このまま君だけを奪い去りたい

桐華江漢

心震えるほど愛しいから

 いけ! いくんだ俺!


 俺……澤村和生さわむらかずきは何度そう心の中で叫び続けただろう。心の中のもう一人の俺は必死になって声を荒げ、背中を押してくる。しかし、肝心の本体である俺は全くと言っていいほど体が動かない。


 八月二十二日。場所は静岡の海岸沿いにある小さな休憩所。ほんの数人しか座れない円形のイスとテーブルがあり、古ぼけた柱が四本に三角型の屋根という質素な作り。誰もが利用しないような場所。


 そんな休憩所が最近有名になりつつあった。その理由は、この夜空に満面に輝く星達だ。キラキラと光を放つ様はまるでイルミネーション、崖に打ち付ける波の音は地形の関係か『ザーン、ザーン』ではなく『ササーン、ササーン』という優しく奏でられ、それがどこか幻想的、とSNSで誰かが載せた所どんどん話題が広まった。一部ではデートスポットとしても取り上げられているが、実はもう一つ噂がある。


「……どうかした?」


 俺がしどろもどろしていたからだろう、隣にいた俺の彼女、箕島みしまユリが声を掛けてきた。


 長い黒髪を後ろで束ねたポニーテールの女の子で、二重瞼に小さな口。耳には月を象ったイヤリングが揺れている。


「い、いや……噂通りキレイだな~、って」

「ホントね。こんなにハッキリ見えるとは思わなかった」


 上を見上げ、潮風になびく髪を耳元で直しながらユリはそう言った。


 だけど、この夜空よりも君の方がキレイ――なんて言えるかぁぁぁ! キザ過ぎるだろぉぉぉ! さすがにこれは失敗するわぁぁぁ!


 柱に顔を埋めながら俺は一人落ち込んだ。


 この場所にあるもう一つの噂。それは、ここで意中の人に告白すると必ず成功する、というものだった。


 まあ、言わずとも分かるだろうが、俺は隣にいるユリに恋心を抱いている。ユリに片想いしていた俺は、前々から告白しようとおもっていたが、そのタイミングを失っていた。


 タイミングを逃しながら一日一日と時間だけが過ぎていく中、ネットでこの場所の事を知った。焦っていた俺は直ぐ様食いついた。ユリに連絡を取り、こうして二人で足を運んだのだ。


「でも、ちょっと意外だな~」

「な、何が?」

「和生がこんな場所知ってるなんてね」

「あ、ああ。たまたまネットで見つけたんだよ」


 たまたまじゃない。『告白で失敗しない心得』とか『オススメ告白スポット』を食い入るように漁っていたのが真実。


「いきなり『海行こうぜ』って誘われた時は迷ったけど、来てよかった」

「迷ってたのか……」

「そりゃそうでしょ? 海なんて夕方から行く場所じゃないし、理由は話さないしさ」

「驚かせようと思ったんだよ」


 最初は場所を伝えようと考えていたが、やはりキレイな景色はサプライズに限る。まあ、これもネットからの受け売りだ。


 不安な部分もあったが、ここに着いてユリの顔を窺うと楽しそうだった。サプライズは成功したと言っていいだろう。


「それで? このあとは?」

「このあと?」

「和生の事だから、ただ星を見に誘ったんじゃないんでしょ?」


 ゆっくりとユリがこちらに振り向き、可愛い顔が俺を見る。


「あ~、それは……」


 ユリの言う通り、俺は告白するためにここに誘ったのだ。そして、そのきっかけを相手側から促された。チャンスだ。


 いけよ! あんなに練習したろ! 今日こそ気持ちを伝えるって決めたじゃないか! 


 言葉は決まっていた。ストレートに『好き』だ。ただその一言だ。俺の場合、回りくどい言い方をすると間違いなく迷走してしまうのが目に見えている。


 よし、言うぞ! 頑張れ俺! 澤村和生、一世一代の挑戦だ!


 心臓が爆発寸前の様に暴れだすのを抑えながら、俺は言った。


「……いや。ユリさ、前に『どこか観光名所に行きたい』って言ってたろ? それ思い出して誘ったんだ」


 ――って違うだろぉぉぉ! たしかに観光名所ではあるけど目的違うぅぅぅ!


 心の中の俺は柱に頭を何度も叩きつけた。あれほど覚悟を持って誘ったにも関わらず、好きだの一言が言えなかった。


「……」


 ユリも不満なのか、眉間にシワを寄せて俺を睨み付ける。


 夜景による良い雰囲気が一転。瞬く間に気まずい空気が充満する。


「……そう。じゃあ、帰りましょ」

「……えっ? 帰る?」

「だってもう目的は果たせたでしょ? だったらここにいる必要はないんじゃない?」


 そう言うと、ユリはスタスタと歩き出した。その背中からはどこか怒りが滲んでいるのは気のせいだろうか。


 声を掛けて引き留めようとしたがそれも出来そうになく、俺は背中を丸めながらユリの後を追う。


 しばらく歩いているとユリが口を開いた。


「ねぇ、ここの場所の噂知ってる?」

「噂?」

「うん。ここね、告白する場合の名所なんだって。好きな人に告白すると必ず成功する、って」


 げっ! ユリ知ってたのか!?


「和生はそれ知ってた?」

「い、いや……ただ夜景がキレイとしか知らなかった……」


 嘘つけぇぇぇ! バリバリ知ってるだろうがぁぁぁ!


「な~んだ。私はてっきり和生が告白してくれるんだと思ってた。もし告白されたらオーケーしてたのにな~」

「……えっ?」


 今、なんて言った?


 混乱する俺。するとユリはクルッ、と回って俺と向き合った。


「全く、和生は根性なしね~」


 そう言ったユリの顔は楽しそうであり、からかっているようでもあり、イタズラをする子供のような笑顔だった。


「ユリ……俺……お前の事が――」

「は~い、ストップ」


 手のひらを向けてユリが俺の言葉を遮った。


「そんな女の子から言わせる告白なんかオーケーすると思う?」

「あ……いや……」

「せっかくきちんとした場所があるのに、そこで言わないなんて愚の骨頂。そこで言わないなら、どんなに好きな人でも断る以外の選択はないよ」

「好き……えっ……あれ?」

「私が欲しかったら、ちゃんとするべき場所で、言うべき言葉で言わなきゃ応えません」


 ユリはそう言うと、小走りで先を行く。一人残された俺はその場で棒立ちだった。


「ああ……バカだな、俺。自分でチャンス潰しちまった」


 計画通りに進行していれば、きっと成功していただろう。だが、自分の愚かさが失敗を招いてしまった。


 幸か不幸か、ユリの気持ちも知ることが出来た。しかし、だからといって安心してはいけない。ユリの言う通り、やるべき場所でやるべき事を成さなければどんなに頑張っても意味はない。


「次は必ず、自分の口で……きちんと自分の気持ちを伝えるんだ」


 改めて決意を固めると、先を行くユリの後を追った。





                  了

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