属性は何を選択すればお嫁さんにしてくれますか?

滝皐(牛飼)

恋人にしたいと結婚したいは別物なんだよ

「恋人にしたい相手と結婚したい相手は、全くの別物だと俺は思うんだ」


 高校生活も残りあと数ヶ月。曇天の冬空。今にも雪がちらつきそうな空を見ながら、ハルはそんなことを口にした。

 教室で寒さに身を震わしているが、ブレザーの下にパーカーを羽織、更にマフラーまで巻いて防寒をしている。

 ハルは机に向かってノートを取るふりをしながら、目の前で同じようにノートに書き込んでいるユキに話しかけた。

 ユキは手を止めて、ハルのノートの端を突いて、無言で勉強しろと訴える。少しズレてしまったブランケットを膝にかけなおし、ユキはノートに向かった。

 しかしハルはお構いなしだった。


「俺は恋人にするなら、妹のような可愛い女の子が好みだ。世に言う妹属性と言うやつだな」

「……ハル」

「後お姉さん属性も捨てがたい。きっと優しく、手取り足取りなんでも教えてくれるだろう。それこそ、そういうことも任せていいと思う。リードしないぶん、体を預けられる」

「ハル……」

「しかし恋人にするのに、ヤンデレはどうかと思う。束縛の強い女子は正直好かない。連絡をよこさないだけで殺されたり、死んでやる~、なんて言われてもこっちが困る。俺は絶対に恋人にヤンデレは選ばない」

「ハル」


 ユキの冷ややかな声に、ようやくハルは喋るのを止めた。


「勉強しないなら帰るよ?」

「勉強はするよ。けどすでに2時間経ってる。そろそろ休むべきだと俺は思う」


 ハルの言っていることに一理あるためか、ユキはシャーペンのノック部分を顎に当てて考えた。そしてペンを置き、「20分ね」と休憩を挟むことにする。


「飲み物買いにいかないか?」


 席を立つハルの提案にユキは頷いた。お互い財布と、ユキはブランケットを羽織って教室を出る。

 シンと静まり返る廊下を歩きながら、ユキは肩を震わせた。教室に比べると、やはり廊下は寒い。


「女子って、なんでスカートなんだろうな?」

「さあ? 校則だからじゃない?」

「けど、スカートだと足は寒いし、スカート捲られてパンツ見られるのは嫌だろ?」

「私はスパッツにモコモコパンツを履いてるから、正直見られても構わない」

「どれどれ?」


 ハルがスカートの端を摘み上げようとするので、その手をペシリと叩いた。


「痛い」

「だからって覗こうとするな」

「覗いていいって言ったのはそっちだ」

「見られても構わないとは確かに言ったけど、見られたいわけじゃない。不可抗力ならば可」

「なるほど」


 階段を降りて、一階の自販機の前に来る。


「何にする?」


 ハルが500円玉を入れて訪ねる。


「いいの?」

「いいよ」

「ミルクティー」

「ホット?」

「当たり前でしょ」


 ホットミルクティーを購入して。ハルは粒入りコーンスープを買う。


「それって飲みにくくない?」


 ユキの質問に、「それがネックだよね」と笑いながら答える。


「けど美味い」

「それはわかる」


 買い物を済ませた二人は、そのまま階段を上る。


「ハルさぁ……ハル?」


 階段を上っていたユキは、ハルが隣にいないことに気づき振り向くと、ハルが顔を地面スレスレまで近づけて、覗き込むように見上げていた。

 しばしお互いの目線が重なる。


「マジ毛糸」

「ホントサイテー」


 ユキはスカートを抑えて侮蔑の目でハルを見た。覗きを終えたハルは立ち上がって早足でユキの隣までやってくる。


「ごちそうさまでした」

「……どういたしまして」


 しかし怒りは収まらないので、ハルの肩に一発殴りを入れるユキだった。


 教室に入り、定位置に戻って来た二人は、お互い買ってきた飲み物を飲んで一服する。


「そういえば」ハルが缶を回しながら訪ねる。「さっき何言おうとしたの?」

「さっき?」

「階段で」

「ああ……」


 ユキは一瞬考えてから、ミルクティーを一口飲んで、口を湿らせてから話し始める。


「恋人にするならと、お嫁さんにするならって話」

「女子の属性についてだな」

「他にはなんだったら恋人にしたいの?」

「他?」


 天井を仰いで考えるハル。何度か首を左右に倒して唸った。


「ツンデレは、見たら可愛いけど、相手するのは面倒だろうな」

「どうして?」

「だって毎日のように、別にあんたのためにやったんじゃないんだからね! ふん! とかされたらさ、正直飽きると思わない?」

「それ以前に、あんたのツンデレのクオリティが低すぎて衝撃だわ」


 ハルのツンデレのリアクションが、男が女の真似をしてるだけの見るに堪えないものだったので、ユキは苦々しい顔をした。


「男なんだから勘弁しろよ。むしろ真似してもいいんだぞ?」


 期待するようなニヤけた目で見るので、ユキは渋い顔をしつつも一度咳払いをし、息を吸い込む。


「別に、あんたのためにやったんじゃないんだからね!」

「……」

「なんか言えよ」

「俺はツンデレを見誤っていたかもしれない」

「はい?」

「これだったら毎日言われてもいいと思えた」

「私は絶対に言わないけどね」

「ワンスモアプリーズ」人差し指を立てて催促するので、「ノーセンキュー」とその手をペシリと叩いた。


 わざとらしく手が痛い仕草をするが、それが別に痛くないことをユキはわかっている。なので無視をしてミルクティーを飲む。


「もしツンデレとデートしたらどうなるんだろうな」

「どう……なるんだろうね?」


 二人は考えてみたが、特に周りにツンデレが居なかったので、想像もふわふわとしたもになり。あまり現実味があるようにはならなかった。ただ言えることは、なんかとりあえず照れてる。ということだけだ。


「やっぱりツンデレはいいや。疲れそう」

「そう」

「やっぱり妹系が一番いいよな」

「お兄ちゃんって言われたいの?」

「言ってくれるのか?」


 ユキは少し考えてから、「お兄ちゃん……」と呟いた。けれどすぐに恥ずかしくなり、手に持っていた缶で顔を隠す。


「忘れて……」

「なんだ妹よ!」

「人生最大の恥だわ」

「恥ずかしがることないぞ妹よ! 可愛いぞ妹キャラ! もっとお兄ちゃんって言ってくれ!」

「二度と言わない!」


 恥ずかしくて火が出る思いというのを、ユキは今日身をもって体感した。しかし究極に恥ずかしいことをしたためか、少しだけテンションがブレたユキは、「私だけお兄ちゃんとか言うのはずるい!」と、立ち上がりながら叫ぶ。


「お姉ちゃんと呼べばいいですか?」

「自分が思う最大のイケメンボイスで、ユキって言って」

「なんだその恥辱の極み」

「言えよ」


 確かに散々ユキで遊んだ手前、ハルが断ることは難しい。腹をくくり、自分が思う最大限のイケメンボイスを繰り出す。


「ユキ……」

「……」


 ユキは笑いを堪えるのに必死だった。

 その様子に、ハルは顰めっ面になる。


「……かっこよかったよ。ホントに」

「口元を抑えながら言う台詞じゃねぇよ」

「だって……ふははは!」


 遂に堪えが効かなくなったユキは、お腹を抱えて笑いだした。


「笑ってんじゃねぇよ。お前が求めたんだろうが」

「はあ~……想像以上に酷かった。まあやりきったことに免じて、もう一回だけならお兄ちゃんと言ってあげてもいい」

「では最大限可愛く頼む」

「頼むのかよ」呆れつつもユキは一度咳払いをする。「……お兄ちゃん」


 言葉尻にハートマークが付きそうな勢いの甘えた声に、ハルは両手で顔面を覆って天井を仰ぐ。


「可愛い」

「……そうですか」


 自分で言ったこととはいえ、さすがに照れるユキだった。


「やっぱ恋人は妹系だな」

「結婚するなら?」

「結婚するなら……お母さん系?」

「えっ……?」


 明らかなドン引きに、ハルは慌てて「例えばだ例えば!」と訂正する。


「別に俺がそれがいいと言うわけじゃない!」

「でも最初にそれが出てくる辺り、そうなんでしょ?」

「実母に恋愛感情はない」

「あったら友達止めてる」

「しかし甘やかしてくれるお姉さんがいたら嬉しい」

「……」


 軽蔑する目つきに、ハルは心臓が痛くなった。


「俺にM属性はないんだ」

「私にS属性はないよ」


 そもそもハルを虐める趣味もなかった。


「男って、結局甘えたいの?」

「まあ……それはある」

「ふ~ん」


 興味なさそうに聞き流すユキに、なんともバツが悪くそっぽを向くハル。しかしその隙きをつくような形で、ユキはハルの頭に手をそえる。

 そのまま優しく撫でてやると、ハルは目を見開いてユキを見た。

 ユキは耳まで真っ赤にして、恥ずかしさに限界が来たのか、手を上げてそのまま自分の胸の前に持っていく。


「突然のデレに胸キュンが凄い」

「唐突に甘やかしたくなっただけだし」

「これを毎日して貰えるなら、ツンデレ女子と結婚もありだな」

「私ツンデレじゃないんだけど」

「充分ツンデレの要素があるよ」


 釈然としないのか、苦い顔をするユキ。


「ツンデレママになるな」

「え~? なんかその響きやだ」

「そうか? 俺は結構ストライクだけど」

「……じゃあ、ツンデレママになれば結婚できるの?」


 ハルはユキを見る。ユキは視線を下げていたが、ハルのが見ているのを感じ、視線を合わせた。

 数秒そうやって目を合わせていて、先にハルが視線をそらした。


「それは無理だな」

「……じゃあ。なんだったらいいのさ」

「ユキだよ」


 はっきりとそう言う。


「ユキだったらいい」

「……バカ」


 恥ずかしそうに窓の方を向いて、ミルクティーを飲む。真っ黒な曇り空からは、雪がチラチラと降ってきていた。それだけ寒くなっているということは、教室の中もそえなりに寒くなって来ているはずだった。

 けれどもそんなことを感じないくらいには、今の二人は暑いだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

属性は何を選択すればお嫁さんにしてくれますか? 滝皐(牛飼) @mizutatu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ