、いわゆる剣と魔法の世界だということは早くに理解できていた。


 詳しく学んで行くと、この世界には魔物と呼ばれるモンスターが存在しており、人々は魔物を恐れつつも素材としての有用性から必要なものとして認識している。そして、冒険者や狩人たちは魔物を討伐し素材や日々の糧として売ったり、食べたりして日々の生活を賄っているそうだ。


 魔物たちは、魔力の高い土地に生息し、ある場合には人を襲って生きている。


 なお、文明的にはそこまで発達しているとは言えない。


 理由の一つとして、魔法の存在が挙げられる。

 そして人族に限らず、大抵の知的生命体は少なからず魔法が使用できる。そのため、科学より魔法が発達しており、「理屈より感覚」が重視されているような雰囲気がある。

 そのためなのか、移動手段や娯楽、医療や保障制度などの面で地球に比べ劣っているように感じるのだ。


 そしてもう一つの理由は、この世界の文明が一度滅亡し、再建されたものであるということである。


 この世界の前には「旧世界」と呼ばれている超文明があったそうだ。

 そこでは科学も魔法も今の世界や地球とは比べものにならないほど発達しており、遺伝子操作のみならず人の魂という根幹にまで手を伸ばし、自由に扱うことができるほどのものだったようだ。


 しかし、今から一千年以上前にその文明は突然滅びた。


 理由は知られていない。人々は大戦争があったとか、魔物によって滅ぼされたとか、神罰だとか言っている。

 

 しかしそれよりも真実なのではないかと言われている話がある。

 それが、「魔王と勇者」のおとぎ話である。


 おとぎ話で出てきていた魔族や魔王。

 それはおとぎ話でもなんでもなく、実在する存在だった。


 実はこの世界の北端に位置する場所に「空門ゲート」と呼ばれるものが存在している。

 それをくぐり抜けた先が「魔界」なのである。


 そして、その魔界に住む存在が「魔族」である。

 強力な魔法と身体能力、そしてその長命性、と全てにおいてこのルイナス側の存在を遥かに超えている。

 

 そして、かつて魔族の長である「魔王」で、好戦的な存在が誕生し、ルイナスとの戦争になったことがあるようだ。

 戦争は互いに大きな損害を出し、最終的には人間の勇者がその魔王を倒して戦いが終わったと言われている。

 その最後の戦いの部分がおとぎ話となり、残っているのだ。


 そのため、現在ルイナス側と魔界側は戦争はしていないものの、全く関係を持っていない状態である。


 ——話が逸れてしまったが、それだけ多くのことを学び、習得することができたのだ。

 本当に両親とマシューには感謝である。


 そしてミリィもよく手伝ってくれた。

 精神は大人でも身体は子供。


 眠くなるのが早いわ、体力が切れるのも早いわで、何度となく着替えさせてもらったり、風呂に入れてもらったりしたことは数えきれない。


 ……自分も大概仕事で疲れているだろうに、よく手伝ってくれたものだ。

 王都に行ったら何かプレゼントでも準備するかな。


 さて。

 あまりゆっくり起きていると、何が起きるかわからないので手早く着替え、支度を整え準備する。

 王都に行くための旅装とはいえ格式高い服装だ。割と複雑な作りをしているのだが……着替えるスピードがかなり上がっている。

 誰のせいだ。


 その時部屋のドアが勢いよく開かれる。

「やあ起きているかい愛しの我が息子よ! 今日は誕生日だからパパが優しく起こしてあげよう!」


 ——ほら現れた。


「父上、既に起きていますよ。それより言動が危なすぎます。マシューへの報告が必要ですかね」

「息子よ! 最近扱いが酷くないかい!? もう少し子供らしく反応して欲しいんだがね!?」

「『男子、三日会わざれば刮目してみよ』ですよ、父上」

「毎日会ってるよね!?」


 このようなやりとりも毎日のことだ。

 というか、もう少し大人しくなれないものか。

 黙っていれば渋いイケメンなんだが。


 父を軽くスルーしながら食堂に向かう。

「ちょっと!? パパがスルーされてるんですけど! 俺、家長なのに扱い酷くない!?」

 遠くで父の声が聞こえる。


 食堂に降り、皆に挨拶をする。


「母上、おはようございます。本日はいつもに増して、とてもお綺麗です」

「あら嬉しいわね。レオンもおはよう。そして五歳の誕生日おめでとう」


 洗礼や、親族である王家との面会のために王都に行くからには、格式高い姿をする必要がある。

 元王族であり、公爵夫人である母上はその立場にふさわしい美しい服装をしていた。


 馬車で移動する以上正装は難しいが、旅装の中でも最上位の服装をしている。

 無論これは自分たちも同じなのだが。


「兄上、姉上もおはようございます」

「おはようレオン。そして五歳おめでとう。洗礼が楽しみだね」

「レオン遅いわよ! ……でも中々…か、格好良いじゃない、服に免じて許してあげる。いい!? レオンにじゃないんだから!」


 そう言いながら頬を紅く染められてもな。

 誰得だよと言いたい。


「おはようございますレオンハルト様。お誕生日おめでとうございます。使用人一同お喜び申し上げますぞ」

 やたらと堅い言い方なマシュー。

「ありがとうマシュー。そしてミリィやみんなも。これからもよろしくね」

 そう言って軽く頭を下げる。


「おいおい! パパを忘れないでくれたまえ! そんなわけでおめでとうレオンハルトよ!」

「父上もありがとうございます。そして落ち着いてください、マシューが睨んでます」

「ぐむむ……」


 相変わらず力関係の分からない二人である。

 

 そんないつもの朝から始まり、朝食を皆で摂ってから馬車で出発する。


 * * * 


 イシュタリア王国王都「ベラ・ヴィネストリア」

 イシュタリア王国最大の都市であり、王国すべての中心でもある都市。


 立地的に高所にあるため、攻め込まれにくいというメリットもある。

 都市を囲む城壁は古代のアーティファクトと呼ばれる特別な魔道具でもあり、より強固な防御性能を誇る。


 そして多種多様な人々が集い、日々を過ごし、商売をし、生活を楽しみ、人生を終える。

 

 都市中央部に存在する王城は「ヴァイセローゼ城」と呼ばれ、白く美しい荘厳な姿を見せている。

 王城周辺は貴族街となっており、貴族たちの王都邸や一見さんお断りの高級店などが連なっている。


 そしてその一角に、セプティア聖教の大聖堂が存在する。

 今からそこに向かうのだ。


 ……といっても、王都とライプニッツ公爵領は隣で、徒歩で半日程度で到着するレベルなのだが。馬車なら六時間で着く。


 * * *

 

 ――ライプニッツ公爵領から南下して六時間。

 途中で昼食を摂ったが、テンプレの盗賊とか魔物の襲撃イベントも無しで無事王都に到着した。

 

 王都に限らず、城壁には二つの門が存在する。

 一般用の「水簾(すいれん)門」と緊急・貴族専用の「星樹門」に分かれており、付き従う騎士達と共に星樹門に向かう。

 公爵家の紋章の入った馬車を見るなり、門兵達が敬礼をしつつ声をかけてくる。


「恐れながら、ライプニッツ公爵家の馬車とお見受けします。貴族章のご提示をお願いいたします」


 そうひとりの門兵から言われたので、横に付いてた騎士のひとりが、二十センチくらいで、円形のバッジに飾り紐の付いたものを取り出す。

 それを見た門兵は、

「ありがとうございます。どうぞお通りください」

 と言って再度敬礼の姿勢をとった。


 そのまま馬車は王都を進んでいく。


 初めて見る王都。

 自分にとっては、転生して初めての「外の世界」である。


 歩道には人々が行き交い、活気を見せている。

 逆の窓から見ればカフェだろうか、外のテーブルでカップルや家族が飲み物を飲みながら楽しそうに笑いあう。

 しばらく行けば様々な店が建ち並び、必要なものや嗜好品、様々なものを売り買いしながら人々の生活に彩りを添えていく。

 時には鍛冶師の鎚の音が聞こえ、弟子達を叱咤する声が響く。

 冒険者が大きな武器を抱え、物珍しそうにこちらを見てくる。


 それもそのはず。この道は水簾門から真っ直ぐに来た場合に到達する場所だからだ。


 通常、星樹門から入った場合、少し別の道に入らなければここに来ることはない。

 星樹門からは警備隊の詰所や学院街の中心部を通り、貴族街に入るからだ。


 父はわざわざこちらの通りを見せ、王都に住む庶民の生活を見せてくれたのだろう。

 いずれは自分もその中に入り、生活するのだろうなと思いを馳せながら見る。


 父が口を開く。

「ここ楽しそうだろ〜。たまに遊びに来るんだが面白いぞ?冒険者とかもいいしな〜」


 ……台無しである。

 父はただ楽しそうだからと来たようだ。

 念のため母上の顔色を窺う。


 だが、母上も同じようだった。 

 そういえば両親は冒険者をしていたこともあるそうだ。本当に色々な設定が出て来る両親である。


 そのようなわけで二人とも楽しそうである。

 なんだか色んな意味でどうでもいい気分になった。


 しばらく馬車に揺られて進むと貴族街が見えてきて、その奥に白く荘厳な王城がそびえている。

 そしてそれよりは小さいが繊細な装飾の施された、およそ五階建てほどの高さの建物が見えてくる。


 そう。

 これが今日の目的。

 洗礼を受けるための大聖堂である。 

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