04 Hospital

 鳥問藜はのんびりと病院の前のベンチに腰をかけて待っていた。

 鳥問は塞と高校の頃からの友人だ。塞は鳥問との関係を問われると「友人、だと思う」と最後を微妙に濁す。確かに今現在は友人といえるのだが、高校時代は友人と一般的に表現するのか非常に悩ましい関係だったからだ。悩ましいのであって後ろめたいわけではない。単純に、ネット友人だったのだ。けれどどうもそれは親世代には言いづらく、結果として予備校が一緒だったのだと親には説明する羽目になる。予備校が一緒だったのは事実だ。ただし、全国に支店のあるマンモス予備校に在籍していたというそれだけのことだ。嘘では、ない。

 塞は非常に面白い人間で、そして非常に難しい人間だ。行動が真っ当で、思考回路が破綻しているのだ。否、塞の中ではとても真っ当に進んだ結果の思考回路なのだが、一般人とは相当にずれている。けれど表面に出る部分は非の打ち所のない優等生だ。おかしな話である。思考回路から行動に移る間の神経回路に一体何が生じているのか。そのブラックボックスを通るとどんな思考でも優等生的行動を引き起こすらしい。これを面白い人間と言わずして何を面白いと言うのか。それを他の人間に説明するのは難しい。何故なら、思考回路など所詮は中のことだからだ。では何故鳥問は塞の思考が分かるのかと言われれば、話が出来るからだとしか答えようがない。聞かれれば、答えるのだ。その行動に至った思考を問えば、答えるのだ。けれど普通、常識のある真っ当な態度をする人間に、いったい何を考えてるんだ、などと誰も問い詰めない。結果、塞は至極普通の優等生として通っている。こんなにも面白おかしい人間なのに。

 ちらりと病院側へ視線を向ける。塞は栫を病院に連れて行こう、と宣言した。そうしようと言うのなら、鳥問は従う。ちなみに鳥問がしようと決めたことは、大抵塞によって却下される。ちょっと不公平ではないだろうか。

 とにかく待っている間は暇なので絵を描くことにした。栫が撮ったらしい写真を数枚選ぶとその中からインスピレーションの沸きそうな絵柄を見つめる。写っているのは花や草木や白い月だ。栫は、夜空を撮らない。天文学を専攻するものとして、アマチュアなものに否定的なのかもしれない。

 白い月。それは塞の好きな写真のひとつだ。

 いつだったか塞は竹取物語は始まりと終わりが矛盾していると言った。そして栫は妙にそれに賛同した。曰く、姫は昼の月からやってきたのに、夜の月に帰って行ったから。それの何がおかしいのか鳥問は分からない。分かることは、塞は古文で満点以外取ったことがないということだけだ。

 白い月を捲っているうちに、最後の1枚に辿り着き。


「あ、宇宙人」

「お前もか!」


 言葉に出すと背後に塞が仁王立ちしていた。

「お帰り。早かったな」

「兄ぃは検査中。本のない静かな場所は好きじゃないから出てきただけ」

「現像した写真」

「うん?」

「写ってるよ、宇宙人」

 その言葉に塞は不審気に眉をひそめ、それでもちゃんと写真を受け取った。塞のそういうところが、鳥問は好きだ。

 写真をじっと見つめる塞の思考回路は見えない。見えないけれど、問えば答えてくれる。だからじっと一点を見つめる塞をじっと見つめた。

「……いや、これは事件でしょ。事故じゃないの」

「うん、まあ。そこにビルとかがあれば自殺か事故だろうし、飛行機が飛んでれば事件だろうね」

 まあ飛空艇でも気球でも鳥人間コンテストでも何でもいいのだが。

 飛行石では宇宙人と同じだ。

「でも、それは宇宙人だろ」

「何で。事故でしょ。この子はどこにいったの。大怪我してるんじゃないの?」

「いやだって、ほら」

 月にかぶるように落下しているその少年は、


「目の前にいるし」


 がたん、と。塞が身を引いた。

 鳥問は庇うようにその前に立った。

 少年を危険と判断したのではなくて、単純に塞が引いたから、出ただけだ。

「初めまして、宇宙人」

 宇宙人の友人は望むところだけれど、塞が嫌なら非常に残念だけれど諦めよう。でもせっかくだから被写体になって欲しいところだ。そのくらい、目の前の少年は綺麗だった。少年と言うよりも、青年に近いが、日本人は日本人以外の年齢は分からない。

「かこいは?」

「栫さん?今この中にいるよ。自己紹介済なのか」

「そう」

 なるほど。宇宙人と遭遇したと言うメールは交流後に来たのだろう。ちらりと視線を後ろへ向けると塞が鋭い視線を少年に向けていた。警戒するのは、当然なのかもしれない。けれど鳥問にはどうでも良かった。

「でも私たちにはまだだ」

 少年はきょとん、とこちらを見つめ。したよ、と答えた。

「栫さんにだろ」

「うん」

「私達にはしてない。だからちゃんと名乗って説明してくれないと分からない」

「でもした」

 少年は困ったように、首を傾げる。気づくと塞が立ち上がっていた。

「それはつまり、兄……栫にしたことは、私達にしたことと同義だってことですね」

「うん」

「忘れました」

「え」

 塞はあっさりとそう宣言した。

「忘れたからもう1度自己紹介してください」

「えっと。探し物をしにきた」

「どこから」

「空から」

「ひとりで?」

 まるで『宇宙人』を認めたかのようなやり取りだ。

「みんなで。ここにはぼくひとり」

「何を、探しに?」



「天使様」



 ああ、なるほど。

 『これ』は、塞の領分だ。



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