第3話 case1 探索編 2

 夜の公園を後にした倫太郎は、しばらく歩くと頭も冷え、さてどこに行こうと自問自答した。この町で由紀子が行きそうなところは大体見回った、学校の友人への聞き込みも終わった。すると後はさっき入手したキーワード、本城家の別荘とやらだ。依頼を受けた際にそんな情報は得てなかった。おそらくは真っ先に自分で探したので除外した? それともあえて伝えなかったのか? 後者の場合最初に鈴子が言った様に依頼人が怪しくなってくるが……。


 情報が足りない、足りない分は補おう、と言う訳で倫太郎はさっそく依頼者へ確認の電話を入れる事とした。ハードボイルドはためらわない、思いついたら即断即決である。


 数コール後に咲が電話を受け取る。ここで電話に出なければ依頼者黒幕説が濃厚となり、後は本城宅に乗り込んで、依頼者をふんじばって全部吐かせてしまえば依頼完了だったのに、等とどうしょうもない事を考えつつ、倫太郎は別荘の事について質問をした。


「えー、と言う訳で、由紀子さんのご友人から、以前その子たちと別荘に泊まりに行ったと聞いたのですが」

「ええ、そんな事もあったとおもいます。ですが別荘については私が真っ先に探しました」

「それはそうでしょう。避難場所として考えるなら第一候補だ。ですが第三者の目から見れば、奥さんが気づかなかったことにも気づけるかもしれない、すみませんが別荘のカギをお借りできませんか」

「ええ、由紀子のことよろしくお願いします」


 話はすんなりと通った。依頼を受けて真っ先に調査した由紀子の部屋で大した情報が得られなかった分、別荘での情報収集には期待したいものだ。もっとも最近は紙の日記帳を持たず、プライベートな事はスマートフォンで管理していることが多い。流行に敏感で、その類のガジェットを呼吸する様に使いこなす女子高生には、あまり期待できそうにないが。




 日付変わって翌朝、肌寒い山間の地を走る一台の車があった。


「まったく別荘とは羨ましい事だねぇ」と感想を漏らしながら、倫太郎は助手席でタバコをふかそうとして、運転手の鈴子にそれをへし折られる。

「車・内・禁・煙、です」

 その怒気の大きさからもう何度となくこのやり取りが繰り返されているのだろうと容易に想像が出来た。


 その別荘は、山奥のダムの近くに建てられていた。少し車を走らせれば、温泉も見つかると言う。別荘にはもってこいの場所だ。

 入り口周囲を確認する、人の立ち入った痕跡はあるので、依頼人が探索したと言うのはうそをついているのではないのだろう。あるいは由紀子が入れ替わりで侵入したか。

 まぁ、考えるのは後にしようと、倫太郎は特に警戒することも無く鍵を使って玄関から堂々と侵入する。そのあまりにも躊躇ない行動は鈴子が制止させる声を出す隙すら与えない。

 そして、それは大当たりだった。

 別荘に侵入してから直ぐに、探偵の勘ではなく、忍者としての嗅覚が倫太郎にある事を教えてくれた。


「匂うな」

「えっ? 別に、普通の家だと思いますが」


 倫太郎の後におっかなびっくり玄関の戸を潜って来た鈴子がそう口にする。


「まぁお前はウチで育ったとはいえ、忍びの訓練を受けた訳じゃないからな、気づかないのにも無理はない」

「…………え! ウチ以外にも忍者っているんですか!?」


 いつになくシリアスな倫太郎の言葉に、鈴子は恐る恐る質問をする。


「ああ勿論いるぞ、ってか現存する忍者が河童忍者だけだったら自殺ものだ」

「あははー、まぁそれはその……」


 鈴子は、幼いころ孤児として育った。そして、彼女が育ったその孤児院に河童家が援助していた事が、彼女の運命を決定づけるものとなった。彼女はある時親の用事で孤児院にやって来た3歳年上の倫太郎にとてもよくなついた。それからもちょくちょく遊ぶようになり、何時しか『このまま貰い手が無ければ』と言う流れとなり、結局河童家で面倒を見ることになったのだ。

 ただ、面倒を見ると言っても養子として迎え入れられたのではない、表向きにはそう言う事にしておいたのだが、実際に籍は入れておらず、丁稚として迎え入れたのである。時代錯誤も甚だしいが、忍者自体が時代錯誤の塊なので仕方がない。河童家の家長としては、忍者のごたごたに本格的に巻き込むのは忍びない、と感じて行った処置であった。

 そんな訳で、鈴子は忍者の家で育ち、忍者の存在を知りつつも、詳しい事はあまり知らないと言う微妙な立ち位置で生活をすることとなったのだ。故に彼女にとって忍者とは、たまにテレビの向う側で紹介される、現代的な忍者の他には、目の前に存在する、古くて胡散臭い河童忍者の2通りだった。

 そして、鈴子の知る限り、現代忍者と、河童忍者の間には大きな違いがあった。それは『忍術』の有無である。現代忍者が披露するそれはあくまでも体術や器械術の一環でしかなく、物理法則に縛られたものでしかない、だが……。


「兎に角だ、変な匂いがする。お前は俺から離れんな」

「まさか、別の忍者が潜んでるって話ですか」


 ごくりと喉を鳴らし、鈴子は不安げにそう尋ねた。


「いや、違うな。忍者って雰囲気じゃない、別のだ」

「別の?」

「ああ、地底人だか宇宙人だか知らないがそんな族だ」

「……………………ちていじん? うちゅうじん?」

「ん? 結構いるぞ? そりゃー俺たちみたいな忍者が居るんだ、他の奴らが居てもおかしくはない」

「はぁ、そうなんですか」


 突然伝えられた、世界の真実的な何かに、鈴子の思考が追い付かずにいると、2回へと続くL字型の階段の上から、足音と共に声が降りて来た。


「そう、貴方が、そうなのね」


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