第6話『スカート』

「いいところに来たね、一年の」


 俺が部室に入った瞬間に先に部室にいた紫髪の女生徒が声を掛けてきた。


 紫の長髪を掻き上げてうっとりと中空を見上げたその人には俺は見覚えがない。校内探してもきっと紫の髪の女生徒はいないだろう。


 つまり


「あぁ、樋口先輩ですか。どうしたんですか?」


 そういうことだろう。


「なるほど。一目で見破るとは、君もこの部活に慣れてきたようだね」


「嫌な慣れですね」


「必然の事さ。そもそもこの部活は一種の特異点と言っても過言ではないほどに、面白い人がいる。かくいう私も、ね」


「自分で言うんですか……」


「これが私の確立されてしまった自己だからね、私一人認めさせられないようではどうしようもないよ」


「で、何の用ですか?」


「……用がなければ話しかけてはいけないのかい?」


「そんなことはないですけど、さっき先輩『いいところに来た』って言ったじゃないですか。つまり、何かあったと思うんですけど」


「ふふ」


 樋口先輩が、緩い動きで前髪を掻き上げた。今回はそういうキャラなのかと俺は疑ったが、若干目元に掛かっているのに気付いた。


「ヒラヒラしていて邪魔くさいだろう?」


「……? 邪魔そうですね。前髪」


「あぁ、違う違う。確かに前髪は長いがこれくらいなら適当に纏めておけば問題無用。何とも簡単な話なのだが……本題はだ」


「!?」


 そう言って樋口先輩がつまみ上げたのはスカートの裾。あわや驚き目を覆ったが、その下から覗いたのは体育着の半ズボン。


 いやビックリしたが。罠か。


「ふふふ、スカートの下に下着しか履かないなんて愚かな行為は私はしないのさ。需要がない」


「……」


「驚いたかい? 外見だけは女性、それも美人だからね。君の反応は素直で分かりやすい。ネタになる」


「ネタにしないでください」


 そういえばこの先輩が小説を書いているとかなんとか言っていたのを思い出した。


「このヒラヒラのどこがいいのやら。まあ、この危うさに秘された劣情を誘うようなデザインが男受け良いのは認めはする。しかし、何あれこれでは転ばずとも中身が見えてしまいかねない。制服に似つかわしくないと思わないか、君も」


「えぇ……」


 正直、どっちでもいいのでは。樋口先輩も一応男だし、普通に男用の制服を着ればいいと思うんだけど。


「甘い!! 今日は胸が薄く、これで男子制服を来てしまえば単なる男装女子!! しかも男装に全く気付かれないのでは全く意味がないではないか!!」


「えっ!? まだ俺なにも言ってなくないですが!?」


「顔に書いてあるのさ」


 俺は慌てて顔を触ったが分かるわけもなく、スマホの内カメラで確認してみた。


「文字があるわけないだろう?」


「……分かってましたよ」


「そう言っていても君の反応は見れば分かる。やはり良い、ふざけ甲斐があるね」


 あーははー、乾いた笑いしか出ない。


「さて本題に戻ろう。これはスカート?」


 スカートの裾をつまみ上げて樋口先輩が問う。


「スカートですね」


「こんにちはー、あれ、この人は?」


 櫻井さんが来た。


「スカートだが、これは?」


 櫻井さんの背後に忍び寄った樋口先輩が彼女の短めのスカートを後ろから捲り上げた。


「スカートですね」


「そう、スカートだ。おぉ、白か──」


 次の瞬間、櫻井さんの悲鳴と同時に樋口先輩が脳天から床に刺さった。スカートの中身? 見えてないよ。


「っと……!? 大丈夫ですか!?」


「──大丈夫さ」


 ずぼっと頭を床から引き抜き、樋口先輩は首をさする。


「けれど近年は暴力系ヒロインは人気が出ないから気をつけなよ?」


「……スカート捲った張本人に言われたくないです」


 顔を赤らめてスカートを抑える櫻井さんを見て、樋口先輩の一言。


「それはそれとしてやはりスカートは良いものだね」


「意見翻ってるじゃないですか樋口先輩……」


「え、樋口先輩って……!?」


「あ、やば」


 呟きを残して樋口先輩が櫻井さんに背を向けて全力で逃げ出した。

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ここは現代日本の普通の高校の普通の部活動ですよ? リョウゴ @Tiarith

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