階段を見るな!

雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞

あのふたり、どうしていますかねぇ……

 これは、聞いた話なんですがね──


 知人の姉妹がですね、新しい住居を探しているっていうんで、方々を探し回っていたんです。

 その中に、みょーに安い物件があった。

 こういう時の安いっていうのは、危ないってことと同義ですから、やめておけと、老婆心ながら忠告したんですよ。


 ところがこの姉妹、自称視える人でございまして。

 特にお姉さんの方が霊感が強いからと、肝が据わっている。

 妹さんは、引きずられて視えるようになったとかで──まあ、頑として忠告に耳を傾けない。


 仕方がないんで、とりあえず現物を見に行こうかと相成りまして。

 ええ、その日三人で連れ立って、物件を見に行ったわけでございます。


 ──ドアを開けた時から、もうよくなかった。

 それまで楽しそうにおしゃべりしていた姉妹がですね、幽霊が出たらぎゃふんと言わせてやるなんて笑っていた二人が──ピタッと、口を利くのをやめるんですね。


 妹さんの方はね、不安そうにきょろきょろと辺りを窺っているんですが、お姉さんは違う。

 こう……蒼褪めた顔でね?

 ジィーっと、入ってすぐのところにある階段を見つめているんです。


 ああ、これはよくないなぁ、ここにいちゃいけないなぁと思いまして。

 いったん外に出ようとした。

 そのときでした。


「階段を見るな!」


 ……大声ですよ。

 お姉さんの方が、総毛だつような声でそう叫んだんです。

 隣を見れば、妹さんはなにかを凝視していて──はっと我に返りましてね、お姉さんと二人、妹さんを担ぎ上げてその場から逃げ出したんです。


 それで、あとになって、どうしたんですかと、お姉さんに訊ねてみた。

 お姉さんは、こう答えました。


「たぶんね、親子だと思うの。お母さんと娘さん。階段の上のところに立っていて、顔は見えなかったけど──妹が視線を向けた時、一歩階段を下りてこようとしたから」


 だから叫んだ。

 なんて言うんです。

 普通だった、ああこれはいけないところだから、なかったことにしましょうねと、そういうことになるんですよ。

 ところがこの姉妹、なにを考えたかその家に住むと言い出しましてね。


 それで、ですよ。

 ここから先は、本当に、聞いただけになるんですがね……?


 妹さんはいつも、一階で寝ていたそうなんです。

 布団に入る、すやすやと眠る。

 すると、二階で足音がする。

 もちろんを見ていますから、親子の足音だってわかる。

 初めこそ、イヤホンをつけて音楽を聴きながら寝て、無視していたそうなんですが、毎度のこととなると、もう生活の一部になってくる。慣れてくる。


 それで、ある日のことです。

 仕事でくたくたになって妹さんが、帰ってきた。シャワーを浴びて、布団に入る。

 その日も、同じように、二階から足音が聞こえてくる。

 こっちは疲れている。

 なのにうるさい。

 眠れない。

 足音が聞こえる、眠れない、うるさい。


 たまりかねて、妹さん、叫んだんだそうですよ。


「静かにしろ──!」って。


 するとね。

 ピタッ──と、足音が止まって。

 シーンと家のなかが、静寂に包まれたんだそうですよ。


 ああ、これでやっと眠れるなって目を閉じたところで──


 ギシ。

 ギシ。


 と、音が聞こえる。

 ……階段を下りる音ですよ。

 ひとり分じゃない。

 互い違いに、ギシ、ミシ、ギシリと、なにかが階段を、一歩ずつ下ってきて──


「ああ、これはダメだ!」と、妹さんは布団を頭からかぶった。

 でも足音は依然聞こえてくる。

 イヤホンも布団も、点で意味をなさない。

 ガチガチと歯を鳴らしながら息を殺していると……いつのまにか、足音が聞こえなくなった。


 ああ、よかったと安堵して、布団から顔を出すと──



 そこには真っ白い顔をした親子が、にたぁと笑いながら、彼女をのぞき込んでいたそうなんですねぇ。


 それ以来、もう親子の幽霊は出てきませんでした。

 え? いえ、今はどうかわかりません。

 なにせその姉妹は……音信不通になって、引っ越してしまいましたからねぇ……。


 いまでもその家は、そこにあるそうです。


 ええ、あくまでこれは、聞いた話ですけれどねぇ──

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