第9話 歌う者らの休息地

「俺たちの冒険はこれから、なのかぁ」

まだスタート地点だということを知らない、ウチの一言。


次に近いのは海原の大蛇って言ってたよね?

地図見てみたらシャレにならないくらい遠いんですわ。いや、大陸全体を写した地図の五分の一くらい。ここでの距離の単位はわからないけど、結構ある。

「この距離歩くの無謀じゃないかな?」とラクトに言ってみたら、ふむ、と考え直してくれた。が。

「馬車が公道を通りかかるのを待つつもりか? この大人数だ、乗せてくれるかも危ういぞ?」うぐ。確かに六人ヒッチハイクは無理がある。

ので、ひたすら歩く。まっすぐ森を抜け、公道に沿って、海の方角へ。なぜ公道に沿うかと言うと、その調子だと海辺の貿易町……パイシズに着くからだと。早くつかないかな。


案の定二日で根を上げてしまった。仕方あらへん、その前に五日間森の中歩いていたんだもん。一般人が計一週間歩いてるんだよ。


「♪大切なのは僕でいること 間違いだらけの毎日も 手と手を繋いで 目と目を合わせて どこまでも歩こう」


キャラじゃないこんな歌も歌ってみたけど、辛さに対しては効果なし。アーサーがおんぶを申し出たけど却下。

と、その時。

後ろから車輪の音がした。

レグシナ様ありがとう。感謝できる神様をあなた様しか知らないって理由ですが。


貿易荷馬車に乗っている人曰く、安い護衛を探していたが、王都では見つからなかった。代金は払うのでパイシズまでついてきてくれとのこと。結局は歩きですか。でもたまに馬車の荷台でちょっぴり座れるので感謝。

目的地まで半分、といった地点で、カシスが思い出したように言った。

「歌って二人同時に歌った方がいいと思うんだけど、僕たち君の歌練習した方がいいのかな?」

……思えば確かに。ウチの好きな歌はだいたいバックコーラスだのハモりだので映えるヤツばっかりだ。だがリアルだとウチ一人しか歌い手がいない。でもサビだけでも教えようとウチが歌えば、その歌の効果は出てしまうわけで。となると、教える必要がなく、完璧に合わせてくれる人が必要になる。

何、ウチに分身しろと?

……自分が複数?

そんな歌、あるよな。


「魔物だ!」と、ラクトの声で考えるのをやめる。馬車から顔を出すと、この前見た二足歩行の亜人っぽいのが馬車を囲んでる。いや、囲まれるくらいいるんなら気付いた瞬間言ってくださいよ。

「オークだね。推定10体。リーダーみたいなのはいない。食べ物でも嗅ぎつけたのかな?」カシスがゆったりとした口調をそのままに、眼光を鋭くさせ、弓を構える。弓ってかなり練習しないと構えるのも難しくないっけ。やっぱりこの世界の人たちってすごいわ。

「その『食べ物』は俺たちのことじゃないだろうな?」馬車を引く馬たちの近くで歩いていたランスがナイフを鞘から取り出す。

「私たちは焼いても食えないと評判なんだけどね!」サビナが杖を握りしめた。その評判はどこからきたんでしょうね。

「マリ様、如何しましょう?」アーサーがウチのそばまで来て、杖をウチの前に壁のように立てる。

如何いたしましょうと言われたんだ、わがまま言います。

「試したいことがある。全員、馬車に密着!」

ウチのこの命令に全員が「はぁ?」って顔をした。仕方ないよね。疑問があれども最年少のウチの言うこと聞いてくれるみんなはとてもいい人たちです、はい。

伴奏石をひねり、サビを流す。

でも、この読みが当たったら。

ウチは最強になれる。


「♪私の中の住人が 同じ男に恋をした みなみんな報われぬまま 男の答えは」


「♪『君の中の一人だけを愛しましょう』」

別の、そして同じ声がそこに響く。

よし、読みは当たった。


「♪心臓が高鳴る」

「「「♪私たちの」」」

声がウチの見えない、馬車の反対側からも響く。仲間のみんなの驚愕の声も聞こえるけど、今はこの読みが当たったことにちょっとハイになって気づけない。


「「「♪早まる鼓動を 押さえつけて」」」

歌詞通り、馬車を囲ったのは十人のウチだった。


「あー、流石に立体音響とかは分身しないか。」

「歌うだけで効果が出るんだしいいんじゃね?」

隣に現れた自分の分身とセルフ会議。

「立体音響も分身したらアレになるよ。ほら、あの八方向スペシャル。」

「「「あー。」」」

ウチの分身の一言でウチ含むウチ達が一斉に納得。イカの話で盛り上がれるってこの世界じゃウチくらいしかいません。

……やっぱり変な感覚。

「はよ終わらせますかね。」とウチが言うと、ウチの分身全員が同時に身構える。ノルマは一曲で一人一体のオーク討伐。突然増えた人間に混乱しながらも、じりじりと寄ってくる。ここまで来たんなら白兵戦かな?

伴奏石から流れる曲が一転、さらにリズムが早くなる。

さぁ、防衛戦だ。


「「「♪雷鳴 共鳴 静寂を切り裂いて 彷徨う心は叫び出す……」」」


十人の歌姫が同時に同じ歌を歌う。歌に込められた力のせいか、オークらは吹っ飛んだ。そりゃもう、数十メートルは。


「「「♪闇に咲いた太陽」」」


ウチ達が囲んだ馬車を中心に、光の柱が立ち上る。

ウチの歌、光属性多いな。そう思った。

光が消え、オーク達がいた場所には銀貨数枚しか残っていなかった。

「金貨一枚がドラゴン級だから、相当なのかな。」そう呟いて銀貨を拾いに歩く。そういえば一曲歌ったら分身達は消えるんだね。まぁゲームとかで言う『ためる』行為だろう。……毎回十人ってのも不便だ。もう一人だけ呼び出せる歌ってないっけ。えーと、二人きり? いや、もうちょっと適切な歌詞で脳内検索をかけるか。


そう考えていたら、目の前に影が降りた。

はい、残党オーク。


「っとぉーい?!」あまりに驚いたんで奇声が上がる。咄嗟に立体音響のロッド部分で足払いをかける。いや、かけようとした。

こいつ足めっちゃ硬ぇ。ロッドがひん曲がった。そういえばこれを売ってくれたドワーフさんはこれをおもちゃ呼ばわりしてたっけ。

やばい。


「でりゃっ!」突然、 オークがウチの頭上を越えて馬車方向に吹っ飛ぶ。目の前にはランスの金髪。こいつウチを守る頻度高くないすか。オーク結構重そうなのに蹴り飛ばすって。

「せいっ!」飛んだオークを片手剣で迎え撃つラクト。素晴らしい連携です。でもまだ銀貨になってない。オークの腹部から飛び散る赤。うひぃ。

と、オークの傷口に一本の矢が生える。射ったのはもちろんカシス。傷口からなぜか植物が生える。……半分エルフって言ってたっけ。エルフマジック?

「今です!」とカシスの掛け声。

蔦に巻かれたオークが、火柱に飲み込まれた。この火力はアーサーですね、わかるようになりました。

「消火を。」

「はーい!」サビナが締めを飾り、火柱の立っていた場所に初級であろう水の魔法を打ち込む。アーサーが水で消える程度の炎に抑えてくれたのが幸いかな。

炎が消えた場所には銀貨が数枚落ちていた。

いよっ、我がチームは世界一。多分。


そんなことで、予定より早く港町パイシズについた。荷馬車の護衛の代金は、そこに着くまでに倒した魔物のお金で大丈夫だからと断る。

ヴェニスって街あったよね。アレに近い。またはポルトリンク。

「海原の大蛇、および魔獣の討伐には期限はない。よって、ちょっとこの街で休息を取ることにします。」リーダーらしいことを言ってみる。

丁度立体音響を直したいところだし。


護衛?にサビナを連れて、武器屋「黄金砂丘堂」に立体音響を預けた。注文は『これと同じ形と魔石、元の杖の金属は廃棄して構わない。硬くて軽い金属製』。代金は先払い。ドラゴンを討伐した時に拾った金貨一枚でしっかりやってくれるとのこと。よかった、使ってなくて。服屋「ファラウェイ」で服装新調、地味なのは変わらない。練習や手合わせ、本番の戦闘とかで破けたりするんだよね。裁縫スキルのないチームなので、店に任せます。オークの群れを倒した時に出て来た銀貨でオッケー。

女性二人で海の向こうから来たというスイーツに舌鼓を打っていると、なんか変なおじさんに絡まれた。主にサビナが。

話し方がうざいので要約すると、「この街で年に一度行われる美女コンテストに出て欲しい」とのこと。

いや、ウチがいくら女らしさ皆無とはいえ、ここまで無視されるとちょっといじけますよ。

サビナがちょっとおどおどし始めたので、ウチが助け舟を出す。

「で? 勝品とかあるんですか?」

「そりゃあもう! クリオアクエリオ様のお膝元へと、快適な船旅を!」

「そのアクエリアスみたいな名前の、何?」


「ええ! ここら一帯の海を治める龍神様でございます!」


「ちょっとそのコンテストについて詳しく」

海原の大蛇の手がかりが、そこにあった。

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