第13話

 ハジュン=ド・レイが一度、ふうううと息を吐いたあと、姿勢を正し、続けて言葉を繋げる。


「まあ、そんな話は今は置いておきましょう。それで、マツリくん? デンカくんでは不満ですか?」


「べ、別にデンカ自体には不満は無いわよ? でも、さすがに【忘れられた英雄の墓場】を今週中にクリアしなければならない期限がある以上は、もっと頼れるヒトが良いかなあ? って思ってしまうのよね……」


 マツリの心配も当然といえば当然であった。説明では【忘れられた英雄の墓場】は全部で30階層あると言われたばかりだ。それを単純計算で今日から5階層ずつクリアしていくとなると、延べ6日間かかることになる。


 しかし、【忘れられた英雄の墓場】がクリア困難だと言われているのは、このダンジョンの仕様にあったからだ。


「確か、【忘れられた英雄の墓場】は5階層ごとに帰還ゾーンが設置されていて、再開するには、その5階層ごとの帰還ゾーン辺りから復帰することになったはずよね? 例えば、一気に7階層まで1日でクリアしたとしても、次の日は5階層のボスNPCを越えた先、要は6階層の初めからになるはずよね?」


「ああ、確か、そんな仕様だったな。けっこう昔に挑んだダンジョンだから、細かいことは忘れているけど、さらに面倒なことに、2人のプレイヤーで一番進捗が進んでないほうに合わせされるってことだな……」


 デンカの言いは即ち、例えばマツリが20階層まで進んでいたとしても、その相方が10階層までクリアなら、その相方と組んだ場合は11階層からスタートとなってしまう。


 これは言わば、約1週間しかない期間から考えれば、途中でマツリは相方を変えることは出来ないのと同義であった。自分とダンジョンの進捗状況が同じモノが都合良く現れることなど期待できないのである。


 マツリ(加賀・茉里かが・まつり)は、はあああとひとつため息をつく。


「わかったわ。デンカがあたしの相方になることを渋々だけど、認めるわ。デンカ? あたしの足を引っ張るようなことはやめてね? 今週1週間は残業禁止よ? わかってるわよね?」


「うっ……。確か、次の納期って、いつだったっけ……。お盆進行があるから、ちゃんと確認しないといけないな」


 デンカ(能登・武流のと・たける)はスポーツサングラス式のVR機器を頭から外し、仕事のスケジュール帳を手に持ち、その中身を調べる。


「ああ、納期はちょうどお盆前だな……。今週1週間は残業に苦しむってことはないだろうな……」


 デンカ(能登・武流のと・たける)は技術職に就いており、たいそうな役職付きでは無いモノの、自分の開発グループのサブリーダー的存在なため、納期近くになると、リーダーに付き合わされて、残業の日々となる。


 同じ徒党パーティのマツリとしては、さっさと転職して、あたしのプレイ時間に合わせろと言い出す始末であるが、いくら日本が不景気を脱し、上昇傾向になりつつある現在だといっても、35歳に達した自分には再就職先が簡単に見つかるわけがないだろうと口をすっぱくして言っているのだが、マツリ本人は聞く耳持たずであったりする。


「じゃあ、早速、今夜から【忘れられた英雄の墓場】にチャレンジよ! って、そもそも『修羅属性』って何? そんなに強いスキルなの?」


 マツリがそう言った瞬間、ハジュン、カッツエ、デンカは、所作『ずっこける』をするのであった。


「まてまて。肝心の『修羅属性』のことを知らずに、【忘れられた英雄の墓場】に挑もうっていう腹積もりだったのかよ……」


「そんなこと言われたって、こっちのほうが困るわよ。あたしは『天使の御業』の存在すら知らなかったのよ? そういうあなたこそ、『修羅属性』のことについて知っているの?」


 マツリの言いにデンカたちはそれもそうかと思ってしまう。というわけで、3人はマツリに『修羅属性』について、自分たちが知っている限りの情報を与えることとなる。


「なるほど。攻撃なら、何にでも一定のダメージボーナスが敵に与えられるわけね……。でも、さすがに攻撃用アイテムには、そのダメージボーナスは乗らないわけね?」


「はい、そうですね。マツリくんの理解で大体あっていると思います。先生もスキルの説明文を読んだだけなので、どれほどのダメージボーナスがあるかまでは知りませんが……」


「ガハハッ! 【忘れられた英雄の墓場】を全30階層をクリアすると、10種類ほどのスキル群から1つだけを選べるわけでもうすが、我輩たちもそのスキル群の説明文をざっと読んだだけでもうすからな? 我輩たちが手に入れた『天使の御業』も実際に使ってみるまで、その本当の効果のすごさは実感できなかったのでもうす」


 ハジュンとカッツエの言う通り、ノブレスオブリージュ・オンラインのスキルに関しての説明文は簡潔すぎるのであった。


 例えば、刺突系武器の上級スキルである【スピア】の説明文は『命中率の高い強力な突き攻撃』であり、さらに最上級スキルの【ヘビー・ランス】にいたっては『命中率の高い非常に強力な突き攻撃』である。実際にそのスキルを使ってみないと、どれほどのダメージを敵に与えるかわからないのだ。


 しかし、それは運営側が実際にそのスキルを使って、効果のほどを試してもらってほしいとの配慮からでもあり、プレイヤー側からは大きく不満は出ていないのが現状であった。


「なるほどね。ノブレスオブリージュ・オンラインらしいといえば、らしいとしか言わざるをえないわね。あたし、この仕様は嫌いじゃないわよ? むしろ、好きだわ。だって、逐一、細かくダメージ量を運営側から、あらかじめ教えてもらってたら、楽しみが減っちゃうもの」


「ははっ。マツリらしくて良い回答だな。俺もこの仕様は好きだぜ? やっぱり、実際に敵をぶん殴ってみて、そのダメージ値を見た方が、圧倒的に楽しいもんな?」


 マツリとデンカは純粋にゲームを楽しむ部類のニンゲンであった。そう言ったプレイヤーにとって、細かい説明など不要なのである。自分の想像を膨らませていくタイプなのだ、彼らは。そして、実地で試し、一喜一憂していくのだ。


 ノブレスオブリージュ・オンラインのプレイヤーたちがスキルの簡潔な説明文から実際に使ってみての感想を書き込むサイトは確かに存在する。しかし、そういったいわゆる攻略サイトと呼ばれるシロモノは、そこに書き込んだニンゲンの主観にまみれた解説が書き込まれていることになる。


 あのスキルは使えないとか、このスキルを使うべきだと言った書き込みは多数、見ることは出来る。だが、それはやはりそのニンゲンの主観であり、その書き込みをおこなった本人が強いと思っている技能は他のプレイヤーにとっては、まったく使い物にならなかったりもする。


 それゆえ、デンカはなるべくなら、マツリにそういった攻略サイトは極力見ないほうが良いと教えている。それよりも、個人が運営しているブログサイトを見た方が遥かに有益な情報が手に入ると。


 まあ、それでもマツリ本人はブログを含め、そういった類のサイトは極力、視ないようにしているのであるだが……。やはり、自分で体験した方がよっぽど楽しいからだ。だから、マツリ(加賀・茉里かが・まつり)はデンカにすらネタバラシを禁止しているのである。


 デンカ(能登・武流のと・たける)もマツリのそんな性格を知っているため、マツリが初見のボスNPCについては、最初は何も言わないのであった。マツリ自身に攻略方法を考えさせて、ボス撃破の達成感を味わってもらう方法を取っていた。今までは……。


「マツリ。マツリの信条を鑑みれば、なるべくボスNPCの攻略に関しては、俺は口出ししてこなかったけれど、今回は期限がかなり厳しいぞ? 俺が逐一、何か言っても良いか?」


「ええ。今回ばかりは仕方ないわね。【忘れられた英雄の墓場】には、過去に出てきたボスNPCが勢ぞろいしているんでしょ? それも、あたしが戦ったことも無いようなボスNPCが」


 マツリは、デンカに戦闘の練習とドロップ品の回収だということで、過去、ノブレスオブリージュ・オンラインに登場してきたボスNPC狩りに付き合ってきた。しかし、やはり10年も続いているようなゲームであるため、まだまだ、マツリが戦ってきていないボスNPCも存在している。


 この時、マツリは団長から【ウエディングドレス・金箱】を【結婚してでも奪い取る】という主目的だけでなく、まだ出会ったこともないボスNPCと戦えることに対しても、心が浮き立つ思いであったのだった。

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