第3話 決勝試合前

 決勝戦は午後2時から行われる。

 もっとも、選手の球場入り、観客席の開放も午前中から行われている。忍原高校の大応援団が球場入りしたこともあって、正午過ぎには観客席は満席になっていた。正午で既に気温は33℃。雲一つない晴天で、今日もますます暑くなりそうだ。


 3塁側のアルプススタンドは忍原高校のイメージカラーであるスカイブルーに染まっている。

 今は、忍原高校の守備練習の時間。緑の絨毯に空が映し出され、その空色の間を白球が行き来する。守備練習も終わりになる時間、マウンドの滝波が左手を掲げる。そして、グローブを閉じてから何かを斬るかのように一気に斜めに下ろし、太ももにあてて、その後、胸を叩く。

 それに呼応して、アルプススタンドが揺れる。


 滝波のルーティンだ。

 スカイブルーのユニフォームに合わせて、新撰組をイメージしたのではないかと言われている。あくまでも、『言われている』というだけの話だ。滝波がそう言ったわけでもなければ、チームメイトが言ったわけでもない。


 しかし、それがどのようなものイメージしたかはともかく、やはり映える。マスコミもこぞって、左手を挙げたその背中を撮って、報道する。その背中はチームを鼓舞するものだったし、見るものを魅了した。


 甲子園はヒーローを生む。そこには高校生のこの時期にしか出すことのできない独特の輝きが確かにある。

 滝波には、その輝きがあり、それを支える実力があった。その輝きに色を加えるのが、チームメイトだった。決して一つの輝きではない。複数の色があることで、その輝きは間違いなく増していた。


 守備練習が終わり、再度グランド整備がなされ、試合の開始を待つ。甲子園の白い時計が進み、試合開始の時刻が近づいていく。


「今日も暑くなりそうですが、それ以上に熱くなることが間違いない。ここ甲子園。いよいよ決勝戦。選手達がダッグアウトの前に並んで、今、ホームベースに駆け出しました。1塁側月ヶ瀬高校、3塁側忍原高校。互いに礼をして、一塁側月ヶ瀬高校から攻撃、3塁側の忍原高校の選手が守備位置に散っていきます。さぁ、解説は前姫神高校監督の藤野さんに来ていただきました。藤野さん、今日の見所はどこでしょうか」


「はい。まずはやはり強打の月ヶ瀬高校を忍原高校の滝波君がどこまで抑えることができるのか、逆に月ヶ瀬高校は滝波君をどう打ち崩すのか。滝波君は文句なく本大会ナンバーワンの投手ですからね。ここがまずポイントでしょう。ここ最近は月ヶ瀬高校が高校野球界を引っ張っていますが、高校野球というのは何が起こるか分かりませんし、ましてや、忍原高校には勢いがありますからね」


「そうですねぇ。準決勝も劇的なサヨナラホームラン。準々決勝は9回裏1点差ノーアウト満塁のピンチをファインプレーの連続で切り抜けております。サード長塚君やショート伊坂君のいい守備がありました。一方の月ヶ瀬高校はまさに王者と言っていい戦いぶりで決勝までたどり着き、春夏連覇も期待されております。さて、始球式が終わり、マウンドの滝波君が最後の投球練習に入っています」


 マウンドの滝波がキャッチャーに向かって、最後に一球投げる。


「さぁ、いよいよ甲子園決勝。月ヶ瀬高校対忍原高校の試合が開始されます。」


『プレイボール!』

 主審の声が響き、夏の甲子園決勝が始まった。

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