Episode04 とにかく光るよ!

 佳奈達の戦いと時を同じくして、濫とアリオはアウトレットモールへ来ていた。


「おお~すごいいっぱいあるよ。アリオ、早く次の店に行こう! 早く!」

「……濫ちょっと落ち着いて」


 一見反対のように見える二人ではあるがお互いに居心地が良いのだろうか。物静かなアリオからすると何でも話すことのできる存在として、濫は普段どちらかと言うと大きな声を上げることはなく、アリオといる時には特に姿を見せているのだ。


 ――ピピピ


「……反応消失。どうやら向こうでの戦闘が終わったみたい」

「おぉ、カナさん達さすがだなあ」


 二人は買い物をある程度済ませてフードコートへ来ている。これからのシーズン用にと冬物の洋服や小物類などを購入したようだ。


「アリオって黒っぽい服しか着ないの?」

「……だって私服にこだわりがないもの。これで十分」

「あぁ、コスプレか。そっちはすごい気合い入ってるよね」

「なんなら濫もどう? 私のお勧めは今深夜枠で放映中のアニメなんだけど――」


 まずい。この話になるとアリオは水を得た魚のごとく饒舌になる。濫は嫌な予感がすると立ち上がった。


「ああ~わたし喉渇いちゃったなー、ジュース買って来るねー、アリオはコーラでいいよねー!」


 ――キンキュウ、キンキュウ、シュツドウ、シュツドウ

 唐突な反応。一人残されたアリオが確認した魔力の発生源はこのモール内である。


「……おしるこがよかった。じゃなくて濫が危ない」



 アリオが現場へ急行した時にはすでにフィールドが張られている。これは濫によるものであろうと彼女は悟った。ただし一般人たる彼女にはそれを感知することはできない。それでも周りの人がいなくなっていたということもあり、何となくアニメで見たはずの知識が働いたのである。


「濫、どこ?」


 ――カシャカシャカシャ

 それはアリオにとって聞き覚えのある音である。


 ――カシャカシャカシャ

 その音とともに光っている場所が見える。あそこで何かが起こっているに違いないだろう。


「もう、やめてください!」


 そこからは濫の声が聞こえた。アリオは気づかれないようにすっと物影から様子を伺うと、四角い箱のような生物が濫に向けて眩しい光を発していた。濫はというとスカートを押さえて恥ずかしがっている。

 なんだこれ。呆気に取られたアリオからは「特にピンチでもなさそうだし、なんとなく今出て行きたくない感」が滲み出ていた。


「アリオ助けて! アリオ!」


 悲痛な叫びにアリオは激怒した。親友を軽々と見捨てようとした自分に腹を立てた。ついでに普段使いの生地の値上がりにも腹を立てた。

 しかし呼ばれたのならば助けぬ道理はない。そしてここは格好良く登場するのがヒーローというもの。

 手馴れたように魔法少女コスチュームに袖を通す。ウィッグ、メイク、カラコンは万全。準備には手を抜かず怠ることはない。それはプロの仕事とも言えよう。

 悠長に濫の悲鳴を聞きながら。


「待たせたわね!」


 ド派手な登場からビシッ。脳内でのシミュレーションは完璧。

 だが現実はそう甘くはなかった。

 ド派手なコケッからズサー。あらゆる意味で痛々しいものとなった。


「ま、またせたわね……」

「あ、うん。待ってたよ……」


 アリオは立ち上がると敵であろう四角を見遣る。

 それはどう見ても四角い。紛うことなきスクエアである。


「そこの箱! 貴方は何者?」

『箱ぉ? 箱じゃないですけどぉ!』

「箱だと思うんだけど。じゃあ何?」

『良くぞ聞いてくれましたぁ!』


 カシャカシャと不気味に音を立てながら、口上をあげるつもりらしいその箱である。


『オレの名前は使い捨てカメラの化身、カメオ! ふふっ、驚いて身動きも取れないだろぉ? カシャ!』

「私は人呼んで魔法少女伊藤! くくっ、もしやこの姿に惚れましたね? ビシッ!」


 ようやく今日イチのやつが決まった。恍惚なる表情を浮かべるアリオは今日も絶好調フルスロットルである。


「ちょっと、何張り合ってるの!?」


 突っ込みもほどほどに濫はスマホで何かを調べている。


「なるほど。使い捨てるカメラなんてあるんだなぁ」

「知らない。それで、その化身がなぜここにいるの?」

『ちゃんとググってくれるなんて嬉しいよぉ! ただね……』

「ただ?」


 カメオはスタイリッシュにジャンピング土下座を決めた。だがその目のような部分は光っている。


『二人を撮らせて欲しいんだぁ! お願いだよぉ!』

「え、でもさっきわたしのこと撮ってましたよね? あれじゃダメなんですか?」

『ほんのちょっとわずかにパッションが足りないんだぁ! よって、頼んますぅ!』


 スススと背後に引いていく濫に対して、カメオの目の前に立ったのはアリオであった。

 おもむろに両手を腰元に当てると真っ直ぐ箱を見つめている。


「ふふ、ここは私に任せてもらおう」

「アリオ!?」

『ほう、撮ってもいいのかねぇ!?』

「やるなら私をやりなさい。ただし、後ろの子には手を出さないと約束して!」

『マジスカート神! わかった約束は必ず果たそう! うん、よく見ると君もなかなかだなぁ!』


 濫は距離を取ると、潤んだ瞳で心配そうにアリオとカメオの様子を見ている。

 まさかアリオはわたしの身代わりになって……。わたしはどうすればいいの? 誰か見ているのなら助けて――

 だがこの魔法少女、まるでヒロインのようではあるが男である。


 そしてカメオは構え出しフラッシュが炊かれる音がする。

 その様子に濫は愕然とした。このカメオ、まさかのローアングラーである。

 ニヤリと両目が妖しく光った時には遅かった。


「アリオ! 逃げて!」


 思わず駆け出す濫。そして――


 ――パシャパシャパシャパシャパシャ

 ――――ポーズポーズポーズポーズポーズ


 あ、何かこの親友。めちゃくちゃ楽しそうだ。

 濫は再び愕然としていた。

 ふと視線に気づいたアリオは大海原のような穏やかな目で語る。

 "スカート撮影時のスパッツは、基本中の基本"


「いや、そんなドヤ顔されても……」


 そこには濫には踏み込みようがない世界が広がっていたのだ。

 そして撮り終えた様子のカメオは動きを停止する。

 濫の視線を感じてカメオは宇宙の真理を得たかのような目で語る。

 "スパッツも、ええなぁ、スパッツも"


「ああっ、そのまま昇天していく!? わたし達何もしてないのに!?」


 カメオは七色の光となった。安らぎのみを湛えたそれは天高くへと舞い上がる。

 彼はこの世での生を全うしたのである。

 静まり返ったモールには何とも言えない空気が流れている。


「ふう、勝った」

「アリオはただポーズ取ってただけじゃないの?」

「そうとも言う。でも勝ちは勝ち」


 誇らしげなアリオの表情を見ていると、そんなことはどうでもいいかと可笑しくなり、濫はただ微笑み返すのであった。

 彼女のこういった飾らないところに惹かれたのかもしれないと濫は感じていた。


「それでどうなの? 濫もやってみない?」

「コスプレ? 一応興味はあるけどね……。どんなものかなってくらいだけど」

「それなら話は早い。行こう」

「ど、どこへ? というか今から!? ちょっと話聞いて!」


 こうしてアウトレットモール近辺の二つの反応は消失を迎えた。

 だが次から次へと現れる脅威。少女達の戦いは続いていく。

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期待していた魔法少女と違うんですけど、他の方になりませんか? 夕凪 春 @luckyyu

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