第8話 狙いうち

「さぁ、次は5回表、月ヶ瀬高校の攻撃です。以前、2対0。月ヶ瀬高校の2点リードです。月ヶ瀬高校は3回、4回とランナーを出しましたが、いずれも得点には至っていません。一方の忍原高校ですが、市村君の前にわずかに1人ランナーを出しただけになっています。2回以降は滝波君も落ち着きましたかね」


「そうですね。滝波君らしい、躍動感のあるフォームから非常にキレのあるボールがいってますから。ヒットこそは打たれていますが、得点は許していませんね。もともと滝波君はランナーを出してからが強いところもありますし、調子も上がってきたところだと思います。忍原高校は終盤に強さがありますから、まだまだ試合は分かりませんよ。ただ、市村君も素晴らしい出来ですから。忍原高校としてはこのあたりで、反撃しておきたいところですね。」


「はい。そうですね。月ヶ瀬高校、この回の攻撃は8番久保君からです」


 佳史が打席に入り、構える。初球を見送り、ボール。


(……スライダーか)

 佳史の第2打席。アウトコースに逃げていくスライダー。ボール2つ分ほど外れている。

 

 2球目。さっきよりわずかに内に入ってきていた同じく外角に投げられた球を佳史は一歩踏み込み、逆らわずに右へ持っていった。打球はライトの前で2度、3度と弾んだ。

 佳史、一塁をまわり、そこでストップした。そして、塁上で一つ手を叩いた。


(これでいい。長打はいらない)

 佳史にとっては狙った一打だった。

 先頭打者にボール先行になるのは誰しも避けたいところだ。僅差での負けならなおさらだ。佳史は8番打者だが、長打率は高い。長打を警戒すると、インコースは投げにくい。

 

 十中八九アウトコース。

 佳史の読みがあたってのヒットだった。


(さぁ、ここからだ)


「9番市村君に代わりまして、代打土田君」

 代打を告げるアナウンスが流れる。俊足の土田光輝みつてるだ。この起用の意味ははっきりしている。

 

「ここで月ヶ瀬、市村君に代えて土田君の起用です。村田監督、好投の市村をスパッと代えてきましたね」

「これはすごいですね。市村君はまだヒットを1本しか打たれていませんから、調子もよかったと思うんですけどね。よほど後の投手に自信がなければできないことですよ」


 光輝はバントの構えだ。

 念のために佳史はベンチを見る。自分の考えに間違いがないことを確認する。


 1球目、胸元へのストレート。バットを引いて、ボールになる。滝波ほどのストレートはバントといえども、しにくい。攻め方としては間違っていない。2球目、今度はアウトコースへのスライダー、これもボールになる。

 ツーボール、ノーストライク。バットを引いているとはいえ、投球の度に滝波もバントをさせまいと前に出てくる。多少ボールであっても、できるボールが来たら、バントされる。


 その時に、しっかり対処をしておかないと、アウトにできるものもできなくなる。

 1球、牽制がされる。


「バッテリー、慎重です」


 3球目、バントをしたが、ファールになる。これで2ボール、1ストライク。佳史が少し大きめにリードをとる。牽制がまた入る。佳史がこりずに、少し大きめのリードをとる。また、牽制される。

 4球目、また、バントするが、これもファールになる。


「バッテリー追い込みました。ここでバッターの土田君はヒッティングにきりかえるかですが、まだ、バントの構えですね」


 5球目、光輝がバントの構えから、ヒッティングに切りかえ、振り切る。そして、佳史も走った。だが、それもファールになる。


「バスターエンドランを仕掛けてきましたね」

「そうですね。月ヶ瀬、仕掛けてきますね。ランナーの久保君も決して足は遅くないし、好投手を崩すためにはやはり足を使った攻撃というのは必要ですからね」


 しかし、佳史には分かっていた。

 今のバスターエンドランはあくまでも、振りだけだ。光輝は相手投手の球種が絞りやすい状況であれば、狙ってファールが打てる。ヒットを打つこともできるが、確率の問題だ。光輝の打球はほぼゴロ。フェアゾーンへのボールだと、確率の問題でアウトになることもある。

 光輝も自分が起用された意味は分かっていた。


 打席での仕事は球数を投げさせること。マウンドから動かすこと。

 次に、必ず走者として残ること。最悪、佳史はアウトになってもいいが、光輝はアウトにならないこと。佳史が二塁に残るよりも、光輝が一塁にいる方がここの場面では有効だ。

 

 滝波はいい投手だ。確かに9人で勝ち抜いて行く姿はこのメンバーで最後まで戦うといった強い意志、一体感が感じられるものだろう。高校野球には物語が必要だ。

 だが、野球は1人だけの力で勝てるものではない。高校野球は9人だけの力で勝ち抜けるものではない。


 次の投球、光輝は変化球を叩きつけ、またもやファールにし、粘る。その次も、またファール。しかし、しっかりと振り、強い打球が飛んでいる。この場面で必要なのは光輝が1塁にいて、佳史が2塁にいないこと。そのボールが来るまで待つ。

 ……そして、最後に残った光輝の記録はサードゴロ、2塁封殺。それだけ見れば、送りバントに失敗して、アウトカウントだけを増やしただけになる。


 しかし、滝波が光輝に投じた球は実に13球。さらに、光輝がランナーとして残った。むしろ、佳史はスタートを遅らせたのだ。


 さらに、光輝は次打者、海斗の3球目に二盗に成功。海斗が粘って、2ストライク2ボールとなった7球目に三盗に成功。その間、滝波からは何球もけん制されている。


 それでも、このからなら、光輝は三盗までできる。翔太がにらんだ通りだった。


 結果、この回に出たヒットは佳史の1本だけだった。しかし、スコアボードには1が刻まれた。海斗の犠牲フライによる1点。


 しかし、それよりも大きかったのは、滝波が投じた球数はこの回だけで30球を越えたこと。けん制球を入れれば、もっとだ。これで、5回にもかかわらず、滝波の球数は100球を越えたことになった。

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