第4話

――西暦2035年7月第3週 土曜日 午後11時半頃――


「やっと着いたわね。第25階層のボスNPCの部屋の前まで……。さすがに16階層以降まで来ると、1戦毎に隠し業を使って行かないと倒せないわね……」


「ふう……。さっすが高難易度ダンジョンだな。1戦毎に1回は全滅しているから、その度にその階層の入り口に戻されて、マツリが武器の耐久値を削れるのを覚悟で隠し業を使いまくってくれたもんな……」


 マツリはあまりにものボスNPCの強さに15階層以降、【魔女】の隠し業である【土くれの紅き竜クリエイト・レッド・ドラゴン】をボス1体毎に使ってきた。


 もちろん、マツリの【土くれの紅き竜クリエイト・レッド・ドラゴン】を出すタイミングが早すぎて、中途半端にボスNPCの生命を削ってしまい、ボスNPCの攻撃パターンが変わり、そいつから手痛い反撃を喰らい、全滅してしまったこともある。


 そのため、その充填時間が終わるまで、その階層のボスに再チャレンジできないというジレンマに陥る。16階層から20階層までは今日の午後1時半から挑み、3時間ほどでクリアはできていた。しかしながら今夜はいつもより早めの午後7時からダンジョン【忘れられた英雄の墓場】に挑んでいるのだが、如何せん、夜はたった4階層進むのに4時間以上もの時間を割かれてしまったのであった。


「だいたい、5万以上ものダメージを喰らっておいて、ボスNPCの体力バーが半分しか削れないなんて、それが異常なのよっ。この【忘れられた英雄の墓場】のボスNPCたちって、大昔に登場したボスよね? ちょっと、おかしくないかしら?」


「うーーーん。でも、ノブオン・シーズン5.0からのエンドコンテンツのボスNPCは最大体力が30万はあるんじゃないかと噂されているしなあ? それに比べたら、マツリの【土くれの紅き竜クリエイト・レッド・ドラゴン】で体力が半分削れてくれるだけマシだと思うけどな?」


 女性専用魔法使い職【魔女】の隠し業である【土くれの紅き竜クリエイト・レッド・ドラゴン】は、そのキャラがその隠し業を使用する際の最大属性値を基準に最大ダメージが決定される。マツリはまず、土属性値が大幅にアップする石の神舞ストン・ダンスを使用してから、続けて【土くれの紅き竜クリエイト・レッド・ドラゴン】を使用する。


 これにより、相手の状態によっては5万ダメージ以上を2ターンで叩きだすことが出来る。デンカの物理攻撃である【斧槍ハルバート:5連撃】を2ターン続けて、防御力低下状態ありのボスNPCに当たったとしても、せいぜい1万4千前後程度のダメージ程度しか期待できないので、上級職でしかない【魔女】の隠し業はノブレスオブリージュ・オンラインのシーズン4.3までのボスNPCでも十分は破壊力を持っていることはうかがい知れる。


「本当なら、今夜は0時前に終わらせて、明日の午前中には29階層まで一気に進めたかったのに……。午後11時半の現時点で25階層のボス部屋前じゃ、話にならないわ……」


「しょうがねえさ。マツリの従者:ヤツハシの能力と設定で、ここまでこれただけでも上等だよ。なんなら、明日の午前中は従者:ヤツハシのパワーアップを図って、さらに設定を煮詰めたほうが良いかもしれんと俺は思っているくらいだぞ?」


「そんなあ……。あたしとしては、ここまでヤツハシが頑張ってこれているから、この先、十分戦えると思うんだけど……」


 しかしながら、戦闘中、一番最初に戦闘不能になるのは、マツリの従者:ヤツハシであった。これまでの戦闘から、従者:ヤツハシの最大体力は5500であることがデンカにはわかっていた。そのため、ボスNPCのお供の1撃を喰らえば、従者:ヤツハシの体力バーは残り2~3ミリ程度まで削られてしまうのが現状だ。


 従者と言えども、しっかり装備品を作って与えておけば、ここまでのダメージは喰らわない。デンカの従者:ダイコンの職業は鍛冶屋であるため、一概に従者:ヤツハシとは比べてはいけないのだが、従者:ダイコンはボスNPC本体の攻撃にも十分耐えきっている。


 しかし、敵の弱体を主に担当する従者:ヤツハシがあっけなく戦闘不能に陥れば、その被害を一番被るのは従者:ダイコンであった。さらには、ノブレスオブリージュ・オンライン特有と言って良い、ボスNPCのやらしいパターンが、マツリたちに襲い掛かる。


 支援系キャラが戦闘不能になると、ボスNPCとそのお供は嬉々として、自分たちに攻撃力アップ、防御力アップ、ウエイト軽減などの魔法や特殊能力を連発しはじめるのだ。


 そうなれば、いくらデンカが手塩にかけた従者:ダイコンといえども、ボスNPCたちの攻撃に押し切られてしまい、あえなく戦闘不能となる。


「しかしだな。俺たちの大体の負けパターンと勝ちパターンがこれで視えてきただろ? どう考えても、マツリの従者:ヤツハシが勝敗を決してるんだよ」


 支援系職と盾職が失われれば、ノブレスオブリージュ・オンラインの戦闘においては負けも同然であった。物理系攻撃職プレイヤーの一部は、腕力のステータス値が高いことを良いことに、重装系の頑丈な防具を身に着けている場合もあるが、それを除けば、攻撃職と言えども、ノブレスオブリージュ・オンラインに登場する職の中では、防御力は低い方なのである。


「じゃあ、あたしの代わりに、従者:ヤツハシを強くしてよー。デンカは従者について、あたしが思っていた以上に、すっごく詳しいことは、ここまで来て、わかったことだし……」


 徒党パーティがボス戦で全滅するたびに、デンカが従者:ダイコンの設定をいじり、ひ弱な従者:ヤツハシをカバーするような動きに調整してきた。19階層に至っては、従者:ヤツハシを重点的に警護する設定にしてしまい、ボスNPCのお供の攻撃が、マツリとデンカに漏れまくったのだが、それでもやはり支援系職が戦闘不能にならないことは戦闘において、多大なる貢献をするが証明されたのであった。


「あー、出来るなら、ナリッサも呼んで、支援系職がどういうものかということを指導したい気分になってきたわ。あいつ、マツリの従者:ヤツハシと動きがどっこいどっこいだからな?」


 デンカの言いに思わず、マツリ(加賀・茉里かが・まつり)がぶふっと噴き出してしまう。


「ちょっと、笑わせないでよっ。いくら、あたしが支援系職として、ナリッサの動きを参考にしているからって、ナリッサにとばっちりを食らわせる必要性なんて、どこにもないじゃないのっ」


「マツリの従者:ヤツハシの動きを見てたら、マツリがナリッサを参考にしていることくらい、こっちだって感づくつーの。ダメだぞ? あいつは支援系職の商人のくせに、自分の金を出し惜しむ悪い癖があるんだからな?」


「だから、言い過ぎっ! やめて、お腹痛いからっ!」


 マツリ(加賀・茉里かが・まつり)の笑いのツボに入ったのか、マツリ(加賀・茉里かが・まつり)は声を出して笑わずにはいられなかった。デンカ(能登・武流のと・たける)もマツリにつられて、はははっと笑ってしまうのであった。


 彼女らがひとしきり笑った後、気を引き締めて、ボスNPC部屋の扉を開き、中に入っていく。


「さあ、デンカ。しめの25階層は、1発クリアを目指すわよっ! そして、明日は午前中からノブレスオブリージュ・オンラインにインして、あたしの従者:ヤツハシをパワーアップしてもらうからねっ!」


「はいはい、わかりましたよ。さって、ここ25階層のボスNPCは、地獄の番犬ケルベロスか……。こりゃ、俺は2ターン連続で全体回復魔法【水の全回帰オータ・オールリターン】かなあ?」


 地獄の番犬ケルベロス。頭は3つあり、それぞれの口からは地獄の炎、氷、そして癒しの風をまき散らすボスNPCである。ノブレスオブリージュ・オンライン・シーズン3.0に実装されたボスである。


 ボスNPCがプレイヤー側に回復魔法を使うという、非常にモノ珍しいボスであったために、当時、興味本心でこの地獄の番犬ケルベロスにチャレンジし、地獄の炎で焼き尽くされたプレイヤーが続出した。


そのシーズン3.0では強敵であった地獄の番犬ケルベロスにマツリとデンカ、そしてその従者たちは果敢に挑むのであった……。

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