第2話 case1 探索編 1

 人探しも猫探しも基本は同じだ、対象のルールを探りそれに従って行動、あるいは先回りをすることで対象にたどり着ける。まぁ言うは易しだが、物事の本質とは大概にしてそう言う事だ。

 突発的な出来事でそのルールが歪んでしまっても、結局はそれに落ち着いて来る。まさに三つ子の魂何とやらだ。だが問題はそれに第三者が絡んできた場合だ、その第三者の力が強い場合、対象はそのどこかの誰かさんのルールに従って動くことになる。


「単なる家出ならいいが」


 依頼書に添付された、写真を眺める。捜査対象の名前は本城由紀子ほんじょうゆきこ。整った顔立ちの少女がそこには映っていた。黒髪のストレートは絵に描いたようなおしとやかさが感じられ、見る者にいかにも真面目そうと言った感想を与えてくる。


「母親の話だと、最近ガラの悪い連中に付きまとわれているって話だったよな、取りあえずそこから始めてみようかね」


 現場は足から、対象の通う学校の生徒、それも特にガラの悪そうな奴らの溜まる場所なら把握している。倫太郎は聞き込みの第一目標をそこに決める、場所はおなじみゲームセンター。今も昔も不良と言うものは、激しい刺激を求めて生きる生物なのだ。




「ねぇちょっと見てよ、なにあのコスプレ男」


 くすくすと笑い声が、倫太郎の耳に届いて来るが、彼のハードボイルド魂は小動もしない、それどころか、見事な営業スマイルを浮かべつつ笑い声の発生源に自ら近づいてゆく。


「やだー」「なにー」「きもーい」などの心の入っていない言葉なぞ、日頃の鈴子の嫌味たんれんで鍛えられた倫太郎の鉄壁の鼓膜は完全に雑音としてシャットアウトする。女子高生のあざけりなど、小鳥のさえずりとそう大差はない、かれはロリコンではないのだから。


「やだー」「なにー」「ナンパー?」「うけるー」と言った単語でしか会話しない生物と何とかコミュニケーションを図る、大丈夫、今日の彼の会話術には光るものがある、具体的には情報量として人身御供に差し出した諭吉大先生の超パワーだ。小娘どもにはその価値は分からないだろうが、そのパワーをもってすれば、倫太郎をおよそ一月もの間生存させることが可能な超パワーだ。だが、あえてその力を放出する、ハードボイルドは肉を切らせて骨を切るがモットーなのだ。

『天は人の上に人を作らず、されどこの世には賢き人有り』倫太郎は心の中で血涙を流しつつ、諭吉大先生の思いに身をはせる。この小娘どももいずれ実感することになるだろう、この世が平等でない事に。

 しかし、流石は諭吉大先生の超パワー。このおろかな人達から幾つかの情報を引き出すことに成功した。口調は軽く、基本的に単語ばかりの難解な情報だったが、倫太郎の探偵と言う非日常的な肩書に気を良くして話してくれた彼女たちの情報に嘘は混じっていないだろう。


 曰く『声を掛けて来たのは彼方から』『遊ぶ金も自分から進んで出してくれた』『すごく頭がいい』『口うるさい母親が嫌い』等々。これらのテンプレ的回答推察されることの第一位は単純な家での線が濃厚だが、倫太郎のハードボイルドアイは一つの事に気が付いていた。

 一山いくらな情報提供者の彼女たちの中に、一人、周囲の者に最も由紀子と親しいと呼ばれた少女に目が行った。彼女の名前は小石里美こいしさとみ、青みがかった黒髪のミディアムショートのオドオドした雰囲気の子リスっぽい少女で、彼女だけがほかの派手な少女たちから浮いていた。彼女は最も当り障りのない事しか言っておらず、かつ顔色がほんの少し青ざめていた。

 ハードボイルドはためらわない。隙を見つけたら容赦なく突撃する。


「ねぇ君様子がおかしいよ、怪しいね?何か大事な事知ってるんじゃないの」


 彼女は逃げ出した。

 しかし、倫太郎は回り込んだ。

 彼女は「変態が居ます」と大声で叫んだ。

 倫太郎は逃げ出した。

 ハードボイルドはためらわない、(社会的)生命の危機を察知して逃げ出すのも野生に生きる者の本能だ。




「なぁ、何がいけなかったと思う?」

「うーん。それを一言で表すにはわたしには語彙力が足りませんが、しいて言うのなら知能?」


 日頃のお礼にと、珍しく倫太郎が(ファーストフードとは言え)おごってくれると言うので、おっかなびっくりやって来た鈴子を待っていたのは、昨日の顛末に凹む駄目男だった。


「そうかー、知能かー」と目の前ではじけるコーラの泡の様に気の抜けた倫太郎に、鈴子は昨日調べたことの追加情報を伝える。昨日は由紀子本人に的を縛って調べてみたが、その後調査を続けると別の側面が見えて来たのだ。


「なに? 最近家出が増えている?」

「そうなんです、まぁ家出と言っても元々素行の良くない子たちが2・3日帰って来ないだけなので、ほっとかれている様ですが」

「微妙な線だなそれは」

「そうなんです、ですから昨日の通り一遍の調査では分からなかった所でして」

「それで? そいつらの共通点とかは無いのか?」

「問題なのはそこです、共通点と言うか記憶が無いのです」

「……記憶が?」

「そうです、季節外れの肝試しだか、廃墟ツアーだか、兎に角どこかよく分からないとこへ出かけていった後、行方不明となり、気が付いたら何時もの盛り場にその間の記憶が無いその子たちが戻ってきてるって言う」

「他に共通点は? 通ってる学校とか歳性別とか」

「年齢、性別に共通点はありません。学校もバラバラですが……」

「ですが?」

「由紀子ちゃん周囲の学校では、その事態が見られるのに。由紀子ちゃん本人の学校では今まで起こっていません」

「単純に考えると、彼女が、彼女の学校では最初のケースになりうると?」

「まぁ偶然かもしれませんがね、それに全く関係のない話かもしれませんし」

「いや、マジで参考になった。何時もありがとうな」


 倫太郎はそう言って照れくさそうに笑う。鈴子はそのあざとい笑顔をみて、生活力のなさにこの笑顔が加わることで、此処まで立派な紐男が完成したんだろう、わたしも気を付けないと、冷静に分析をしていた。

 しかし、まぁ、そう言う彼女もここまで倫太郎に付き合ってしまっている以上、不幸にして、彼女が最も倫太郎と言う紐に絡め取られてしまっているのは、周知の事実であった。




「それじゃあね」と友人たちに別れを告げる。彼女たちは大切な友人だ、その思いに変わりはない、だけど少し波長が違う、派手好きな彼女たちに合わせて行動するのは、ほんの少し疲れがたまる。高校デビューとは少し違うが、知り合いのいない高校に入学し、奥手だった私に声を掛けてくれたのは彼女達だ、彼女たちからすれば大したことではないのだろうが私にとっては大切な事だった。

 それにしても今日は何時にもまして疲れた、言うまでもなく。昼間に出会った変な大人の事だ、唯でさえ男の人に免疫が無いのにいきなりあんな勢いで迫られてきて気絶するかと思った。

 そんな帰り道の事だった、今度は知らない大人の女性に声を掛けられた。




「今晩は、少しよろしいかしら」


 鈴子は、落ち着いて怪しまれないように声を掛ける。唯でさえ昼間に倫太郎がやらかしている、警戒心は通常より高いだろうが、逆を言うとそれを乗り越えてしまえば、通常とは違った情報を引き出せるかもしれないと、鈴子は考えていた。ピンチをチャンスにそれが鈴子のモットーである。


「昼間は驚かせてごめんなさいね」

「昼間、ですか」

「わたしはあの馬鹿の知り合いなの、本当は本人が謝りたがってたんだけど、何しでかすか分からないからわたしが代わりに謝りに来たってわけ」

「あの男の人の」

「そう、あの男。悪気はないんだけど、常識とか知性とかが少し抜けててね、んーなんて言うかな、人類未満と言うか、お猿さんと言うか、んーいやあの馬鹿の為に頭使うのは人生の損失だ、河童でいいよ河童で、ともかくそんな奴に声かけられて怖かったでしょごめんなさい」


 あの馬鹿がしでかした損失を埋めるために、先ずは共通の話題として話のタネになってもらうおうと鈴子は倫太郎をマイルドにこき下ろす。仲良くなるためには同一のクラスタに所属してもらうのが手っ取り早い、その為に少女には本日限定で倫太郎被害者の会に入会してもらおうと思ったのだ。


「あの、そこまで言わなくても」と、ここにはいない倫太郎に罵詈雑言を浴びせ続ける鈴子を弱弱しく止めに掛かる。小石里美は気弱で優しい性格だ、悪口を言うのも言われるのも聞くのも得意ではない。ここで鈴子は己の犯したミスに気が付いた、彼女は十分すぎるほど己の爪を隠しているつもりだったが、子リス系女子高生のつぶらな瞳には生々しく血の滴る爪がはっきりと見て取れたのだ。

 だが、鈴子はピンチをチャンスに変えると言うのをモットーにしている。此処で下手に引き下がるのを良しとしなかった。即ち少女が優しい性格だと言う事はそれ即ち逆から見れば気弱で押しに弱いと言う事、彼女はギアを落としながらもアクセルは緩めない。進行方向を倫太郎の悪口から、少女への事情聴取へと舵を切った。予定ではもう少し仲が良くなってから聞き取りを開始するつもりだったが、鉄は熱いうちに打て。少女が弱気になっている所に熱した剣をぶち込むことにした。


「あら、里美ちゃん優しいのね、じゃあお姉さんその優しさを見込んで教えてもらいたいことがあるの。現在行方不明の由紀子ちゃんの事なんだけど、由紀子ちゃんのお母様がとても心配してらして――」


 口調に体の位置取り、あらゆる手段を用いて里美に柔らかいプレッシャーをかけ続け自白を強要する、助かる道は全部吐く以外無いと。ついにはその静かな猛攻に少女は陥落した。


少女曰く

「由紀子ちゃんは、頭のいい人でそれまで特定のグループに入っていないのに不思議と孤立せず、上手い立ち位置を築いていた」

「由紀子ちゃんは、グループの中で少し浮いていた私にすごく良くしてくれた」

「由紀子ちゃんは、話がとても上手かった」

「由紀子ちゃんは、お金と話で瞬く間にグループの中心になった」

「由紀子ちゃんは、まるで神様の様にあらゆる悩みを聞いてくれ、そして解決してくれた」

「由紀子ちゃんの言う事は次第に絶対となった」

「ある時、グループのみんなは由紀子ちゃんに誘われて由紀子ちゃん家の別荘に行った」

「私はその時、急熱が出てしまい約束していたのに加われなかった」

「行ったのは週末を利用して、週明けにはみんなちゃんと帰って来た」

「単なるお泊り会だったみたい、そこにはサウナがあってみんなで一緒に入ったって、楽しかった以外の感想は疲れたってくらい」


 鈴子と里美は公園のベンチに腰掛けて会話をする、少女も今まで内に締めていたものを放出して気分が高揚して来たのか、留まる事を知らないように話し続ける。

 しかし、今までの話によると、どうやら由紀子と言う少女は随分と人心掌握に長けていたようだ。しかし、神様に例えられるとは、この里美と言う少女の感受性が豊かなのか、それとも、と鈴子は今までの話を分析しながら続きを促す。ここからが本題だと言う予感を感じながら。


「私は、それが羨ましくて、『今度は私も連れてって』おねだりしたんです、そしたら彼女は『里美さん貴方神様を信じる?』って」

「私が、『私にとっての神様は由紀子ちゃんだよ』って言ったら、彼女は少し悲しそうな顔をして『そう』って笑っていました」

「……その次の日です、由紀子ちゃんが居なくなったのは」


 少女は責任を感じていた、自分の一言が由紀子の何らかの部分に触れてしまい、彼女は失踪してしまったのではないかと。

 少女は不安を感じていた、自分の一言で由紀子に何らかの危険が及んでしまうのではないかと。


「お願いです、由紀子ちゃんを見つけ出してください」


 少女はそう言うと今まで隠してきた涙を溢れさせた。




 ベンチの裏の植木の奥で、それを寝転がって聞いていた倫太郎は、おもむろに立ち上がる。男の行動を後押しするのは何時だって女の涙だ。

 少女が背後の物音に気付いて振り返るとの、倫太郎が胸に挿し込んでいたポケットチーフを広げるのはほぼ同時だった。


「使いな嬢ちゃん、そのチーフにしみ込んだ涙は、報酬の先払いとしてもらっておくぜ」


 そして一匹のハードボイルドはクールに去って行った。鈴子は少女をあやしながら彼の後姿に視線を送る。そしてこう思ったのだった。

(倫太郎さん、恰好つけて歩いて行ったけど、一体どこに行くんだろう)

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