エピローグ

22

「こーへー、早く早く」

 車椅子に乗った凛音が俺を急かす。

 魔女が滅びてから一ヶ月、凛音は順調に回復し俺達は平和に学校生活を送っていた。

 車椅子を押して廊下を歩く俺に、ときどき「先生さようならー」なんてクラスの女子が挨拶してくれるくらい平和だ。

 静佳を騙して夢幻の鍵を奪った俺がどうして素知らぬ顔で教師を続けているかというと、静佳は俺が盗賊だということを学校に報告しなかったらしい。

 あの夜、地下迷宮に正体不明の盗賊が現れ夢幻の鍵を奪った。俺はその盗賊を深追いした結果、賊に連れ去られ数日間行方不明になった。そんなシナリオが学校への報告書に記載された。

 静佳曰く、先生は私の手で捕まえてボコボコにしたかったんです。ということらしい。

 新生徒会長としての意地もあり、学校の力を借りず自力で俺を追う気だったようだ。

 大分恨まれてるよな俺。

 そしてこの日の放課後、俺と凛音は静佳の呼び出しを受け生徒会室へ赴くところだった。

 一体どんな用件なのだろうか? 俺にはわからないが凛音には予想がついてるらしい。

「ていうか凛音、お前そろそろ車椅子に乗らなくても歩けるだろ」

 凛音のリハビリは順調に進んでると聞く。こうして俺が車椅子を押す必要ももうなくなる筈だ。

 だが凛音は不服そうに口を尖らせた。

「やーだ。こーへーに押して欲しい。それから毎日こーへーの作ったご飯食べたいし、お風呂上がりにはドライヤーして欲しいし、こーへーはもっと私に優しくするべき!」

 我儘全開だった。全く、これじゃ実家にいた頃みたいだ。

 相変わらず我儘で甘えん坊なお姫様。でもそんな凛音と過ごす日々が懐かしくて、このままでいいかななんて思う。やっぱ俺ダメなお兄ちゃんだな。

 そんな会話をしている内に生徒会室につく。

 扉を開き中に入ると、四角く配置された会議机に紗雪と星観が着席していた。

「遅いですよ、相馬先生」

 教卓の前に立った静佳がそう言って俺にジト目を向ける。そこに凛音が口を挟んだ。

「なに静佳? 私とこーへーがノンビリデートしながらここに来たことに文句あるの? 放課後の時間をどう使おうが私の自由でしょ。それで誰かに迷惑かけてる? アンタラの時間が削れるだけでしょ」

 いや、それ静佳達に迷惑かけてるし、完全に逆ギレなんじゃ。

 凛音の理不尽ないちゃもんに静佳が鼻白む。

「くっ、凛音」

 そこに紗雪と星観が助け船を出した。

「まあ凛音さんが理不尽なのはいつものことですし」

「うんうん、静佳ちゃんも凛音に逆らうことの無意味さにそろそろ気付こう」

 なんか、ごめん。うちの妹が常日頃から迷惑かけてるみたいで。

 俺は凛音の車椅子を押し会議机に着かせる。

「で、今日は何の会議なんだ?」

 その質問に静佳は胸を張って答えた。

「そろそろ新生徒会を始動しようと思いまして」

 新生徒会か。そこで一つの疑問が浮かぶ。

 生徒会長は選挙で静佳に決まった訳だが他の役員はどうやって決めるんだ?

 そう訊ねると星観が答えてくれた。

「生徒会役員は生徒会長が指名できるんです」

 ほうほう、つまり。

 そこで静佳が声を張り上げた。

「ということで今から私の選んだ最強の新生徒会メンバーを発表します」

 会議机に集まったメンバーを見渡しながら彼女は口を開く。

「副会長、姫宮星観」

「謹んでお受けします」

 ニコリと微笑みながら星観は返事をする。

「書記、冬野紗雪」

「あっ、はい!」

 紗雪は元気よく挙手とともに返事した。

「会計、涼風凛音」

「おっけー、生徒会は私が牛耳る」

 不穏なことを呟く凛音。

 しかしそうか、静佳はこのメンバーを生徒会役員に選んだんだな。

 聖霊術師としての腕も申し分ないし、気心の知れたメンバーだ。問題なんて起こらないだろう。

「そして最後に」

 と思ったら静佳の言葉はまだ続いていた。彼女は俺を見つめ、ゆっくりと息を吐き出す。

「生徒会顧問教師、相馬幸平先生。引き受けてくれますよね?」

 ニッと意地悪く笑って彼女はそう訊ねてくる。

 しかし首を縦に振るわけにはいかなかった。

「あのな静佳、俺は元々凛音を捜す為に書類偽造とか色々してこの学校に入り込んだインチキ教師なの。教員免許なんて持ってないし、凛音が回復したら姿を眩ますつもりなのよ」

 そう言って辞退しようとするも、静佳はカツカツとこちらに歩いてきて俺の腕を掴んだ。

「先生、ガーディアンの仕事は何だと思います?」

 悪戯っ子の笑みでそんなことを訊いてくる。

「えーっと、盗賊を捕まえること?」

「正解です」

 静佳の言葉に続いて紗雪もこちらへ歩み寄り、俺の腕を引っ張る。

「つまりですねー。せんせーはもう私達に捕まっちゃったわけですよ」

 いつの間にか星観まで俺のそばに来てもう片方の腕を握ってきた。

「そういうことです。観念してくださいね、先生」

 語尾に音符マークでも付きそうなくらい上機嫌にそう告げる金髪お嬢様。

 俺が困惑してるところに、凛音の忍び笑いが響いた。

「ククク、こーへーモテモテじゃーん。やったね。女子高の教師になってモテ期到来とか勝ち組けってーい!」

 おい、凛音。助けてくれ。いや、言っても無駄か。あの甘えん坊の凛音が俺が学校を去るなんて話を認めるわけがない。

 両手に花と呼んでいいのか迷う状況で、俺は改めて少女達の顔を見渡す。

 静佳、紗雪、星観、三人は嬉しそうに楽しそうに笑いながら声を重ねた。

「逃がしませんよ。先生」

 俺がこの学校を去るのはどうやらこいつらの卒業を見送るまでお預けのようだ。

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インチキ教師が教える聖霊術講義 黒足袋 @kurotabi

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