第11話 ディナー・ウィズ・フレンド

 

 

 

 

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 「しっかし。酷い顔だな、ダーリン」

 

 「……五月蝿え」

 

 「愛嬌が出ていいじゃないか」

 

 「その眼鏡、止めさしてやろうか」

 

 いがみ合う二人と飽きれたカレンの前にはLサイズのピザが幾つかにLサイズのドリンクが人数分。

 プラスに各種サイドメニュー。

 

 場所は、カレンの安アパートの一室セーフルーム

 低層と中層の合間にあるこの部屋は、住人も居らず、半場捨てられていた。

 いずれ、都市の自動整備に巻き込まれ取り潰される運命だったのだが、カレンが購入して今日まで生き残っている。

 

 このメガフロートには無数の建築物が存在し、それらは日々造られ、取り壊されるか誰かに購入されているか、もしくは不法占拠されている。

 

 中枢電脳メインコアと多国籍企業群の裁量によってそれらは操作されているのだ。

 一見、独占市場に思えるが中枢電脳メインコアはメガフロートの中核であり、全域を覆い尽くしたこれは誰の意思にも囚われない。

 つまり、人に従わない。

 全くもってアシモフ爺の三原則とはなんだったのか。

 

 ――とまあ、中枢電脳それの話はまた今度にするとして。

 

 今言いたいことは、これらの建築物は資本さえあればタッチ一つで購入ができるということだ。

 特に、この事故物件存在意義がないものなど特に。

 

 そういう経緯もあって、セキュリティやプライバシー等無く、低層域特有な安くて眠れるだけの部屋だった・・・

 彼女が購入した以上、それはありえない。

 セーフルームとしての改造リフォームの結果。中層サラリマンが五年働いて得られる給与で借りることのできる上層のプライベートルーム程のセキュリティを得ていた。

 つまるところ、過剰と言えた。

  

 それにかかった金に反して内装は質素だ。

 隅にPCデスク。セットにデスクチェア。上に今どき珍しいデスクトップPCが一つ。

 一人用のベット。地味めのカーペットと上にはローテ―ブル。合わせて二人がけのソファと一人がけのソファ。

 

 ローテーブルに並んでいるのはケンゴの希望を汲んだ多分にジャンクなメニュー。

 ちなみに支払いはカレン持ち。

 それぞれソファに腰掛けたケンゴとヨシカゲ。

 互いに顔面は腫れと傷に塗れていた。服の中は分からないが間違いなく青痣だらけだろう。


 盛大な喧嘩になった。

 子供みたいに喚いて、殴り合って三十分。

 部屋から居なくなったのに気づいて駆けつけたカレンの前には、死に体で地に伏す男二人がいた。

 その二人をどうにか持ち帰って今に至る。

 

 この男達、思った以上の腐れ縁だった。

 彼女は色々と見誤っていたのに気づいて自己嫌悪した。


 まだまだ彼のことを分かっていないのだ、と。

 しかし、この悔しさをバネにしてもっともっと彼を知るのだ、と。


 カレンはそう志を新たにした。

 

 

 ――のだが。



 彼女の意思と現実は裏腹。

 思えば思うほど、この現状に溜息が出そうになる。


 「さっさと食べないと冷めるぜー?」

 

 マルゲリータを一切れ噛りながら、カレンは睨み合いをやめない二人をうんざりした様子で指摘した。

 

 「……おい、照り焼きチキンは俺のだ」

 

 「では、海老マヨを貰おう」

 

 ようやく食べ始めた二人を見て、なにやら母親にでもなったように錯覚したカレンであった。

 安心しつつ二切れ目へ。

 指先が選んだのは、やはりマルゲリータ。

 

 「定番こそ正義だよな……」

 

 楽しげに彼女は口に運んで、味わう。

 一口噛めばさくふわの生地。続いて口いっぱいに広がるチーズとトマト。そしてバジル。全てが噛み合っている。

 低層で味わえる味じゃない。来る途中に中層のピザ屋で購入しておいてよかったと彼女は笑みを浮かべる。

 こうして思い思いにピザに手を伸ばす。たまに高速の取り合いが発生するがわりあい平和であった。

 

 「そろそろ答えたらどうだ」

 

 まともな食事が始まって暫く経った頃であった。

 

 「あ?」

 

 手にとったシーフードの一切れを口に運ぶ手前に話しかけられたケンゴ。

 ヨシカゲに目をやってから、シーフードに目を向けて、またヨシカゲに目をやって。

 

 「食ってからでいいだろ」

 

 と不満げに。

 

 「食べる合間でも話せるだろう」

 

 割れかけの眼鏡の向こう側からジト目を通り越して睨みつけてくるヨシカゲを物ともしない。

 シーフードを一口。

 

 「しゃあねえな……」

 

 面倒くさげに残りのピザを口に放り込んだ。

 噛み砕いて、嚥下。

 

 「今食ったのが、あのでっかい豚。まあ言った通り、獣、異形ってやつ」

 

 二枚目を運んで、

 

 「それをこんな風に」大きく一口「狩るのが俺、狩人というわけだ」

 

 「……それくらいは見てれば分かる」

 

 「ああ、それなら話が早い」

 

 サイドメニュー、パックのサラダを手にとって、ケンゴはドレッシングに指を彷徨わせる。

 

 「実際それだけだ。それ以上も無ければ以下もない」

 

 事もなげにそう言った。

 

 「――お前、それは」

 

 それだけ。ケンゴはそう簡単に言うけれど、ヨシカゲにその一言はとてもじゃないが容認できなかった。

 いくら何でも、あれ程の事を成すのにその理由は簡単で、簡潔過ぎる。

 

 「それはそうと、御堂」

 

 ゴマドレッシングをレタスと玉葱たっぷりサラダに掛けながら、話題の切っ先を差し向けた。

 

 「お前、傭兵だったのか」

 

 「違う、傭兵ニンジャだ」

 

 「……ニンジャ?」

 

 思いもよらない返答に、ケンゴは思わず怪訝な顔をしてしまう。

 口までの最中で、プラスチックフォークの先端に突き刺さった瑞々しいレタスから水滴が落ちた。

 ついでにドレッシングも落ちそうだ。

 

 「っと」

 

 流石に気づいて、口に運ぶ。しゃきりと新鮮なレタスを噛む音。

 

 「……どういうことだ?」

 

 レタスを飲みこむとカレンに助け舟を求める。

 

 「大日本帝国系列企業群的文化クールジャパンカルチャーの一つ。意味合い的には傭兵であってる」

 

 視線が空を読む。

 

 「どっちかっていうと暗殺者アサシンだが……」

 

 生体組込式端末バイオデッキが網膜に投影するテキストを彼女は読んでいる。

 自分にしか見えないものを読む様は何処か遠くを見るようでやや滑稽だ。

 

 「ま、ここ育ちのボクらには馴染みが無くて当たり前だな」

 

 と、チキンカレーピザを一口。

 瞬間、呻き、すぐにドリンクを呷った。

 どうやらかなり辛かったようだ。

 チーズとトマトで誤魔化せない辛さが彼女の味蕾と急いで飲み込んだ喉を通りすがりに焼き尽くした。

 

 「なるほど」

 

 納得したようにケンゴは頷いた。

 日名のケンゴとヨシカゲ、米名のカレンであるが、三人共その名の生まれた土地を知らない。

 彼らが知っているとのは、水平線と複雑怪奇に絡み合う多重構造高層建造物の群だけ。

 

 まだ、彼らにとって世界は海の彼方だった。

 

 「もうちょっと分かりやすく言え」

 

 「世界史・・・でやっていたからな、知っているものだと思っていた」

 

 睨むケンゴに、どこ吹く風なヨシカゲはナゲットにケチャップをつけて口に放り込んだ。

 

 「ぐっ、こいつ……」

 

 痛いところを突かれたケンゴは言葉に詰まった。

 

 「……ちょっともらうぞ」

 

 「む、俺も貰おう」

 

 手を伸ばしたのは互いに、カレンが苦しんでいたチキンカレーピザ。

 カレンの様子で気になったのだろう。

 同時に齧って、呻きも同時だった。

 

 「……なんかムカつく」

 

 一足早く辛さから回復したカレンは呻く二人の前で不満げにストローを咥え、啜ると。

 

 「それで、アンタはアンタで何やってたの。

  ――多国籍企業郡大日本帝国企業〈富士山〉の傭兵アルバイターは」

  

 不満ついでにジュースを勢いよく飲んでいたヨシカゲに向けた。

 

 「……見てたのか、オールドリッチさん」

 

 驚愕と警戒がヨシカゲの口調の端々に現れていた。

 

 「あの強化外骨格エクソスケルトン生体組込式端末頭の詰め物。どっちも〈富士山〉ブランドでしょ。

 そこまで統一してるのは熱狂的なファンか、そこの人間社員くらいだ」

 

 「お見通しか」

 

 警戒と驚愕に感嘆が新たに現れた。

 純粋に驚いているらしい。

 ――中の監視装置は潰したはず、となると外からか。 

 同時に彼女への評価と認識を改めた。

 ――脅威判定を更新する。


 「煩い。それで答えは?」

 

 しかし彼女は意に介さない。

 

 「何って、バイトだ」

 

 至極当然。彼はそういった調子で簡潔な答えを口にした。

 

 「あそこの廃ビルの中に居るやつらを皆殺しにする。簡単な話だよ」

 

 「……意外だな」

 

 ボソリとケンゴが会話に入ってきた。

 フライドポテトを片手で横目をヨシカゲへ向けていた。

 そして、その言葉はカレンの心中を代弁していた。

 

 「意外?」

 

 「ああ、意外だ」

 

 「お前は、そういう顔をする人間には思えなかった」

 

 空気が凍りついたように思えた。

 

 「そうか」

 

 「そうだ」

 

 ―― 一発触発とも言えた。

 一瞬のことだった。数言が彼らの間の空気を塗り替えていた。

 燻った怒りが再燃する。

 

 「……あのさ」

 

 しかし、彼女は物ともしなかった。

 その空気に割り込むと長方形の電子チケットを二人に一つずつ差し出した。

 

 「これあげるから、一風呂行ってこいよ」

 

 銭湯の割引券であった。

 

 「ついでに頭冷やしてきたら」

 

 うんざりした様に彼女は言った。

 

 「ここで殴り合いなんて勘弁して」

 

 

 

 

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