こころのいろは。

鴉橋フミ

こころのいろは。

「アニメキャラみたく、羽でも生えればいいのに」


 ソファで寝っ転がってそう言った気がする。

 きっとそのせいなのだろう。独り言を現実にして困らせてくる神さまがこの世にはいるんだ。うん。

 私の背中に、硝子ガラス製の羽が生えた。

 自分の意志で多少は操作できるけど、パーカー程度で隠しきれるワケはなく。こんなモノを引っ提げていては外出もできやしない。

 幸いなのは今が夏休み終盤という事。もう遊びはあらかた楽しんだし、高校三年生として悔いは――あるにはあるが、まあそこはいい。

 困ったのは両親がいない事。共働きな上に海外へ飛び回るスーパー夫婦が同時に出張してしまい、残り十日間は家に一人。

 アニメの主人公だひゃっほい! と喜んだ直後にこうなったものだから、相談できる相手がいなくて途方に暮れた。

 そんな私が頼ったのはお隣さんで同級生で幼馴染おさななじみな彼なのだった。


「硝子の羽、か……カッコよくねソレ!?」

「でしょ!?」


 流石は幼馴染。意気投合も以心伝心もとうの昔に達成済み。異常事態もなんのその。


「でも、色々困るだろこれ」

「うん……外出れないし、仰向けで寝たら痛いし、背中洗えないし」

「……よし。風呂はムリだけど、買い物とか諸々もろもろは俺が世話する」

「ビバ幼馴染! ありがとフユ!」


 かくして、わたくし新崎しんざきいろはと幼馴染の仁藤にふじ冬也とうやことフユとの共同生活が始まった。

 とは言っても寝泊りではなく、買い物を代行してもらう程度の話だ。お隣さんだからお泊まりに意味はないのである。

 そして三日後。


「いろー、醤油どこ?」

「んー? 棚のトコ」

「はいはーい」


 今や夕食の当番が交代制となっています。

 何故かって? 隣家のステキなお母様が事情を(若干歪曲して)察して、フユの夕食を作らなくなったからデース。

 という事で私はソファで寝そべり少年誌片手に足と羽をぱたぱたさせ、フユは私の為に夕餉ゆうげを作っているのだ。押しかけ女房ならぬ押しかけ幼馴染にご飯作ってもらう……漫画でも中々見ないシチュである。


「うふぇー、声優豪華っ! あ、フユの好きな声優さんメインじゃん」

「うっそマジで!? あ、メシできたから皿出して」

「あいあいっさー。マイお茶碗ー」


 リビングの食卓に二人分の食事が並べられていく。食器の数が倍になるだけで、この時間はこんなにもはなやぐ。

 冷凍からレンチンしたほかほかご飯。あったかい味噌汁。しっかり色が染みた肉じゃがとほうれん草のおひたし!


「最強だねこれは!」

「更に納豆と生卵がついてくる」

「最高かよっ!」

「「いただきます!」」


 我が幼馴染はメシウマだ。特に和の家庭料理がおいしい。特定すると肉じゃがが信じられないぐらいうまい。


「うっまー! やっぱフユの肉じゃがうまいわー。私が作るとお肉が乳臭くてさー」

「生姜で揉んでちょっと時間経たせると大分違うぞ。最初にやっといたらいい」

「わーお家庭的ぃ。あ! アニメの時間!」


 チャンネルを変えると、お決まりな先週のおさらいが始まる。それが終わればオープニング。DVDとか録画ならすっ飛ばすけど、リアタイだとこれを観るのもまた一興なのだ。


「やっぱ主人公カッケーよね」

「そっちもいいけど、俺はヒロインだな」

「えーあの子、主人公が好きなのか嫌いなのかハッキリしないからあんまりなー」

「漫画だと最近掘り下げられたから、もっと好きになった」

「うっわ気になるー! 単行本パスパース!」

「また明日な」


 おいしい料理に舌鼓したづつみを打ち、アニメを見る。これだけで至福なのに、会話の相手までいるなんて幸せだわー。……この羽がなければ、もっと気兼きがねなくいれるんだけどね。

 でも、こいつがなければ現状は無かったというジレンマ。ぐぬぬ。

 ご飯が終わり、食器をシンクに。洗い物は私がしようとしたら「いいよ。アニメの続き見てな」って……イケメンかよっ!


「ふふー、今週も面白かった……」


 最近の快進撃的な人気も納得な出来栄えに満足し、エンディングをテレビと合唱。これも意外と楽しい。


「あっしーたーがまーっていーる――――わひゃっ!?」


 ぞくぞくぞくっ、とくすぐったさが駆け巡る。奇声を聞いたフユが悪戯いたずらっぽく笑った。


「スキありだな」

「やーめーろーよー!」


 ベシベシと胸板を引っ叩く。

 この羽について、二つわかった事がある。

 まず、こいつにも感覚がある事。間違いなく体の一部なのだ。あと、触られたらこそばい。ふくらはぎをさわーっとされる感じ。

 そしてもう一つ。


「お、赤くなってる。おこか? おこなのか?」

「おーこーだーっ!」


 この羽、色が変わる。

 怒れば赤、悲しいと青、嬉しいと黄色。ニュアンスの違いはあるけど、おおまかにそんな感じ。もちろん、今は不意打ちされたので真っ


「ふん。そっちは気楽なモンだろうさ。当事者は私なんだし」

「あーあーゴメンって。なんつーか……無防備だと触りたくなるじゃん?」

「わかるけどさー」

「……やっぱ、不安か?」


 コクリと頷いた。


「そりゃそうだよ。こんな得体の知れないモンが体にあってさ……なんか色も変わるし」

「色変わるのいいじゃん。綺麗だし。アニメキャラも楽じゃないって事だな」

「フユは気楽でいいけどさー。あたし、このままじゃ外出もできないんだよ? 検索しても前例なんてないし……学校始まっても解決しなかったらどうしよ……」


 インターネット世界に情報がない以上、お手上げだ。最善は国家機関に駆け込む事なんだろうけど、そうなったら検査とか実験とか手術とか怖いし……。

 羽がみるみるうちに青白くなっていく。不安が反映されたのだろう。


「んー……そうだな。そん時は気にせず学校来たらいいんじゃね?」

「気にせずって……みんな気にするでしょ」

「俺は気にしねー。そしたらみんなその内受け入れるだろ」

「そんなもんなのかな……」


 それか、とフユは続けた。


「思い切って学校辞めるか、だな」

「思い切りすぎ! 高校中退したら私の未来はどうなんのさ!?」


 今の不況を高卒資格もなしに生き抜く自信はない。ホント、こういう変にテキトーな所が悪――


「いろの未来ぐらい、俺が責任取ってやるよ」

「……へ?」

「…………二度目は恥ずいから言いません」


 ぷいを顔を逸らす。

 おいなんだそれは。かわいいかよ。というかいまのどういうあれだよ。


「ほ、ホントそういうトコだよフユはさー!」

「声、上擦うわずってるぞ。というか羽真っ赤だし。怒ったんなら謝るけど……」

「べっつに怒ってないし……」


 よく見なさいよ。

 赤じゃなくて桃色だっての。


――心が見えたら面白そうだよね。

――でも、しんどくならねぇかなそれ。

――なら、色だけでも見えたらちょうどいいんじゃない?


 そんな会話をしたのも思い出した。


――そうなれば、この気持ちも早く伝わるかな。


 一瞬抱いて泡みたいに消えた気持ちの事も。


 答えは今出たよ。

 仮に心が見えても、言葉にしないと伝わらないみたい。


(でも言ったら心臓がたない……っ!)


「おーい……うりゃ」

「わひぃ!? 触んなってのーッ!!」

「うわっ、子猫みてぇな反撃!」

「黙れドサンピンがァー!」


 この羽がもし、私の願望だったとするなら。

 成就して消えるのはだいぶ後になりそうです。


――色変わるのいいじゃん。綺麗だし。


 少なくとも、私の恋慕が羽に頼らず伝わるまでは。

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こころのいろは。 鴉橋フミ @karasuteng125

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