第一章 Ⅹ パステル ピュア

10 パステル ピュア



「~~~♪~~~~♪♪ーーーー♪」


 ......シェリアの鼻歌が聞こえてくる。

 頭に感じる暖かみ。柔らかい感触と匂い。

 それらに包まれながら俺の意識は浮上していく。


 俺の髪を梳けるように動くシェリアの手の動きを感じながら、瞼を開ける。果たしてそこに現れたのは、豊かな下乳から覗くシェリアの穏やかな笑顔だった。


「シェリアちゃん!リートさん目を覚ましたみたいだよ。」


 どうやらシェリアに膝枕をしてもらっていたらしい。後頭部に当たる太ももの感触が俺の上体を捕らえて離さない。もうちょっと...このまま...


「おはよっ、リート!えへへ。気持ちよさそうに寝てたねー。いっつも、ワタシの方がリートより先に寝ちゃってたから、初めてリートの寝顔が見れたの!とってもかわいかったよ!」


「あぁ、あの後寝落ちしちまったのか。」


 心身共に疲労の極致だったのか、ブレーカーが落ちるように意識を手放した俺の身体はまたメイの執務室に戻ってきていた。周りの状況を確かめる。


「ここまで運んでくれたのはシェリアか?」


「ううん。違うよ。ゼンキちゃんがここまで運んでくれたの!それでねそれでね、リートの体を治してくれたのがね、セレナちゃん!」


 いい加減、シェリアの太ももに甘えるのもカッコがつかない。名残惜しいが上体を起こしてみる。あれだけフラフラだったはずの身体は、完全に元の調子を取り戻していた。


「スゴかったんだよ!セレナちゃんの手がねピカーって光って、それでねリートの肩とかほっぺたとかがねシュワーって治ったの!やっぱりセレナちゃんはスゴい女の子だよぅ!ありがとね、セレナちゃん!」


 セレナちゃんの両手を握りしめてブンブンと振るシェリア。見れば握られた側のセレナちゃんの顔は耳まで真っ赤になっていた。


「......そんなことないよ。私はどこにでもいるただの治癒術士ヒーラー。でも、シェリアちゃんが喜んでくれるのはとっても嬉しいの。ねぇ、シェリアちゃん......」


「なになに?セレナちゃん?」


「私とね、お友達になってほしいの......ダメかな?」


 セレナちゃんが熱のこもった目でシェリアの瞳を見つめる。この空間に白百合の花が咲き誇る様を幻視した俺は、その一部始終を固唾を飲んで見守った。


「えへへ。ワタシの方こそ言うの忘れちゃってた。ごめんね、セレナちゃん。ワタシもね、お友達になってほしいの!」


 ......堕ちたな。あのシェリアスマイルの破壊力は俺もこの身を通してイヤと言うほど実感している。捕らえられたが最後、もう逃れることは出来ない。


「うん。うん!ありがとう、シェリアちゃん。私...とても嬉しい。」


 頬を朱に染めながらはにかんだセレナちゃんの笑顔は正に白百合のような可憐なものだった。うん。いいものが見れた。ごちそうさまでした。


「セレナちゃん、俺からもお礼を言わせてくれ。あんだけヘロヘロだったのに身体が元に戻ってる。ヒーラーってのは本当にスゴいんだな。ありがとう。」


「いえ、私の方こそお兄ちゃんを助けてもらったのに...失礼な態度をとってごめんなさい。リートさん、もっと怖いひとだと勘違いしちゃってて。治療している間、シェリアちゃんがずっと私にお話してくれたんです。リートさんのこと。」


 ペコリとこちらに頭を下げるセレナちゃん。サイドに一纏めにした金色の三つ編みが揺れて、彼女の微かな百合の匂いが香る。あれ?この娘もしかして凄くいい娘?


「ちょっと、ええ。ほんのちょっとだけ。フフフ。私、リートさんに嫉妬しちゃいました。ええ。ほんのちょっとだけですから。大丈夫ですよ。私はシェリアちゃんのお友達ですから。」


 ......顔を上げたセレナちゃんの眼のハイライトが消えていた。あれれ?この娘もしかしてガチレズホンモノ?これは話題を変えなければならない!


「そういえば、メイとカルメンさんは?あと、ゲルダンさんも。」


 見ろ、この露骨なまでの話題反らし。セレナちゃんのプレッシャーに圧倒された結果である。


「えっとね、ゲルダンさんはセレナちゃんに言われて医務室に戻って行ったの。それでね、メイちゃんとカルメンさんはトーナメントの決勝を見にいくからって出ていっちゃった。リートの目が覚めたら連れてきてもいいって言ってたよ!そのあと、うちあげパーティーするんだって!!」


「時間的にはまだ決勝は始まっていませんから、行ってみたらどうですか?私はシェリアちゃんとここでお話していますので。リートさんお一人で。」


 セレナちゃんが極上あんこくの笑みをこちらに向けてくる。


「うん?リートが行くんならワタシも行くよ?だから、セレナちゃんもいっしょに行こ?三人でアイスの食べさせあいっことかしてみたい!!きっとおいしーよ!ねっ?」


「シェリアちゃんと......食べさせあいっこ......シェリアちゃんの唇が触れたアイスを......私の舌で......なめとる。」


 ウソだろ?キャラ変わり過ぎじゃない、この娘?ゲルダンさん...あなたの妹ちゃんは魔道を歩もうとしています。


「えへへ。どうかな?リートもみんなでいっしょの方が楽しいもんね!パーティーにはいっぱいおいしいものが出るってカルメンさん言ってたし。」


「そうだな。俺はみんなで行くのは全然問題ないんだが。どうかな、セレナちゃん?」


「そういうことでしたら、私もご一緒します!えぇ、シェリアちゃんとアイスの食べさせあいっこしたいですから!」


「よーし、みんなで遊びにいこー!ゴエツドーシュー!!」


 シェリアが俺とセレナちゃんの手を両手に握って、楽しそうに声を上げる。斯くして、ここにシェリアの存在を楔としたギリギリのパワーバランスの三人パーティーが誕生したのだった。



 執務室の外で待機をしていた後鬼に見送られてグリグランギルド組合本部を出た俺達三人は、まだまだ賑わいを見せるグリグランの町中を散策しながらトーナメント会場を目指す。


 昨日と同様かそれ以上の活気に包まれた大通り。その一角に目的の一つであるアイスの屋台を見つけたシェリアは一目散に駆けていく。


「リート!セレナちゃーん!はやくはやく!いっぱいあるよー!えへへ。どれにしよー。昨日とちがうヤツがいいかなー。」


 その後を追って、俺とセレナちゃんも屋台に向かう。


「シェリアちゃんは何にするの?もし決まってないなら、私のオススメがあるんだけど食べてみない?」


「なにかな、なにかなー?えへへ。楽しみ!リートはどうするの?」


「俺はレモンだな。運動の後はさっぱりしたものが食べたくなる。」


「...さっきのアレは運動って次元を軽く越えてましたけど。リートさんってホント何者なんですか?あんな戦い方してる人、初めて見ました。」


「スゴかったもんね、リート!どかーんってパンチしてどーんって!!あっ、おじさん。レモンとね、キャラメルとね、あとりんごちょーだい!」


 俺を治療してくれたセレナちゃんの分はささやかなお礼として奢らせてもらうことにした。そのアイスを片手に会場に向かう。


「キャラメルあまーい!えへへ。ほら、リートも食べて食べて!おいしーよ!」


 すでに感覚が麻痺し始めているのか、食べさせあいっこという行為に抵抗感がなくなり始めている。だが、ここでシェリアの言うがままファーストバイトをもらってしまうと、横から刺す様な視線を送る彼女に何をされるのか分からない。


「そうだな。先にセレナちゃんに一口あげてくれ。俺は後からでも大丈夫だから。友達になった記念だ。お互いに食べさせあいっこすればきっとおいしいぞ。」


「なるほどー。お友達になったきねん!セレナちゃんセレナちゃん!ほら、あーん。」


 言いながら、セレナちゃんにアイスを無邪気に差し出すシェリア。


「じゃ、じゃぁ、シェリアちゃんもお口開けて...私のも一口あげる。あーん。」


 俺を挟んで行われる女の子同士の友情の食べさせあいっこ。なんだろう?この微笑ましくもいたたまれない感じは...


「えへへ。リートもすきありっ!」


 物思いに耽っていた瞬間、シェリアが俺のアイスもぱくりとかじる。


「レモンもあまずっぱくておいしー!ほらほら、リート。お待たせー。はい。あーん。」


 シェリアが差し出した目の前のアイスには二人分の食べた跡。しかし、ここでドギマギするほどウブではない。シェリアのお言葉に甘えて一口いただく。


 口中に広がるキャラメルの甘味とほのかな香ばしさ。さらに二人の美少女が先に口をつけているという事実が奏でるハーモニー。とても美味しいです。


「ねっ?おいしーよね!セレナちゃんに選んでもらって正解だね、リート。ありがと、セレナちゃん!」


「お礼を言うのはこっちだよ。美味しかったよ、シェリアちゃん。それと、リートさんもありがとうございます。なんか気を使わせちゃったみたいで...」


 そりゃ、あれだけ殺気を込められた視線を送られればこうもしますよ。でもまぁ丸く収まってくれてよかった。


「いや、気にしなくていいって。これで少しはさっきの借りが返せたなら、それでいいさ。」



 そんな感じで歩みを進めていると、見えてくるのは昨日以上の熱気に包まれたトーナメント会場。どうやら間に合ったらしい。


 今日の担当である受付のスタッフにメイの名前を告げて通してもらい、中に入ると待っていてくれたのだろうか。カルメンさんが手を振りながら、こちらにやってくる。


「おー、目が覚めたみてぇだな。どーだった?シェリアの膝枕の感触は?ふかふかだったか?」


「やばかったっすね。ふかふかどころじゃありませんでした。それで、まだ決勝は始まってないんすか?」


「そろそろ闘技場の整備も終わる頃だ。特等席をメイが用意してるからそこで観るぞ。シェリアとセレナも着いてきな。」


 そう言って先を進むカルメンさんの後を追う俺達三人パーティー。おそらく退屈するであろうシェリアのために途中の売店でポップコーンを買っておくのも忘れない。


 そうしてギャラリーの人垣を掻き分けて進んだ先に設えられた観覧席。そこには俺の先輩でありながらスパルタ師匠の陰陽師、安倍晴明がメイド服をその身に纏いドヤ顔でふんぞり返りながら、俺達を待ち受けていた。


「どうだい?可愛いだろう?この日のために後鬼に作ってもらっていたんだ。」


 そう言いながら短めのエプロンスカートの裾をちょこんと摘まみながら華麗にターンをかます、ボクッ娘陰陽師。頭に結わえてあるポニーテールがその後を追いかける様に跳ねて揺れる。


「うわー!メイちゃんフリフリだー!!とっても可愛いよぅ。ゼンキちゃんやゴキちゃんみたい、おそろいだね!」


「そういってもらえるとボクもこれを着た甲斐があったよ。もし興味があるのなら、シェリアとセレナの分も今度用意しようか?」


「いいの?やたっ!着てみたい!セレナちゃんもいっしょに着よ!」


「私はシェリアちゃんが着た姿が見れればそれで十分なんだけど。シェリアちゃんがそう言うなら......」


 血生臭いはずの闘技場で女子同士のファッション談義が花開く。うーんこの緊張感の無さ。


「カルメンさん。決勝で闘うのってどんな選手なんすか?」


「ここまで勝ち上がったのはまぁ、下馬評通りだな。一人はウチの組合が抱えている冒険者の中でトップの実績をもつ聖騎士パラディン アンジェリカ・ノーマン。そんでもう一人がアンタがトーナメントに残ってたら次の試合で当たってた相手、格闘士グラップラー ガラム・グレンデルだ。」


 聖騎士と格闘士の試合...あちらの世界ではそうそうお目に掛かれない異種格闘技戦。そりゃあ、期待値も上がりますよ!


「あー、リート。盛り上がってるところ悪いんだが、もしかしたら今の君にはひどく退屈に見えるかもしれないよ?詳しい事情は後で話すとしても、ガッカリはしないでくれ。彼等は全身全霊をかけてこの舞台に立っているし、各々のギルドの威信のために矛を交えるんだ。」


 少し困ったような顔で俺に語りかけるメイ。


「なに言ってるんだメイ?そんなの当たり前だろ?闘技者へのリスペクト無しに観戦なんて出来ねぇよ。」


「そうだといいんだけど......しっかり彼等の闘いを見てみるといい。」


「うん?」


「ほら、そろそろ始まるみたいだ。」


 メイの言葉の真意を図れないまま、トーナメント決勝に向けて会場の熱は高まっていく。このグリグランギルド組合の冒険者たちの頂点を決める闘いの結末の先に、俺は何を見て、知ることになるのか。


 その答えを未だ語らないメイの横で、俺は拳を握りながら闘技場を見つめ続けた。

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