第4話

 四歳にして正文字を習得する。

 しかも読むだけでなく書けるようになるというのは、有り得ない。


 それが皆の思いだったようだ。

 よく考えればそうだろう。普通もう少し大きくなってから学ぶものらしいし。


「れ、レオンはそこまでできるのか……流石は私たちの子だ。

 ……あまりに早く成長しては愛でる楽しみが減るんだが」


 あいにく最後の方は聞き取れなかったが、父上から褒められるのは嬉しいことだ。

 母上も喜んでくださるだろう。


「レオン流石ね〜。私よりも早いんじゃないかしら? そう思わないマシュー?」

 既に頭を撫でられていた。「なでりなでり」という擬音が聞こえてきそうである。


「ヒルデ様も早かったですぞ?確か四歳半でしたかな」

 なんでそこまで詳しく覚えてんだか。


 しかしまだまだ学ばなければ。

 古文字を教えてもらわなければいけないので、母上にお願いしよう。


「母上、お願いがあるのですが……」

「いいわよ〜。何かしら?」


 嬉しそうに笑みを浮かべて母上がこちらを見る。

「できれば古文字を教えていただきたいのです。併せて魔法も早めに教えていただきたいのですが……」


 母上が笑みのまま固まった。

「レオンちゃん? 流石にそれは早いんじゃないかしら?」

「流石にそれはどうかと思うぞ?」

 両親がこちらに目を向ける。


 しまった。二人とも目が笑っていない。

 どうするか。というか何故怒られるのだろうか。


 しばらく思案しても答えは出ないので、正直に答える。

「できるだけ早く力をつけたいのです。そのためにはたくさんの知識がいります。この家の本の中には古文字の本も多いのです。少しでもこの国の一員として、貴族としての務めを果たすためにも。お願いです」


 本音は早いところ冒険者になって、確実に戦えるようにするためなのだが。

 冒険者は十二歳から登録できる。あと八年で強くならなければならない。

 最初の戦闘で死ぬとか御免だ。


 それに冒険者になるのも、あくまで自由に国のために働くためなのだ。


 だがそんなことを言ったら教えてもらえないはず。

 悪知恵というか、狡いとは思う。


 正直、このまま貴族の生活も悪いとは思わない。慣れればいいだけではある。

 そして知識欲に嘘はない。


 子供では言えないようなことを言い過ぎたとは思う。

 だからこそ全てではないが、正直に伝えることが何より大切だと思った。


 ――と頭では考え、割り切ろうとしても、心は冷や汗を流しまくっていた。

 唯の大人びた子供の言葉ではなく、明らかに「おかしい」存在だとみられるのではないか。


 単なる親馬鹿に見えても父上は貴族の当主。母上は元・王族。

 その明晰さや経験は、いくら前世が大人とはいえ一般人とは比べものにならない。


 両親の目がスッと細められる。

 

 ――ここで恐れてなるものか。

 退けば、「普通」の子どもとして生きられるだろう。

 だがそんなものは求めない。

 この世界に生を受けたからには「普通」ではなく劇的に、「異常」に生きてやる。


「――ふむ」

 父上の声がする。


「うふふっ」

 母上の、少し力が抜けた声がする。


 途端に両親との間の空気が弛緩した。


 恐らく、この時間は数分、いや数秒の話だったのだろう。

 でも、体感時間は非常に長く、精神を磨り減らさんばかりだった。


「ここまでの精神力を見せられるとは思わなかったな」

「そうね〜。流石はレオンちゃんだわ? これならいいんじゃないかしら」

 両親が口を開き、こちらに笑みを見せてくれる。


「レオンちゃん。魔法にしても、剣にしても、何にしても。肝心なのは何だと思う?」

 そう言って、母上はしゃがんで僕に目線を合わせて来た。


「それを何のために使うかという思いや動機ですか?」

 なんとなくお約束の質問だ。

 無論、僕も前世のころからずっと思ってきたことなので、そのまま答える。


「そうよ。貴族であるからにはより一層自分の行動を律し、国や民のために活動しなければいけないの。『ノブレス・オブリージュ』って言葉があるわ。『高貴な者の義務』という意味だと王家に伝わっているのよ」


 うーん、昔かもしれないけれど地球人がいたことがあるのか?

 普通こんな言葉ないだろう。


 ……おっと、集中して聞かねば。母の話は続く。


「願いだけがあってもどうしようもないけれど、力だけでも意味がないわ。そこを理解しているかしら?」

「無論です、母上。イシュタリアの公爵として、王族の血を引く一人として、民と国と王様のために、ふさわしく力を使います」

 

 しっかりと両親の目を見て宣言する。


「よし、わかった。ならば時間を作って剣や戦い方を教えていこう。マシュー、剣を準備してくれ」

「私は魔法を。マシューは思いつく限りの教養と講師をリストアップしなさい。ダンスとか作法とか。レオンが望んだからには時間が許す限り教え込むわよ」

「かしこまりました。全身全霊をもって準備いたします」


 気づいたら大ごとになっていた……

 まあ、元々自分でしようと思っていたことだ。協力してもらえるなら助かる。

 しかし、いずれ冒険者になるのだから、ダンスは必要ないのでは……


「レオン様〜、もう少し子供らしく生活しましょうよぉ……わたしが大変になっちゃいますぅ……」

 

 うん、ミリィ。ごめんよ。

 本当は自分だけでするつもりだったんだ。なぜか両親とマシュー巻き込んだけど。

 すまないが諦めてくれ。


 僕はミリィに対して心の中で合掌した。




 * * *

 

 半年後。

 正文字の習得から始まった、両親とマシューからのバックアップ付のホームスクーリングはなかなか順調に進んでいった。

 すでに古文字の習得も済み、四歳らしからぬ達筆で文字を書くことができるようになった。


 古文字自体、読めても書ける人はほぼおらず、母上や一部の宮廷魔導師、そして考古学者や研究者の中でも古い人たちのみらしい。

 ちなみに僕は古文字自体は一ヶ月程度で習得できた。


 文字数自体そこまで多いわけではなく、形状も正文字に比べれば複雑とはいえ漢字ほどではないのだ。

 少し驚いたのは、正文字は古文字を元に作られたらしく形状が近い部分もあったこと、そして自然や状態を表す単語が多かったことだ。


 本来古文字も一般的に使われたものだったらしいが、新しく正文字が作られたようだ。理由は様々で、魔法と密接に関係しているから一般使用は避けられるようになったとか、古代文明が滅びて知識人がいなくなり、簡単な文字が必要になったとか言われている。


 僕としては魔法と関係している文字ということで下手に書くと術になってしまうからなのではないかと思う。特に自然や状態の単語が多いということは、それだけ術の表現がしやすいということではないかと思うからだ。


 ちなみにまだ本格的に魔法は習っていない。

 とにかく魔力貯蔵量を増やして、体内で循環させることで制御力をあげる必要があるからだと言われた。

 もちろん母上の講義を受けているので、理論的な部分は理解しているのだが。


 この世界の魔法はなかなか面白い。

 体内の魔力だけではなく、自然に存在する「マナ」と呼ばれる魔素を制御して構築し発動させるらしい。

 もちろん魔力量が多ければ大きな魔法を使えるので、自然のマナを使うとはいえ、体内の魔力量も必要だ。


 まず問題になるのが、「テレバス」つまり思念だ。

 これが強くないと魔法の距離や強さに影響するらしく、弱いと遠距離攻撃とかはできないそうだ。


 そして、魔法の構築に関係するのが魔法術式らしく、詠唱や魔法陣を使うとのこと。

 これがまた難しいと母上は言っていた。詠唱はそれなりに種類があり、適切な単語を組み合わせることで魔法を構築し発動する。

 ずっと魔法を使い続けると「詠唱短縮」や「無詠唱」ができるようになるらしいのだが、そう簡単ではないそうだ。

 母上曰く、「イメージの問題だと思うんだけど、みんな下手なのよね〜」だそうだ。


 最後に、適性属性。

 誰もが全ての属性を使えるわけではないらしい。

 全く使えない訳ではないが、魔力効率が悪く、構築にも時間がかかる。研究者によると適正属性以外へのマナの変換が難しいかららしい。


 基本となる火、水、風、土の自然四属性。多くの人がいずれかの属性を持っているそうだ。

 そして、自然属性に比べ少数な光,闇の陰陽二属性。光は浄化や上級治療ができ、部位欠損すら治せる人もいるようだ。


 さらに自然上位属性があり、火の上位「爆」、水の上位「氷」、風の上位「雷」、土の上位「砂」が存在する。これは元々適性がある人もいれば、基本の自然属性を突き詰めて上位属性に至る人もいる。


 そして、陰陽属性である光の上位「聖(ひじり)」。使用者は非常に少なく、光属性から上がるのも困難と言われている。ただ、使える魔法は強力で、死後数時間以内であれば蘇生させることができる「リザレクション」が有名だ。だが、発現した場合、国がその人を囲い込むためにすぐに宮廷魔導師団に入団させられる。


 さて。そのように色々存在する属性だが、そのどこにも入らない属性が存在する。

 それが「無」の属性。


 どの魔法も効率よく構築できる。

 しかし放出ができない。いや、極端に弱いのだ。

 そのため、放出系魔法を必要とする職業である魔導師や錬金術師、治療師などには就けない。


 とはいえ、肉体の強化や加速、使用者自身の治癒などはできるので、戦士系の人たちに多く、身体強化による戦力は一騎当千になるとすら言われる。


 そして、何よりの特徴が「ストレージ」と呼ばれる収納魔法だ。

 

 魔力量によって左右されるが、物を収納できる魔法。

 少なくとも三メートル四方は入れることができるのだ。


 冒険者では、無属性の冒険者というだけでも喜ばれるらしい。

 そりゃ、戦力にもなるわ、自分は治療できるわ、物は色々持っていられるわ便利だからな。


 しかし、無属性の人間は騎士になることは少ない。

 多くの騎士は属性魔法を使い、それを誇りにしているからだ。

 適正属性を条件とする騎士団もあるぐらいだ。

 

 父上はなんと、雷と水という二属性を使える。

 

 そして、騎士だけでなく貴族たちも同様である。

 魔法の適性は個人差があるが、属性は遺伝しやすい。

 

 何百年と王国が続いていく中で、貴族間での婚姻は、属性魔法を使う血筋を脈々と受け継いできたのだ。

 王家もその例に漏れず、何種類かの属性魔法を使えるものが多い。

 

 ……母上なんて火、風、土そして上位属性の爆、雷、砂を使えるもんな。

 そして、やはり講義で聞いて驚いたのだが、母上は宮廷魔導師団の団長らしい。

 「魔法が得意」と言ったのも納得である。

 

 この無属性について聞いた時、なんとなく「お約束」というものを思い出した。

 大体転生した奴は、不遇の属性になるんだよな……もちろん全属性パーフェクトなチートもいるけど。

 

 属性がわかるのは、五歳になった時に受ける「洗礼」の際らしい。

 

 この世界では「セプティア聖教国」を総本山とした「セプティア聖教」が信仰されている。

 この世界を創り、導く「七柱」と呼ばれる神々を信仰するそうだ。


 どの教会でもいいらしいが、教会で洗礼を受けると、スキルやステータスと同時に適性属性を知ることができる。

 これによって自らの強さや適性を知ることができ、職につき、生活を行うための指針になるのである。


 洗礼までまだあと半年あるので、その間にできるだけステータスが伸びるようにしておこう。

 子供の頃のトレーニングも影響するらしいし。


 今日も魔力トレーニングを行う。

 トレーニングの方法は、「魔力をとにかく使い切る」そして「体内を循環させる」ことらしい。

 

 魔力自体は術式を使わなくても放出はできる。

 体内の魔力を感じることができるようになればこれは簡単で、あとはそれを外に出していくイメージをすると放出ができる。そして、ただ放出された魔力は自然のマナに戻り拡散していくので危険がない。


 そして循環。

 これはただ放出するのではなく、体内に貯蔵された魔力を、自分の意思で体の隅々にまで送り、それをずっと巡らせる訓練だ。

 実際には、この世界の知的生命には「アニマ」と呼ばれるアストラル体のようなものがあるとされている。

 そこに蓄えられた魔力を肉体に移動させ、アニマと肉体の全体に循環させるというのがこの循環の訓練だ。これをすることで、術式の発動や構築スピードが上がり、暴走を防ぐ点でも必要な訓練である。


 半年もこれを行うと、かなり魔力が上がっているのが実感できる。

 このまま属性魔法が使えたらチートだが。


 まあ、冒険者を目指しているので無属性でも「私は一向に構わんッッ!!」と言ってみる。心の中で。





 さて、魔法以外に習っているものが剣術。

 剣術については剣を実際に振れるので楽しい。

 これは父上が教えてくれる。


 何故なら父上が剣士だからだ。

 父上はかつて近衛騎士をしていたこともあるそうで、その実力は折り紙つき。

 ……今は国防軍の総司令で、軍務卿らしいが。


 父上は長剣と盾を使う。長剣はいわゆるクレイモアに似たもので、結構大きい。盾はカイトシールドだが、それも大きめなので攻防どちらも可能である。流石、元近衛騎士だ。


 ちなみに魔法も使えるので【魔法騎士】という称号がステータスに付いているらしい。


 ステータスにはその人の特徴のようなものが自動で記載される。

 自己申告ではなく、周囲や神々から認められてステータスに付くそうだ。

 ……犯罪を犯すとそれ相応の称号になるらしい。


 そんな父上から剣を習えるというのは恵まれている。


 現状、長剣を使うことはできないので、細身の片手剣を使う訓練をしている。身体強化や速度上昇系の魔法を使わせてもらえないので、普通のままだ。


 動体視力は良かったのか、速度上昇している父上を目では追えた。しかし身体はそうもいかず、何度怪我したか。

 最近身体が反応するようになり、五歳までには父上の剣を捌けるようになりたいものだ。


 とにかく、五歳の洗礼までの間にどれだけ強くなれるかが肝心である。

 冒険者になるかどうかは、それからだ。

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