第4話

――西暦2035年7月第3週 日曜日 午後10時過ぎ 【忘れられた英雄の墓場 30階層】――


 マツリとデンカは午後7時半に28階層のボスNPC:ベルゼブブを倒した後、休憩に入り、夕食とお風呂を済ませる。そして午後9時より29階層のボスNPC:サタンをたった2回目のチャレンジで倒してしまったのだ。


 これにはデンカ(能登・武流のと・たける)も驚かずにはいられない。1回目はサタンの行動の確認と作戦立案のために逃げる前提の戦いであった。しかし、ここで目を見張るのは、やはりマツリの的確すぎる戦術であった。


「あたしが見る限りでは、サタンは26階層のボスNPC:光のルシフェルのダメージが上がったバージョンだったわけ。そりゃ、光のルシフェルは火属性【明けの明星】による全体攻撃で、サタンは水属性【氷の牢獄】による全体攻撃だったわよ?」


「いや、それでもサタンの全体攻撃は、光のルシフェルのそれよりも1.4倍は痛かったわけじゃんか? ダメージが上がったバージョンって言い切るのは少し過剰な表現じゃないか?」


 マツリとデンカは30階層の入り口で、ボスNPC:サタンの難易度について議論していたのであった。28階層のベルゼブブが過去最強のボスNPCと呼ばれていた割りには、マツリたちはサタン戦をあっさりとクリアしてしまったため、今回の議論は、あいつの存在は何だったのだろうか? という疑問から始まったのである。


「ベルゼブブの活動はサタンよりも活発だもの。よく奴はサタンの右腕と言われているけれど、本当はどうなのかしら? あたしとしては、サタンは受けで、ベルゼブブが攻めね!」


 マツリがサタンとベルゼブブのカップリングという意味不明なことをデンカに伝えるのであった。デンカは果たして、そうだったのか? もしかして、世の中はサタン受けのベルゼブブ攻めが主流となっているのか? あとでゴーグル先生にでも聞いてみるか? いや、しょせん、ゴーグル検索をしても、出てくるのは【知ったかぶりペディア】、【役立たずペディア】、【要出典ペディア】と揶揄されているあのサイトに飛ばされるのが関の山だなとデンカは考えてしまう。


 デンカ(能登・武流のと・たける)が昔、交流があった信オンフレンドに、「【ウッキーペディア】に書かれていることは全て真実なのですよブヒヒッ!」と言っていた豚のように鼻息を荒くしながら力説していたニンゲンがいた。


 しかし、デンカ(能登・武流のと・たける)にとって、あのサイトは検証すらされてない情報をさも真実かのように扱うネット民たちが書き込んだ【知ったかぶりペディア】としか、認識していなかった。


「俺が知っているのは、ベルゼブブはサタンの副官だってことくらいだなあ? あと蝿の王だってこと。でも、そのカップリングはおかしいんじゃねえの?」


「そうね。やっぱり、右腕と呼ばれているだけあって、ベルゼブブの方が受けなのかしら? あとでゴーグル検索をしてみようかしら?」


「やめとけ、やめとけ。検索にひっかかるのは【ウッキーペディア】くらいだわ。そんなことより、30階層のボスNPC:アダムとイブについて、戦術を考えようぜ?」


 ボスNPCの強さ議論から、何故かカップリング議論に発展してしまったので、デンカはマツリにトッシェとナリッサはどちらが攻めで受けなのかしら? と言い出す前に話を変えるのであった。


 マツリはたまに仲の良い男性キャラたちを見ていると、いきなり、あっちが受けでこっちが攻めねと言い出す悪癖があった。さすがにゲーム内チャットでは、それは言い出さないのだが、スカイペ通話ではかなり言いたい放題なのだ。


 一度、ボスNPCのドロップ目当てにマツリ、デンカ、トッシェ、ナリッサの4人で狩りに行った時に、戦闘中、突然、マツリが「あっ。団長とカッツエさんって、たぶん、団長が受けよね?」と言い出して、男3人は飲んでいたコーヒー、お茶、紅茶をぶふーーーっ! と噴き出したという事件が起きた。


 トッシェは腹を抱えて笑い、パソコン・チェアから落ちてしまった。ナリッサは、意外とカッツエさんのほうが受けかも? と言ってしまい、デンカ(能登・武流のと・たける)は2度目のコーヒーを噴き出す結果になる。しかし、そんな男2人をよそにマツリとナリッサは、ぐぬぬっ! と唸り合い、真剣にカップリングとはなんたるかを主張しはじめたのである。


 もちろん、その時のボスNPC戦は、思いっきりマツリたちの徒党パーティが壊滅してしまったのは言うまでもない。マツリたちは今後、このようなことが起きないようにと、団長とカッツエのカップリング議論は禁止となったのであった。


 しかし、話はこれで終わらない。あろうことか、マツリはトッシェとナリッサが居ない時に、デンカに「ねえ? トッシェ×ナリッサなの? ナリッサ×トッシェなの? あたし、気になるんだけど!?」と、たまに言い出すのでデンカには始末に負えなかったのである。


「んー。今更、デンカが各階層のボスのことを知っているのは、つっこまないとして……。【アダムとイブ】は、どんな攻撃をしてくるわけ?」


「うーーーん。ノブオンの攻略サイトを今、見ているんだけど、最近、荒らしが常駐しているのか、こいつ含めて、21階層から先のボスについての記述が消されているんだよなあ……」


 マツリたちが21階層から苦戦している原因が、ノブレスオブリージュ・オンラインの大手攻略サイトに載っていたボスの情報が一部であるが消されていることであった。しかも、ご丁寧なことに、ダンジョン【忘れられた英雄の墓場】に登場するボスNPCだけ、その攻略サイトでは21階層から先は丸ごと消されているのである。


 まあ、荒らしのやることなんで、深い意味なぞ無いだろう。どうせ、攻略サイトの管理人が3日も経たずに復旧してくれるだろうとデンカ(能登・武流のと・たける)はタカをくくっていた。


 しかしだ。攻略サイトがプレイヤーの閲覧数を最も伸ばせるであろう、この土日になっても、一向に消されたボスNPCの記載は復旧されていなかったのである。まさか、サイトの広告収入で喰っているような管理人が、荒らしのこんな行為を許すのか? とデンカ(能登・武流のと・たける)は不思議に思えて仕方がなかった。


「だめだ。どの攻略サイトを見ても、21階層から先のボスNPCについての記事は消されているな……。こりゃ、荒らしをおこなうのが主目的じゃなくて、明確な意思を感じるぜ……」


 パソコン・ディスプレイに映る削除された記事を睨みつけるデンカ(能登・武流のと・たける)が左手の親指の爪を歯で噛みながら、そう言うのであった。デンカ(能登・武流のと・たける)には、イライラすると親指の爪を噛むという悪癖がある。


「デンカ……。それって、どういう意味なの? その荒らしはわざとダンジョン【忘れられた英雄の墓場】の21階層から30階層に出現するボスNPCの情報を削除しているってこと? それも、そこだけを?」


「ああ、どこのサイトを見ても面白いくらいに、そこだけ削除されてやがる……。こりゃ、俺たちにはこのダンジョンをクリアさせたくないっていう悪意すら感じるぜ……」


「さすがに、それは無いんじゃないの? そんなの、いくらなんでも薄気味悪いを通り越して気持ち悪過ぎよ?」


 マツリは、身体に悪寒に似たモノを感じた。これは部屋のエアコンが利き過ぎて起きる類のモノではなかった。名前も知らぬ人物から悪意を向けられていることを想像しての気持ち悪さであった。


 マツリは勘の良い女性であった。この意味不明な悪寒を感じた時は、必ず何か良くないことが彼女の身の回りにたびたび起きたからだ。それゆえ、彼女は正体不明の悪意に対して、少し恐怖心を抱くことになる。


「デンカ。あたしの勘だと、何か悪いことが起きそうなの……」


 マツリ(加賀・茉里かが・まつり)は声のトーンを落としながらデンカにそう伝える。デンカ(能登・武流のと・たける)はマツリの様子が変なことに気づく。下手にマツリが気にしてしまう台詞を続けてしまったことにデンカ(能登・武流のと・たける)は失敗したと思うのであった。


 それゆえ、デンカ(能登・武流のと・たける)は、これ以上、マツリを不安がらせないように努めて明るい声でマツリに声をかける。


「大丈夫だって。もし、マツリが周りから何か言われるようなことがあったら、俺が身を挺してでも、マツリを守ってやるから。だから、安心してくれよ?」

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