第5話

「本当に? あたしがいわれない悪事で、あたしが周りから責め立てられても、デンカはあたしを守ってくれる?」


「ああ。俺が守ってやる。なんたって、俺のサブキャラの職業は鍛冶屋だからな? 昔は合戦の最前線で戦ってたんだぞ? そんな守りのスペシャリストである俺が守ってやるって言ってるんだから、安心して良いぞ?」


 デンカのこの一言を受け、マツリ(加賀・茉里かが・まつり)は、ふふっと笑ってしまう。


「馬鹿……」


「なんだよ、馬鹿って」


「馬鹿だから、馬鹿って言ったのよ」


「うっせえ。馬鹿は俺の十八番おはこなんだよ。ったく、心細そうな声になっているから、冗談でも言って、場を和ませようと思ったんだがな?」


 デンカ(能登・武流のと・たける)が格好つけなきゃよかったぜと思いながら、そう愚痴を言うのだが、知らずと自分も顔がほころんでしまっていることに気づく。


「ありがとうね、デンカ。ちょっと、落ち着いたわ? でも、女性を元気づけようとする時には、冗談はほどほどにしといたほうが良いわよ? たまに神経を逆なでしちゃうからね?」


 マツリの声の調子がかなり良くなってきたことをデンカ(能登・武流のと・たける)は己の耳で感じる。デンカ(能登・武流のと・たける)は、はいはい、なるべく気をつけさせていただきますとマツリに返事をするのであった。


 とにもかくにも、マツリの身体からは悪寒は過ぎ去り、攻略サイトに情報が無いのであれば、デンカが知っている限りの情報を開示してもらい、それをつてにマツリたちは30階層で待ち受ける【アダムとイブ】への対策を練るのであった。


 日曜日、夜の22時20分頃。作戦会議を終えたマツリたちはボスNPC:アダムとイブが待っている居室の扉を開き、中へと入っていく。そこでマツリは眼に飛び込んできた部屋の様子に驚きを隠せないでいた。


 アダムとイブの居る広間は一言で言えば『楽園』であった。暖かい太陽の日差しが燦々と地上に降り注ぎ、草原や森の眷属たちがアダムとイブの周りに集っている。ウサギや狸、鹿、熊、キツネ。そればかりではない。空を飛び回る小鳥たちまでもが、アダムとイブを取り囲む。


 その彼や彼女たちの様子にマツリは感動すら覚える。しかし、眼の前の男女はマツリとデンカにとっては敵であった。神に代わり、アダムとイブに制裁を喰らわすのは彼女らの役目であった。


「マツリ。いくら、幻想的な雰囲気を醸し出しているからといって、油断するなよ? ベルゼブブよりかは少しはマシかもしれんが、えげつないってことは確かだからな?」


 オープンジェット型・ヘルメット式VR機器のスピーカー部分から聞こえるデンカの声を聞いたマツリ(加賀・茉里かが・まつり)は意を決し、画面上のマツリを操作して、アダムとイブに近づく。するとだ。彼らの周りに集っていた動物たちは一斉に逃げ出す。


 その演出に、マツリは驚かされてしまう。今までもボスNPCとの戦いの始まりで演出ムービーが流れてはいたが、それは作り物であり、現実感からはかけ離れたモノであった。しかし、アダムとイブの周りに集っていた動物たちは、まるで本当に生きているかのような挙動をしており、そんな動物たちを追い出してしまったことにマツリは少なからず罪悪感を覚えるのであった。


「うぬらはどこからヤッテキタ? ここは創造主がお作りになられた『楽園』ダ。私とイブ以外はニンゲンは入れない場所でアルゾ?」


 アダムが恨めしそうな視線をマツリに飛ばす。マツリが動物たちを追い払ったことがアダムにとってはよっぽど気に喰わなかったのがマツリ(加賀・茉里かが・まつり)に伝わってくる。


「あなたたちを倒すために、遠路はるばる、【忘れられた英雄の墓場】の最下層までやってきたの……。悪いけど、あたしが【オレルアンのウエディングドレス・金箱】を【結婚してでも奪い取る】ためのかてになってちょうだいっ!」


 NPC(ノンプレイキャラ)に過ぎないアダムに対して、わざわざ近傍限定チャットを用いて啖呵を切るマツリである。ただのNPCが自分の言葉に反応すわけがないことは十分わかっているのだが、それでもマツリは言わなければならない気がしてたまらなかった。


「ほう。マツリと言うのでアルカ。何を目的にここまでやってきたかはわからぬのでアル。しかし、そのヒトの身を超えた欲望が、その身を焼くことになることも知らぬのでアルカ?」


 自分の名を名乗ってもいないのに、アダムはマツリの名を言う。やはり、ただのNPCの定型文句なのね、ちょっとがっかりだわとマツリ(加賀・茉里かが・まつり)は思ってしまう。


われを見事倒し、望みの『天使の御業』を得るが良いのでアル……。さあ、かかってコイッ!」


 アダムがそこまで言い切ると同時に、コマンド入力可能状態となる。デンカからアダムが何か言い切った後にいきなりコマンド入力が始まるから気をつけておけと言われていたマツリであったが、こうも唐突にコマンド入力画面が表示されるとは予想を裏切られる形となる。


「俺は最初に自身の攻撃力を上げた後、次にアダムへと【斧槍ハルバート・5連撃】をするからな? 決して、イブにはまだ攻撃するんじゃねえぞ?」


「わかっているわよっ。アダムの体力を削って、イブが回復に専念するように努めるんでしょ? あたしは【石の神舞ストン・ダンス】で自分の土属性を上げてから、アダムに【石の龍ストン・ドラゴン】を連打するわっ!」


 そうこうしている内に入力受付時間である10秒が過ぎ去る。ダンジョン【忘れられた英雄の墓場】における最後の戦いの火ぶたが切っておとされたのであった。


 最初に動いたのはデンカの従者:ダイコンであった。ダイコンはまず、己の防御力を上げるために【石の鎧ストン・アーマ】を発動する。ダイコンの次に動いたのは、マツリの従者:ヤツハシであった。ヤツハシは抗物理・術どちらも同時に2割下げれる【みたらし毒団子】をアダムに向かって投げつける。


 しかし、ここでイブの自動発動スキル【愛するモノの守護】が発動する。


「ちっ。やっかいな技能が発動しちまったぜ。従者:ヤツハシの【みたらし毒団子】をイブが喰らっちまった」


 イブのもつ特殊スキル【愛するモノの守護】はそれほど高い発動率ではないスキルではあった。しかし、一度発動すれば、必ず最低1回はアダムへの全ての攻撃をそのターン内では吸収するといった特殊なスキルであった。


 マツリたちにとって幸運なことは、このイブの厄介な自動発動スキルがマツリたちが自分の強化を行うための開幕の開幕に発動してくれたことだ。マツリは自分たちの強化スキルを使用するため、イブは無駄に【みたらし団子】を喰らったことになる。


 さらにはこの【愛するモノの守護】はそのターン限定の守護スキルであり、次の行動まで持続しない。そして、イブはこの守護スキルを2ターン連続で発動することはなかった。


 マツリの石の神舞ストン・ダンスが発動したあと、デンカの行動へと移り、デンカは自身の攻撃力を上げる水属性魔法【水の精霊オータ・スピリッツ】を発動させる。デンカがその魔法を発動させたと同時に、デンカが手に持つ斧槍ハルバートに微細な水の精霊たちが纏わりつく。


 1ターン目の最後にアダムとイブの2人が動き出す。アダムはイブに対して、状態異常と弱体効果を打ち消し、さらに対象ひとりへの中量の回復が伴った【愛しきモノへの介護】をおこなう。それによって、ヤツハシがイブにもたらせた抗物理・術力2割ダウンの効果は打ち消されることになる。


 続けてイブがおこなった行動は、敵1体を眠り状態へと誘う【楽園への誘い】である。イブはそのスキルを自分へ攻撃してきたマツリの従者:ヤツハシに向かって放つ。そのスキルに抗えず、ヤツハシは眠りに誘われて、行動不能へと陥ってしまう。これにより、2ターン目のヤツハシの行動はキャンセルされることになったのだ。


 マツリ(加賀・茉里かが・まつり)は考えていた以上に、イブの存在が厄介ねと思わざるをえなかった。ダンジョン【忘れられた英雄の墓場】に登場してきたボスNPCは、ベルゼブブ本体を除けば、どれもアグレッシブに攻撃をしかけてきた。


 しかし、アダムとイブは両方とも受け身なのである。こちらの攻撃に合わせて、こちらに攻撃を仕掛けてくるという、カウンタータイプの敵であった。マツリは今まで出会ったことのないタイプのボスNPCに苦戦を強いられることになるのであった。

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