第12話

 デンカがマツリとトッシェにまず『天使の御業』について解説を始める。


「ノブオンプレイヤーでもごく一部のプレイヤーが身に着けているチートクラスのスキルっていうのが『天使の御業』ってことになるんだ。これは各職が覚える【隠し業】とはまた別枠で覚えることができるんだ」


 デンカの解説によれば、その『天使の御業』は高難易度ダンジョン【忘れられた英雄の墓場】の全30階層クリア特典だそうだ。しかしながら、そのダンジョンをクリアできたのは、数多く居るノブレスオブリージュ・オンラインのプレイヤーでは、たった4人だけであるとのことだ。


 その内の2人が、ハジュン=ド・レイとカッツエ=マルベールであったことにマツリは驚かずはいられなかった。


「なるほどね……。団長とカッツエさんが実際にクリアしているからこそ、あたしでもギリギリクリアできるかどうか微妙な難易度なわけね? その【忘れられた英雄の墓場】は」


「はい、そうですね。ちなみに先生とカッツエくんは、このゲームの最上級職である聖騎士パラディン狂戦士ベルセルクに成り立ての時に、クリアしました。その時はマツリくんとはキャラのレベルが5しか変わりませんでしたよ? それと、ちょうど、先生たち2人には【従者NPC】の設定に詳しい2人組に、その設定を教えていただきましたので……。ちなみにクリアしたもう2人は、その2人組なのですよ」


 へーーー、あの【従者NPC】の複雑な設定を他人に教えられるほどの技術を修得しているヒトが居るなんて。あたしはとてもじゃないけど、あの難解さを理解するには至らなかったわね、とマツリは思うのであった。


 噂では【従者NPC】の設定を極めれば、上級職プレイヤーと同等、もしくはそれ以上の鋭い動きをすることはマツリも知っていた。


 現にマツリに【従者NPC】の設定を教えてくれたデンカの【従者NPC】の動きは下手な中級職プレイヤーよりも動きは断然に良い。


 だが、【従者NPC】の問題点は選べる職業が中級職までであることだ。現行プレイヤーは最上級職を修得可能であるが、従者NPCは中級職にまでしか上がれない。だから、いくら動きが上級職プレイヤーと同等かそれ以上と言っても、使えるスキル自体に限界があり、敵に与えられるダメージ、回復スキルの回復量がプレイヤーと歴然な差が生じるのである。


 それゆえ、【従者NPC】はステータス値は上級職プレイヤーと同じだけはあるものの、結局、NPC狩り専門のソロプレイヤーくらいにしか利用されていないのが現状なのである。


 従って、ダンジョン【忘れられた英雄の墓場】はプレイヤー自体が強くても、【従者NPC】が足を引っ張ることになり、全30階層をクリアできるプレイヤーがノブレスオブリージュ・オンラインがシーズン5.1になった現在でもたった4名であるという説明をマツリとトッシェはデンカから受けたのであった。


「なるほどね……。団長は、あたしに無理難題を押し付けるのが目的じゃなくて、傭兵として一皮剥けることを期待しての、課題なのね?」


「はい。マツリくんにそう理解してもらえて、先生としては嬉しい限りです。せっかく先生と【結婚】するのであれば、先生と並び立つだけのプレイヤースキルを身に着けてほしいというわけですよ」


「ガハハッ! 【従者NPC】の設定を上手く出来るということは、すなわち、プレイヤー側も、ノブオンを深く知っていなければダメだということに繋がるわけなのでもうす。というわけで、マツリ殿、デンカ殿。【忘れられた英雄の墓場】を今週中にクリアしてきてほしいのでもうす!」


 カッツエの【今週中】という言葉に、マツリ(加賀・茉里かが・まつり)は、はぁっ!? と声を出さずにはいられなかった。


「ちょ、ちょっと、待ってください! 今週中ってことは、来週水曜日の朝のメンテ前ってことですよね!?」


「ガハハッ! そうでもうすよ? まあ、平日の朝まではプレイできるわけがないゆえに、実質は火曜の夜、就寝前まででもうすな?」


 カッツエさんは意地悪すぎるわねっ! とマツリは思わざるをえないのであった。確かに、今週は【ヴァルハラの武闘会】が執り行われて、合戦はおこなわれていないために、ノブレスオブリージュ・オンラインのプレイヤーたちの半数は暇である。


 しかし、【ヴァルハラの武闘会】の週が終われば、また3~4週間ほど、ノブレスオブリージュ・オンラインのプレイヤーたちは合戦漬けの毎日に戻る。それゆえ、今週中と期限を切ってきたカッツエの言わんとしていることもマツリには一応、理解出来るのだ。


 それでもだ。いくらデンカがある程度は師事してくれるからと言って、【NPC従者】の設定の複雑さを理解するにはマツリにとって時間が足りなすぎる。


「って、ちょっと待ってよ! なんで、あたしのお供にデンカがくっついてくることが決定事項なのよ! もっと、【従者NPC】について詳しいヒトをあたしのお供にしてよっ!」


「お供って……。まるで俺自身がマツリの従者みたいに聞こえるじゃねえか……」


「仕方ないッス。デンカさんはヒトが良いから、団長を始めとして、皆から扱いやすおっと、頼り甲斐があるッスもん。俺っちは今週は、ナリッサと他2名を誘って、ボスNPCのドロップ品でも拾いに行くッスかね。先週の合戦で傷んだ装備品の改修代でも稼いでくるッス」


 マツリ(加賀・茉里かが・まつり)としては、【従者NPC】の設定が甘いトッシェを戦力として期待していたわけではないが、何かが納得は行かないのである。自分だって、先週の合戦で装備は痛んでいる。しかし、どうせなら装備品自体のほとんどを新調し、さらには【ウエディングドレス・金箱】で装備品の見た目を変更したかったのが、今に繋がる話の流れだった。


「そんなこと言われましてもねえ? デンカくん以外に【従者NPC】に詳しいヒトとなると、基本、ソロプレイヤーになりますし……。彼らはこんなことを言っちゃいけませんけど、彼らの半数は好き好んでソロプレイをしているわけですから、コミュニケーションにそもそも難があるんですよねえ」


「ガハハッ。本当に悪く言うつもりはないでもうすけど、なんでMMO(大規模オンライン)・RPGをソロで遊ぶのでもうすかなあ? ヒトとヒトと繋がり合うのが楽しいからこそのMMO・RPGのはずでもうすのに」


「合戦ならわかるんですよね。あれはソロでも他の皆との連帯感が味わえますから。でも、NPC狩りの場合は別な話になりますし……。VR対応ゲームだっていうのに、VR機器を使わずに、一人で4アカウントプレイまでする実質ソロプレイヤーもいますけどね?」


 VR機器は決して安い買い物ではない。マツリが使用しているオープンジェット型・ヘルメット式VR機器は平均4万円前後であり、デンカが使用しているスポーツサングラス式だと、2万5千円前後である。


 そのため、ノブレスオブリージュ・オンラインはVR対応ではあるが、パソコンディスプレイにもゲーム画面が表示される仕様であり、それゆえ、わざとVR機器を使わずに、パソコン・ディスプレイにゲーム画面をウインドウサイズで4つ表示して、自分だけで4キャラ揃えて、徒党パーティを作り、実質ソロプレイを出来たりもする。


 運営としても、そのプレイ方法を別に禁止しているわけでもなく、月額課金ゆえに、ひとりのプレイヤーが4アカウント分、課金してもらえれば、運営としても喜ばしいことなので、正規の仕様として、ひとつのクライアントソフトで4ウインドウが同時に立ち上がるようにしてあったりする。


「ガハハッ。まあ、ヒトのプレイスタイルにいちいち文句を言うつもりはないでもうす。そのひとり4アカウントのプレイヤーに合戦ではおおいに助けられているのでもうす。もちろん、1キャラプレイのソロプレイヤーたちにも助けられているのでもうす。要は戦力として役に立つなら、誰も文句は言わないところが、合戦の良いところでもうすな!」


「まったく、ノブオンの合戦はよくよく出来ているものですよ。もっと、多くのNPC狩り専門のノブオンプレイヤーたちも合戦に参加してくれれば、言うことなしですけどね?」

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