第一章 ⅩⅠ サンダーバード

11 サンダーバード



(このっ!グリグランでっ!!一番強い!!!冒険者はっ!!!!誰なんだーっ!!!さあ、いよいよファイナルマッチ!決勝戦です!ここまでのいくつもの汗と血と涙に彩られたストーリーの先に待つ栄光をその手に掴むのは、いったいどちらになるのか?!)


 実況のアナウンスが会場に響きわたり、ギャラリーの歓声が一気に熱をはらんで地面を揺らす。


(最初に登場するのはぁーっ、コイツだーっ!まさかのギルド無所属!その孤高の拳はどこまで高みを目指すのかーっ!格闘士グラップラー ガラム・グレンデルーーっ!!)


 一際大きな歓声の中に混じる黄色い声。それら全てを受け流すようにゆらりと揺れる長身の陰が闘技場に姿を現した。


 あぁ、こりゃ黄色い声も出ますわ。とんでもないイケメンだ。鋭利な刃物を思わせる切れ長の眼光。後ろで乱雑に纏め上げられた長髪。そして何より、近接戦闘では絶大なアドバンテージをもたらす長い手足リーチ


 巻き起こる歓声がまるで聞こえていないのか、全くのノーリアクションで闘技場中央まで足を進めて、腕を組んで対戦相手を待ち続けるガラム。


(対するは、我らがグリグランギルドのトップ オブ トップ!!雷光纏いし気高き戦姫!雷翼の戦神!!聖騎士パラディン アンジェリカ・ノーマンが闘技場にその姿を見せたーッッ!!ただただ美しーいっ!!)


 直後、波涛の如く押し寄せた歓声にたおやかな仕草で答えるアンジェリカ。女性らしい身体のラインをそのまま覆った神秘的な意匠を持つ白銀の甲冑。その手に構えた身の丈以上の突撃槍を軽々と振り回す並外れた膂力。胸元の甲冑からこぼれそうな勢いでユサユサと揺れるおっぱい。


 ......相当エロいし、相当強いな。


「ねぇねぇ、リート!どっちの人が勝つかな?わかる?」


「うーん、見た感じだけじゃわかんねぇかな?多分ギャラリーの大勢は、ガラムがアンジェリカの槍を掻い潜って中に入っての打ち合い!みたいな感じの展開を予想してるはずだ。」


「うーん、よくわかんないや!えへへ。」


 ポリポリとポップコーンを摘まみながら闘技場にいる二つの影を眺めるシェリア。


 言葉は交わさずに、ガラムは無表情のまま、アンジェリカは微笑をたたえたまま、互いの動きを観察している。


「さて、リート。もし仮に昨日、君があのままトーナメントを続けていた場合、ガラムには到底敵わなかったと思うよ。なぜだかわかるかい?」


「うーん。経験の違い。技の練度。身体能力の差。全てあちらさんの方が上だもんな。見ただけでわかる。」


「そうだ。でもね、なら十中八九ガラムに勝てる。アンジェリカに関しては五分五分といったところかな?その理由は試合を見ながらボクが説明してあげよう。」


 横に座っているメイの眼がすっと細まると同時に、アンジェリカとガラム、互いの闘気が陽炎の様に立ち上ぼり空間そのものがその圧にひしゃげられる。


 あれだけ賑わっていたギャラリーの歓声は水を打ったように静まり返り...............


「始め!!」


 メイの小柄な体躯から放たれた喝破が闘技場に木霊する。


 と同時にガラムの総身が柳の様にゆらりと揺れて...闘技場からその姿が消えた。


 ...ように見えるのだろう。なんだ?この感じ。アンジェリカの後ろを狙ってる?


 アンジェリカの死角、右手やや後方にガラムの姿が現れて...


 ――――手刀で首筋狙い?


 ガラムの手刀が後方からアンジェリカの首筋に狙いを定めて襲いかかる!


 ――――槍の柄で弾いてカウンターでの三連突き、正中線か?


 それを予期していたように、アンジェリカは微笑を崩さずに槍の柄でガラムの手を弾いて、流れるような三連突きを正中線に見舞う。


 ――――左手を棄てる?その上で槍を封じて、捨て身の一撃?


 身体を捻って急所をカバーしたガラムは左手を刺し貫かれながらも前進して間合いを詰める。


 ――――ダメだ!アンジェリカは力で全部押し潰す。


 血塗れの左手で槍を固定したはずのガラムの身体が、ふわりと浮き上がる。片手で突撃槍を掲げたアンジェリカは手を放す暇すら与えずに超速で槍を地面に振り下ろす。



 ......さっきから何なんだ?まるで二人の動きを先読みするように、頭の中に明確なビジョンが浮かんでくる。二人の身体の動きが手に取るように解る。感じることが出来る。


「見えたかい?リート。それが龍神の加護の力の一端だ。」


 自分の中に向けていた意識がメイの言葉によって引き揚げられた。


「闘争の場に於いて、君の眼が捉えた全ての情報は統合演算されて、やがて来る明確なビジョンとして脳内で映像化される。」


「ちょっと、待ってくれよ!今までこんなワケわかんないことはなかったぞ?昨日のうしさんの時だって...!」


「だから言ってるだろう?今のリートは昨日のリートとは全く別の存在だ。午前中の前鬼との闘いで、君はシェリアと本格的に繋がったんだ。だから、前鬼の拳を真正面から受けて、あまつさえ弾き返すなんて真似をやってのけた。」


「シェリアと......繋がる......?」


「そう。互いの心を通じ合わせ、理解し、言の葉と供物を以て契りと成す。それがボク達召喚士サモナーが幻獣と交わす契約の儀。本来であればこれはギブアンドテイクの関係なんだけどね。リートとシェリアの場合はこれに当てはまらない。何せ、規格外の異能を持つ君と、幻獣ではなくの血族であるシェリアとの契りだ。おそらくシェリアは見返りなど求めずに君に力を分け与えている。」


「シェリアから与えられた力......それが龍神の加護ってヤツなのか?」


「正解。と言っても、シェリア自身に自覚はまったくないだろうね。隣を見てごらん?」


「うわわわわ。痛そうだよぅ...」


 こちらのシリアス全開な会話の流れなど、どこ吹く風でポップコーンをパクつきながら試合を眺めているシェリアの姿を確かめる。


「話を戻そうか。幻神との契約など前例が全くないからね。ここからはボクの推察なんだけど、龍神の加護を受けた君の肉体...というか存在そのものが既に変性を始めている。前鬼と闘っている最中にも、何か明確な変化が起こったことはリートも感じていただろう?」


 そうだ。あの瞬間、確かに何かと繋がったという実感はあった。無我夢中だったから朧気にしか思い出せないが、確かにこの世界に満ちている幻素エーテルの流れ 輝き 波動を知覚していたはずだ。


 メイの視線にこくりと頷いて答えにする。


「そうか。自覚が生まれたのなら、そこから先を教えていくのが師匠であるボクの仕事だ。さて、今日の分のレッスンはこんなところかな。お疲れ様。あとは難しいことはあまり考えずに目の前の試合を楽しむことにしよう。」


 そう言ってメイは視線を前に戻して、眼前で繰り広げられる闘いを見守り始める。


 どうやら、この二日間でエラいことになってしまった我が身を省みるが、悲嘆も悔恨も俺の中には存在しなかった。ただ漠然と感じるシェリアとの眼に見えない繋がりが俺の胸を熱くして、鼓動が早まる。今はまだ難しいことは考えなくていい。そう結論づけて、目の前の闘いの成り行きに意識を向けた。


 ......圧倒的だった。ガラムの四肢から打ち出される打撃の数々は避けられ、止められ、いなされ、その度にカウンターの刺突で血煙を上げながら身体を削られていく。


 力の差は歴然。それでも闘志を折らずに白亜の戦姫へと向かっていくガラムの顔にはいつの間にか喜悦の表情が浮かんでいた。


「まいったわね......貴方のその戦意を断ち切るには肉体の痛みでは足りなかったみたい。ならば...私の全霊を受けてもらいましょうか。」


 この闘いの場にはそぐわない、気負いも気迫も一切感じられないひたすらに穏やかな声が闘技場に響く。


「ようやく、貴様の本気が見れるというのか。ここまで見世物に付き合った甲斐があるというものだ!」


 全身を血の色に染めた拳鬼が修羅の形相で喜悦に口を歪ませる。


「えぇ、ここまで良く頑張ったわね。これはそのご褒美よ。」


 アンジェリカのその言葉と共に彼女の身体が紫電に包まれる。


 あの時感じた幻素エーテルの奔流と近しい規模のそれが闘技場全体を埋め尽くし、電磁の乱気流をその甲冑に纏わせたアンジェリカが巨大な突撃槍を天に掲げた。


 アンジェリカの背後に形成される紫電の翼。その耀きが臨界まで高まり、轟雷が眼前の拳鬼の総身を焼き付くさんと唸りを上げる。


「誇りに思いなさい。終式・轟雷滅槍撃ミストゥルテイン!!!」


 そして放たれる暴虐の具現。あらゆるものを灰塵と帰す不可避の雷撃がガラムを紫電の檻へと飲み込み、眼を焼く閃光の中炸裂した。


 闘技場を震わせる轟音と共に、紫電の刃で五体を貫かれたガラムの身体がその場で崩れ落ちる。


(完全っ決着だー!!!強い!強すぎる!!アンジェリカ・ノーマン!!微笑を絶やすことなく孤高の拳鬼ガラムを完封だーーっ!!!彼女の不敗伝説は未だ破られず!!どこまでその翼を拡げて飛び立つのでしょうかーーーッッッ!!!)


 おいおいおい、あんなのと五分五分とか冗談だろ?!


「ごめん、リート。前言撤回だ。良くて二割だね。アンジェリカ、また力を上げてるよ。ただの努力で力を上げている分、尚タチが悪い。」


「ねぇねぇ、リート!スゴかったね!あのおねーさん。ピカーゴロゴロって!!まだ耳がキーンってなってるよぅ!」


「あぁ、とんでもないおねーさんでしたね。なんだありゃ。」


 て言うか、ガラムは大丈夫なのか?どう考えたって死んじゃってるんじゃないのか?メディーック!メディーック!!


 そんな俺の心の叫びが届いたのか、救護班が慌ててガラムに駆け寄りその場で治療を開始する。


「ごめんね、シェリアちゃん!私もお手伝いしてくる!」


 そう残して救護班の輪の中に加わるセレナちゃんの姿を見送る。どうやら息はあるみたいだ。少しほっとした心持ちで胸を撫で下ろしていると、未だ闘技場に残っていたアンジェリカがこちらに視線を向けてゆっくりと歩いてくる。


 うん?なんだ?メイに何か用事でもあるのかな?


「どうしたんだい、アンジェリカ?閉会式はもう少し後になるよ?その時に賞金もありがたいボクのお言葉もちゃんとあげるつもりだから慌てなくていいのに。」


 俺達の間近に迫ったアンジェリカにメイは言葉を投げ掛ける。


「あら、メイちゃん。賞金なんていらないわ。その代わりと言ってはなんなんだけれど......」


 アンジェリカはその美しい金砂の髪を優雅に掻き上げこちらを指さして、


「そこにいるリート・ウラシマ君とシェリアちゃんをうちのギルドにくれないかしら?」


 微笑みと共に艶やかな声を闘技場に響かせた。

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