第二章 Ⅸ 名前のない怪物

09 another sight ???? ????



 ......渇く。どれだけ水を飲もうと、幾度も血を浴びようと。


 足りぬ。まるで足りぬ。まだだ。この様では奴には未だ届かない。この様ではあいつの隣には並び立てない。もっと...もっと。


「力を......!」


 自身に向けた嚇怒のままに拳に力を込める。重く鈍い感触。ゴキリと乾いた音が草木の中に消え、俺の腕を必死で掴んでいた眼前の男の腕が力無く垂れ下がる。


 此処にきてから何日経った?一日...数日...一週...一月...一年。はたまた刹那か。時間の感覚も曖昧になる。そも、此処とは。......何処なのだ。


 天を仰ぎながら骸を打ち捨てる。足りぬ...まるで足りぬ。あの時の高揚、絶望、焦燥。その熱が辛うじて俺を俺たらしめる。


 俺......俺とは......。


 あぁ、だが。あの怪生は中々のものだった。雄々しき体躯...鋭き翼...その一薙ぎで我が身は切り刻まれ、蹂躙された。......はずだ。ならば、何故俺はこうして生きている。


『どーお?まだまだ足りないっしょ?なら、もっともっと殺さないと。もっともっともっと血を浴びないと♪』


「やかましい。黙っていろ。」


『ふーん。まだ自我が残ってるんだ。凄いじゃん。依り代としては合格ラインかな。それに何より......』


 そうだ。幼きあの日に聞かされた......この地に遺された伝承の一節を頼りに俺は。......誰に?何処で?何時?伝承?


『そのさー、純度が高過ぎて真っ黒になるまで煮詰まっちゃったその渇望が、アタシ大好物なんだよねー。だからもっともっと力を上げる。もっともっともっともっと殺させてあげるよ♪』


「その甘ったるい声を止めろ。......殺すぞ。」


『ありゃりゃ、冷たいじゃん。つれないなー。綺麗な顔してるのに。......まぁ、いっか。ひとまずアタシを封じてた鳥公はヌッ殺せたし。あとはアンタからいっぱい栄養もらわないとね。頑張っておっきく育ててね、お兄ちゃん♪』


 頭蓋の中を掻き回す不快極まる女の声が遠退いていく。


 まだだ、もっともっと。もっともっともっともっともっともっともっともっと。この拳を存分に振るい、撃ち込み、掴み、絞め、練り上げ。あの高みへと......奴のように。あいつの隣に並び立てるように。


 ......奴とは?あいつとは?


 未だ癒えきらない顔の痕がずくりと疼く。甘美なまでのその魔性が俺の拳に力を与え、身体がぶるりと震え出す。


「力を......もっと。拳を...高みまで。」


 日の光が届かぬ緑の深淵に。無心に足を動かしていく。


 

「......あぁ、そうだ。強くならなくちゃ。もっともっと。あの笑顔を守りたいから。もっともっと俺を見て欲しいから。」




09 名前のない怪物



「......リート・ウラシマ。貴様、何故その名前を。アビィーノから聞かされていたのか?......いや、違うな。貴様は......そうか。アビィーノの奴が弟子をとったのはそういうことか。」


得心がいったのか瞳を閉じて頷くジュンナ支部長。


「たぶん、ジュンナ支部長の推察の通りです。俺の世界こきょうではジャンヌ・ダルク...いや、ジャンヌ・ディー・アルクの名前は殆どの人間が一度は耳にしたことがありますから。」


「ふえー、ジュンナちゃんのおばあちゃんはリートと同じところから来たんだ。すっごい偶然だねー。」


 シェリアは祭壇の奥に飾られたジャンヌ像に視線を向ける。


 こればっかりはただの偶然で片付けられない。レイズさんはあの時、俺以外の人間もピックアップしていると言っていた。どのような条件で、何時から、どの程度の規模で?


 また新たな疑問が頭をもたげてきたが、流石にそれを彼女に聞いてもどうにもならんだろうし......


 そんな俺の煩悶を断ち切るように、その場で一つ咳払いをしたジュンナ支部長は視線をこちらに寄越す。


「......リート・ウラシマには二 三聞きたいことが出てきたが、今はこちらが答える立場だ。話を続けよう。それと、私のことを呼ぶ時は支部長はいらん。貴様も好きに呼べ。」


 ......んなこと言ったって、いきなりちゃん付けは出来ないでしょ?まぁ、ここは当たり障りなく、


「それじゃあ、ジュンナさん。このオルリディア支部に人気ひとけがあんまし......というか、全く無いの何故なんすか?」


「あぁ、今は付近の山間部に一部を除いて調査に出させている。我々も馬鹿ではないのでな。既にこちらでも幾つかの仮説は上げている。それを裏付けるための調査だ。」


 まぁ、そうだよな。こんな頭のキレそうな人が俺の力を頼りに手をこまねくだけとは考え難い。


「その...」

「...仮説って」

「「何??」」


 小首を傾げるリンネとネルカに応えたのは、ジュンナさんの隣に控えていたグリムさんだった。


「それは、私の口からご説明します。オルリディアが形に成る遥か以前より、口伝されてきた民間伝承に[風守かざもりの翼]と呼ばれる神霊が存在します。古来から土着の民達はその神霊に祈りを捧げ、友好な関係を築き上げその恩恵を享受し日々を暮らしていたと。無論、我々とて聖炎教の教義はあれども、その存在を蔑ろにすることはありませんでした。」


「だがしかし、ここ数日でその恩恵は見る影も無くなった。風が突如として凪ぎ、その一方で別の場所から瞬間的な竜巻が幾重にも立ち上る。そんな状態が散発的に確認された。まだ直接的な被害は被っていないが、この状況を看過出来る訳もないだろう。......もっとも昨日の晩から嘘の様に大気は安定し始めたが。」


「......そこでその風守の翼って神霊に話を聞いて、事態を収束に持っていくために俺が派遣されたってとこですかね?」


「話が早くて助かります、リート君。」


 柔和な声と笑顔をこちらに向けるグリムさん。


「貴様だけに重責を背負わせるつもりはない。我々としても最大限のバックアップは保証するつもりだ。衣食住、何か不都合があればつまらん遠慮はせずにこちらに言え。女以外の便宜は図ってやる。」


「ジュンナ......品がないですよ。」

 

「すまん、先生。」


 ......口調と外見のイメージに反してこの人実は凄くいい人?


「そんじゃ、一つだけいいですか?」


「なんだ?」


「フルネームで呼ばれるの凄く疲れるんで、リートって呼んでもらっていいですかね?」



 ......数瞬の空白の後、クツクツとグリムさんが噛み殺した笑い声をこぼす。


「いや、失敬。......だそうですよ、ジュンナ。ここ最近の貴女は張り詰め過ぎです。リート君達ほどとは言わないまでも、少し肩の力を抜きなさい。」


 俺達そんなゆるゆるっすかね?


 横に座ったシェリア達に視線を移すと......いや、うん。何度かこんなことはありましたけど...絶賛大爆睡中である。シェリアに至ってはヨダレに鼻提灯のダブルコンボ。リンネとネルカも器用に互いの頭を支えにしてすやすやと寝息を立てている。


「うむ。ならばリート。オルリディアでの最初の仕事だ。手配した宿までシェリアをおぶって連れていけ。私は双子を抱えていく。案内しよう、ついてこい。」


 そう言うや否や、リンネとネルカを両手に抱いたジュンナさんはツカツカと出口まで進んでいく。


 慌てて彼女を追うべく、背中にシェリアをおぶり立ち上がると、


「リート君。ジュンナはあの様な振る舞いではありますが、本来はとても心の優しい子です。どうか、これから私共々よろしくお願いしますね。」


 そう言葉にしたグリムさんは先を行くジュンナさんを我が子を見守る様な表情で眺める。


「はい。こちらこそよろしくお願いします。」


 こちらもグリムさんに返事を返して顔を上げる。...グリムさんの隣にある祭壇に刻まれた銀のレリーフ。よく見ると十字を覆うように立ち昇った炎の意匠を目にして、皮肉が効きすぎたデザインだと感じた俺は、何とも言えない心持ちで視線を外しその場を後にするのだった。

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お嫁さまは召喚獣~選んだスキルは異世界言語 EX~ atk極振り召喚士の英雄譚 ktrb(かたりべ) @ktrb

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