第4話 速攻

 1回表、月ヶ瀬高校の攻撃が始まった。

 月ヶ瀬高校のスターティングメンバーはいつもと同じ。1番は海斗だ。


 1塁側のアルプススタンドは月ヶ瀬高校自慢の吹奏楽部が中央に陣取り、金管楽器が太陽の光を反射してキラキラと光っている。その吹奏楽部が奏でるのは海斗が希望した応援歌だ。選手一人一人の希望を聞いて、できる限りその演奏をする。


 月ヶ瀬高校は野球部だけではなく、吹奏楽部も全国区。その演奏技術の高さは折り紙付きで、レパートリーも幅広い。選手一人一人の要望に応えられるのは高い演奏技術があってのことだ。ある意味ではこの演奏はベンチ入りメンバーの特権といえた。


 海斗が左打席に入って、構える。


 第一球。ストレート。

 海斗がフルスイングして、ボールがバックネットに突き刺さる。ファールとなって、ワンストライク。スタンドがどよめく。球速は154㎞が表示されている。これは準決勝までで滝波が記録した最速の数値152kmを上回る数値だった。


 決勝戦の初球に最速を記録する。それはこれからの、この試合での滝波の更なる進化を期待させるものだった。スカイブルーのスタンドからの声がまた大きくなった。


(本当に、もってるな)


 海斗は思った。

 相手のことを褒めすぎるのはよくない。しかし、昨日、大和も言っていた通り、滝波は絵になる。マスコミがこぞって滝波を追いかける理由も分かる。だが、自分も王者の月ヶ瀬の一番を任されているのだ。自分の役割は分かっている。


(この回に先制のホームを踏む)


 2球目、3球目もストレート。わずかに高く、ボールになる。

 2ボール1ストライク。


 4球目、インコースに来た変化球を腕を折りたたんで合わせる。一二塁間をあっという間に抜けるヒットになった。海斗が一塁ベースで二回手を叩く。


(よしっ!)

 ガッツポーズをしたのは、データ班の翔太だった。

 滝波の立ち上がり。まずは、ここを叩く。滝波は立ち上がりが悪い方ではない。決して、制球力がないわけでもないし、球の力がないわけでもない。


 しかし、翔太には初回に点を取ることができるとの確信があった。


(何も、最初から滝波を攻略する必要はない。攻略対象は、だ。)

 

 忍原高校のキャッチャー、秋成一也。

 悪いキャッチャーではない。だが、あまりに分かり安い。リードの傾向がはっきりと見れる。特に初回は顕著だ。滝波はよくも悪くもまだ荒削りだ。デキもばらつきがある。初回は探り探りになるのも仕方のないところはある。


 それでも、初回に直球と変化球の比率が大体同じなのは狙ってくれといっているようなものだ。しかも、変化球の球種はカットボール、スライダー、そして、落ちるツーシームだが、落ちるツーシームは不安定で特に初回はカウントをとる時には投げない。


 そうすると、変化球はカットかスライダー、基本的には横にすべる球種。そして、左打者に投げる時は、大体インコース。データ通りの配球が来て、そこを打てない海斗ではない。


 マウンド上の滝波が何度もけん制を入れる。海斗の足の速さ、そして、盗塁センスは折り紙つきだ。海斗には送りバントなんていらない。いるとすれば、3塁に向かう時だけだ。


(初回、スコアリングポジションに、ましてやノーアウトで2塁には行かれたくないだろう。でもな、打席にいる2番は、そこらの2番じゃないんだぜ、月ヶ瀬高校の2番なんだ)

 翔太が口の端を上げた。


「2球目、投げました。天谷君、打った。これは大きい! センター下がる。下がる。とれない! ヒット! 芹沢君は既に3塁をまわって、今ホームイン。打った天谷君は2塁を蹴って、3塁に。スリーベースヒット! なんと、いきなり月ヶ瀬高校、1、2番コンビで1点を取りました! 滝波君、立ち上がりに先制点を奪われました」

 

 三塁ベース上では、悠一が海斗に手を上げていた。海斗も悠一のバットを拾いながら、応える。


「さすが、翔太。ピッタリだった」

 海斗が帰ってきて言った。

「ああ、さすが海斗だ」

 二人が腕を合わせる。


 そう話しているうちに、また、大きな歓声があがった。3番朝陽が初球を大きく打ち上げたのだ。これはヒットにはならないが、犠牲フライには十分だった。


 月ヶ瀬高校は、滝波が10球も投げないうちに2点とったのだ。


「ナイ、バッティン」

 朝陽に声がかけられる。朝陽が一応、応える。

 朝陽はしっかり仕事をして、点をとった。しかし、朝陽は自分への要求が高い。あの顔を見ると、わずかに球の力に押されて、犠牲フライになったことに納得がいっていないんだろう。


(まぁ、朝陽はいつも通りだな。しっかりとしたバッティングだ。ただ、この回はここまでだな。先制攻撃が成功したとはいえ、さすがに点を取られたら、少し厄介になってくるからな)

 

 翔太の予想通り、その後、4番、5番、6番の攻撃で、4番駒田克典は三振、5番の安本信司がライトにヒットを打ったものの、6番の東原駿はショートゴロに終わった。


「月ヶ瀬高校、初回の攻撃が終わりましたが、2点先制! これから忍原高校の攻撃に入ります」

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