魂剣決闘

まつこ

魂剣決闘

 太陽が真上にある決闘場コロシアム。始めて2人が出会ったそこが、最後に2人が見える場となった。

 コロシアムの砂が風によって少しだけ舞い上がり、散っていく。2人の間に最早言葉は要らなかった。


「「来たれ、魂剣こんけんッ!」」


 同時に叫ぶ。自らの魂を一振りの剣とするその言葉を。これよりは魂と魂の戦い。互いの剣が、どんな言葉より心を語る。


 片や少年。地味な黒髪をこれまた地味なショートカットにしている。顔の造形は整っているが、特筆すべきものではあるまい。

 彼が持つのは一切の装飾無き長剣。魂を形にするという特性から誰しも一癖二癖ある魂剣の中では、逆に珍しいと言える武骨さである。

 彼の名はグラド。かつて最弱と呼ばれながらものし上がり、世界が注目する程の実力者となった者である。


 片や青年。炎髪、炎眼。獰猛な獣を思わせる容貌ながら、瞳には知性の光宿る偉丈夫である。

 彼が持つのは、人が持つには無理な代物と思える肉厚の大剣。それを持つ彼の筋力と、それを形にする彼の魂の強靱さは計り知れない。

 彼の名はフェフ。この世界に於いて知らぬ者無き最強の剣士。魂剣を持つため人の形へ変わっていった、『竜』の末裔である。


 フェフは笑った。ただの一度、きまぐれで指導しただけの少年が、最大の好敵手として自分の前に立っている。


 グラドは笑った。憧れ続け、その剣を追い続けた男が、自分の手と剣の届く距離にいる。


 もう一度風が吹き、砂が舞う。その砂埃が消えたのが、開始の合図となった。


 両者駆ける。フェフの剣が上段から、グラドの剣が下段から互いに襲いかかる。

 2つの剣がぶつかり合い、この戦いを見ている者がいたのなら彼らの体さえ震わせたであろう衝撃音が鳴り響く。

 体格的にも、剣の重さ的にも、打ち合い方から見ても、吹き飛ばされるのはグラドだ。だが、だが、驚くべきことに――――――

                      両者の剣は、拮抗している!


「人刃一体ッ……! 」


 それを可能にするのはグラドが口にした、彼の奥義だ。人刃一体。己の魂だけでなく、肉体までもを刃にすることによって、あらゆる攻撃から耐え、あらゆる行動を攻撃へと転じる、剣鬼の法!


 フェフの刃を、グラドの刃が押し返す、押し返す。


ァッ!!」


 フェフが吼える。人外の肺活量から放たれる雄叫びは、確かな質量を持ってグラドを吹き飛ばす!


「くぁっ!?相変わらず出鱈目なッ!」


 人刃一体と化したグラドすら吹き飛ばす、『気合』である。ギリギリで着地しながら、グラドは苦笑した。しかし、これでなければ最強ではない。これでなければフェフではないのだ。

 自分こそ最強と嘯く剣士でもフェフの名を聞けば黙りこくる。絶対的強者、圧倒的頂点。竜の剣士、ここにあり。


 たたらを踏むグラドに、フェフが追い打ちをしようと地面を蹴った。星そのものを揺るがすのではないかと錯覚する踏み込み、物理の限界を赤子の手を捻るが如く超越する一歩。

 グラドはそれをギリギリで捌いた。一瞬だけ剣で受け、押し込まれる力を利用しながら後方へ跳び、一瞬だけフェフよりも加速し、その刹那に攻撃範囲から離脱する。一瞬受けるだけでも全身の骨を砕きかねないフェフの一撃。だがグラドは立っている。たましいが折れぬ限り、彼の体は砕けない。


 グラドはフェフの背後に跳んだ。最初の立ち位置から逆転した。そして次が最後の一撃になると、2人は魂で理解している。


 万全の状態でグラドとフェフは構えを取る。グラドは突進することが見え見えな突きの構え、フェフもまた、突撃することが一目瞭然な前屈みの上段。


「勝ちたい、あなたに勝ちたいッ!あなたが最強の剣士だからではなく、あなたがあなただから勝ちたい!もしあなたが最弱の剣士だったなら、俺は最弱から2番目の剣士で良いッ!だからッ!この一撃でッ!あなたを倒すッ!!」


 グラドが叫ぶ。この勝負にかける思いを、フェフに向ける思いを。それを剣に乗せて打ち込むと宣言する。


「来いッ!私も最強にこだわってなどいない!この一勝負、お前に一度勝てるだけで良いッ!もう剣が握れなくとも良いッ!この一撃に、私の剣士としての全てを懸けるッ!!」


 フェフが叫ぶ。この勝負にかける思いを、グラドに向ける思いを。それを剣に乗せて打ち込むと宣言する。


 限界まで、いいや限界を超えて、2人は一瞬で過ぎる距離を、無限に続く距離を詰める。回避など互いに不可能。より速く剣が届いた方が勝つ、子供の喧嘩よりも単純な理論がこの場を支配している。


「おおおおおッッッ、剣魂一擲ッッッッ!!!!!! 」


「ごおおおおおッッ、一所、剣命ッッッッ!!!!! 」


 互いの全力の一撃が、一生を懸けた奥義が炸裂する。2人の世界は極限まで遅くなり、加速する。全身の血流が逆流しそうな程の高揚、脳が破裂しそうな程の興奮。


 願わくば、この刹那が永遠に続けば良いのに。


 そう思った瞬間、彼の世界は、急激に停止した。


 胸に剣が突き刺さっている。心臓を貫き、背中から飛び出している剣は、グラドのものだった。

 巨体が仰向けに倒れる。ずるりと剣が抜けた。決着がついたのだ。思い返せば短い時間、人生の百分の一にも満たない須臾であった。


 グラドは勝った。全身の熱が急速に冷めていく。目の前の剣士は、自分の剣に貫かれ死のうとしている。

 あれだけ憧れ、人生の全てだと思っていた存在が消えようとしている。その事実に、グラドは不意に泣きそうになり、意識を締め直した。


「勝った奴が泣くものじゃない。勝ったこと、生き残ったことを誇り、笑え。そしていずれ生まれ変わった好敵手と再び相まみえることを願え……」


 その言葉に答える者はいない。この場にはもう、1人しかいないのだから。


 ――――――持ち主が死ねばすぐに消えるはずの魂剣が、その日だけは長く、長く残っていた。

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魂剣決闘 まつこ @kousei

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