僕ら衝動に駆られ書くのさっ!

naka-motoo

僕ら衝動に駆られ書くのさっ!

朝目が覚めると僕はガッタの部屋に行く。

彼の部屋にある荷物は一台のスタンドピアノだけ。

その部屋で彼は一日ピアノを弾いて暮らす。


「シナジー、今日は何がいい?」

「じゃあ、ラ・カンパネラを」

「いいよ」


言うなりウォーミングアップもなしにガッタは鍵盤の上で指を高速移動させた。

僕は彼のエネルギーがピアノに集中されるので他の事に余力を使う術もなく、だから職を得ずにこうして鍵盤にかざした指先に全精力を費やして生きて行けるんだろう、と感じる。


「美しかったよ」


パチ・パチ・パチ、とたった一人のオーディエンスからの拍手を受けながら、ガッタはピアノの蓋を閉じる。

ピアノを褒められると彼は座ったままで背筋をピン、と伸ばし、腰を丁寧に折り曲げて返礼する。僕はお決まりの質問を投げかける。


「ガッタ、生活保護継続できそう?」

「今度はさすがに無理そう」

「働くの?」

「僕はピアニストだから」


いつもここで会話は途切れる。


ガッタの部屋を後にし、今度はポエットの部屋へ。

一応女子の部屋を男子の僕が訪れるのはそれなりに抵抗はある。

けれども抵抗があるのは僕の方だけで、ポエットはなんの頓着もないようだ。


「ポエット、おはよう。今日の詩は?」

「これよ」


・・・


神田のバー

小ぶりのグラスに大きな氷

朝の訪れを嫌うあまり

氷を永遠にくるくると円周に沿って回し続ける。


そのうち溶けて味も変わる


わたしも、変わる


・・・


目の前のポエットからLINEで送られた詩を詠む。

それならわざわざ部屋まで来ることないじゃないかって言われるかもしれないけれども、ポエットの顔を一日の初まりに見るってことがとても大事なんだ。


「ご飯、食べなよ」


朝食もご馳走になれるし。


ポエットは料理も上手い。

毎朝炊いてる白米に具だくさんの味噌汁。

冷めてても美味しい作り置きの惣菜。


「ねえ、ポエット」

「なに」

「結婚しようか」

「シナジーが稼げるようになったらね」


これも毎朝恒例のご挨拶。


「じゃ、あとお願いね」


ポエットはこれでもキャリアウーマンだ。キャリアウーマンが詩人なんてなんだか興醒めっぽい気がするけれども、詩人、という属性は最高だ。


僕の「小説家」っていう属性も。


ポエットが会社に出かけたあと、食器洗い、掃除、洗濯、を一通りやって鍵をかけて部屋を出る。


詩の代金だ。


あ、あと朝飯代も。


そのまま大手町まで僕は自転車を飛ばす。


「これ、チーフに渡してください」


商社系飲料会社のエントランスで、ポエットの部下の小暮にいつもどおり鍵をわたす。そして彼もいつもどおりニヤニヤといやらしい笑いを僕に向ける。


「いーよねー。チーフに食わしてもらってんの?(このヒモ・ニートが)」

「朝ごはんだけですよー(ほざけ、上っ面リーマンが)」


さあ、これからが僕の本業だ。

自転車で今度は一気に池袋まで飛ばす。

なんのことはない、丸ノ内線を地上でなぞらえるような軌道で突っ切ればそう時間はかからない。


池袋に着いて、サンシャインシティのカフェに陣取る。

スマホを客席の電源にコネクトする。


ワイヤレスキーボードをテーブルに置き、ペンケースをスマホスタンドがわりにして、一心不乱にタイピングする。


僕は小説家だ。


誰がなんと言おうとこの事実は変わらない。


そりゃあ、拘束時間はコンビニでのバイトの方が長い。


小説が本になるわけでもない。


だけれども僕の紡ぐこの文字の羅列は、僕自身の肖像権も同様だ。


・・・


ぶっ通しで書き続け、サイトへの投稿ボタンを押してから夕日がさす中を自転車でバイト先に向かう。


僕は小説を書くとき、ガッタが鍵盤を叩きつけるように弾くメロディーを脳内で再生する。


ポエットの詩をキーボードでなぞり打ちしたあとそれをデリートし、自分の言葉を吐き出す。


僕ら3人は、世間的には生活保護受給者、キャリアウーマン、フリーターだ。


けれども、本質はピアニストで詩人で小説家だ。


だから、悲観なんてこれっぽっちもない。


弾いて弾いて弾きまくり、

詠んで詠んで詠みまくり、

書いて書いて書きまくる。


それが僕らの生きる術なんだ。





FIN


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