第7.5話 歌姫じゃない方の話

いつものように宿屋「星々の演奏会亭」で一晩を明かそうと泊まる。最近色々と忙しいのだろう、歌姫マリは夕食を取った後すぐさま部屋に向かい、寝こけた。

俺は音を立てないように鍵をこじ開け、静かに侵入を果たす。ベッドで仰向けに眠っている黒髪の女。こいつがいつも持ち運ぶカバンからお目当ての品を二つそっと取り出し、俺は下の階で待つ四人の元へと歩みを進めた。もちろん鍵はかけ直してやったぜ?


「で、何がしたかったんだ。」短い黒髪の片手剣使い、ラクトが肘をつきながらゆっくりと問う。

二つの本をテーブルに置く。他の客が全員寝静まる時間まで起き、この五人だけで調べたいことがあると言ったら、チームレグシナは興味津々で待っていてくれた。俺はリーダー……いや、今は副リーダーとなっているラクトの疑問に至極真っ当に答える。

「魔法が使えない奴の『魔道書』、そして過去を全く教えてくれない奴の『日記』を調べたいだけさ。」同一人物のことだがな。

「ランス、盗賊はやめたんじゃなかったっけ?」カシスが咎めるような声。

「マリ様の私物を盗むとは……ここが室内でなければこの場で燃やし尽くしていたところだ。」アーサーが睨む。普通睨まれると「冷たい」って表現するだろうけど、あいつがやると火がつきそうになる。

「でもお前らも気になるだろ?」己を多く語らない、歌姫の素性を。俺の弁明に男たちは押し黙る。ほらな、気になってたんだろ。

「……実は私も気になっていたの。彼女の歌、『歌』と呼んではいるけど、言葉が全くわからないから。」赤毛の魔女、サビナが頷く。曰く、この国の言葉でも、魔法を扱う際の詠唱に使われるルーン文字などとも違うらしい。

「じゃあ最初は魔道書の方から見てみるか?」俺の提案に全員賛成したことを確認し、俺は1冊目を開く。


『魔道書(歌詞まとめ)

白川 真理』


突然知らない文字が出て来た。サビナの方をちらりと見たが、顔を横に振られた。

意を決し、ページをめくる。


『・歌うと魔法が起こる

・歌によって効果は変わる

・強化方法?』


最後の点に続く短い言葉は大きく丸で囲われ、そこから線で他の短い言葉に繋げられる。


『・意識して歌うと火力+?

・ノリノリ度で威力変化?

・有名度?』


このリストらしきものも最後が大きく囲まれている。


「……何が書いてあるかは分からぬが、相当悩んでいるみたいだな。」アーサーの顔がしかめ面になる。確かに筆跡は荒っぽく、走り書きしたような印象を受ける。

カシスがページをめくる。


『チルドレンレコード


少年少女前を向け 眩む炎天さえ希望論だって

連れ戻せ ツレモドセ 三日月が赤く燃え上がる

さぁさぁコードをゼロで刻め 想像力の外側の世界へ

オーバーな空想戦前へ


効果:スライムが干からびた。熱気。炎?』


『Fire◎Flower


最初から君を 好きでいられて

よかったなんて 空に歌うんだ


効果:花火が上がる。信号に使う?』


こういったリストが延々と続く。すべて読めない言語だ。たまに真ん中の文章のブロックの一部に丸がつけられ、そこから下にメモが書かれていたりする。時にはページの端にそういったメモが書かれている。翻訳不可能な文章の山に対し、俺たちは頭を抱えた。

「こいつ、どこから来た奴なんだよ……。」

そう呟いた俺は悪くない。まさかあの突拍子もない女が、これほどの叡智を人間に知らせない手段で、常に手にしていると思うと。アーサーほどではないが、尊敬もしたくなる。それと同時に、恐怖も覚える。もしやこれは魔族の言葉で、あいつは実は人間を敵視しているようなやつで、それが記憶喪失ですっぽ抜けているだけ、だとか。いや、記憶喪失でこれほどの知識が残っているんだ。それだけすっぽ抜けるのはあり得ないだろう。だったら、あいつは本当に記憶喪失なのか? ああクソ、頭が痛くなる。


「もう一つの本も読んでみるか?」ラクトが回復して、もう片方の本、『日記』を手にする。

驚くことに、こちらは俺たちでも読める言葉だった。


『日記

シラカワ マリ

マリ=ホワイトリバー』


「シラカワ……? 誰の名前なんだろう?」カシスが頭を傾ける。

「マリって部分は同じだね。別人格、はないか。」サビナもわからないようだ。


『1日目

この世界に到着。紫のスライムの群れに遭遇、歌って討伐。カバンゲット。ラクトさんとサビナさんに助けられる。マーブルヴェールという街につく。怪我人治す。ギルドに入る。魔道書作成。』


端的だが、言いたいことはすべてわかる。

「ああ、これは最初にマリと出会った日だな。この怪我人とはカシス、お前のことだ。」ラクトがカシスの方を向く。そうか、俺がドラゴンに負けたカシスをギルドに運んで、そこでマリが治してくれたっけ。

懐かしさに浸る間もなく、大きな疑問が浮かぶ。

「『この世界に到着』ってどういうことだ?」

記憶喪失って言ってたよな、あいつ。謎は深まるばかりだ。

少しページをめくり続けると、アーサーがページをめくる俺の手を止める。


『11日目

挑戦状を叩きつけられた。炎の魔法使い。勝利。爆破は炎より強い?ギルドに運んだら仲間倍増した。覚えられるか不安だ。』


「すごい省略されてるね。」サビナが半分笑いながら言う。

「いや、私が言いたいのはそれではない。ここを。」と、アーサーがページの上部分を指す。言われる前に、言いたいことは理解した。

「これほどの日数、滞在していれば暦くらいはわかるはずだ。だがマリ様は『この世界に到着してから何日か』しか数えていない。」

ラクトが急いでページをめくり続ける。確かに最新の記入まですべて、『○○日目』としか書かれていない。

「……つまり、何が言いたいんです?」カシスが問う。


「マリ様は、すでに覚えてらっしゃること以外は頭に入らないのでは?」


真面目な顔で言うもんだから全員ずっこけた。いやそこじゃないだろ! もっと大事な何かがあるはずだろ!?

全員復帰するまで、アーサーは慌てふためいて日記をめくっていた。

「ほら、日記の後ろに。私らが常識として知っている物事が書かれている。」

アーサーに言われたページを覗くと、確かに。金の計算法、その単位。チームの名前の由来となった女神、レグシナは戦闘と勝利の女神だということ。マーブルヴェールの街はアルテリア王国の領土にあるということ。

常識が書き連ねてあった。まるであいつはこの本がなければ世界の理さえも理解できないと言うかのように。


そのページから少し、サビナが表表紙に向けてページをめくる。空っぽのページであいつの日記を固定し、ペンを手に取る。

「おい、何をしている?」ラクトが訊く。

「確かにアーサーの覚えられないと言う説は一理あるかもしれない。だから、私たちの情報を書き込んでおいて、はぐれても見つかりやすいようにしようかな、って。」そう言いながら、サビナの手にしたペンは動き始める。

「あ、自分の特徴とか書き込めばいいのかな?」カシスも乗り気だ。ああもう。

「せっかくだ、こうなったら俺たちの秘密にしてる情報も一人一つずつ書き込め。こっちはあいつの秘密に手をかけたんだ、それでチャラにするぜ。」俺もあいつにけっこう感化させられている気がする。あの突拍子のなさが移るってのはいい気分じゃない……かな。

「やるなら早く終わらせるぞ。夜が明ける前にやらないと、ランスが元の位置にこれらを戻せなくなる。」ラクトの顔には諦めたような、楽しんでるような笑み。

寄せ書きみたいになっちまうが、それもまた楽しいな。


『ラクト=フェアビュリー


黒髪緑目。片手剣と皮の鎧装備。齢21、ラシルダの村(マーブルヴェールより森を越え西)出身。

王宮兵士を目指したことがあるが、力不足により不採用となった。

知らないことで悩むくらいなら俺に言え。』


『サビナ=ラスティス


赤くて長い髪と紫の目をした魔法使い。ラクトと私は同い年だったんだね、初めて知ったよ。エルギーノって北の街出身。

とても偉い魔法のお師匠様がいたってことは覚えてるんだけど、それ以上は記憶がなぜか曖昧で。記憶喪失仲間だね。でも全属性の魔法がちょっとずつ使えることが自慢。

いつか、できればでいいから、あなたの「歌」をちょっと教えて欲しいな。』


『アーサー=アイボリー


今現在頭髪がありませぬ、黒い目の魔法使いでございます。齢32、二つ名『煉獄の使者』としても知られております。南の国、ゴルデューンより参りました。

この炎の魔力は最初、砂漠の熱を取り除くために生み出した、私自身の創作魔術でございます。

今はこの煉獄を、貴方の為に燃やしましょう。どうぞ、なんなりと。』


『カシス=ウィロー


緑髪と青目だよ。弓矢使い。19歳で、忘却の森の奥にある小さな村から来たよ。

僕には半分エルフの血が流れてるみたいだけど、それほど気にしてないかな。あと、実はちょっと植物と喋ったりできます。すごいでしょ。

君はどんな種族なのか、ますます気になっちゃったや。これからもよろしく。』


『ランス=エクレイル


金髪赤目。19。元盗賊、現ナイフ使い。口に出すとビビられるんだけどな、俺、実はこの辺で一番偉い盗賊団、『メルクス』の長の息子。でもちゃんとした仕事したいからギルドに入ったんだよな。クソ親父と対立するようなことがあったら、遠慮なくぶっ放して欲しい。

あとそろそろさん付けやめようぜ、リーダー。』


ここまで書き終えて、俺は二冊の本をまとめ、我らが無知で天才なリーダーの歌姫に送り返した。


次の日の朝。

あいつは全員と比べ、ちょっと遅い時間に起きてきた。

そして全員がいると確認したように見回し、頷き、一枚の紙を俺たちの前に落とし、朝食を食べ始めた。

興味に負け、内容を全員揃って見た。

俺含む、全員の顔に笑みが浮かんだことは言うまでもない。


===


『マリ=ホワイトリバー

またの名を

シラカワ マリ


黒髪茶目。18。仕方なく歌姫やってます。

日記を読まれたからには言わないとかもだけど、今はまだちょっと言えない。

だからその時が来るまで、出身地とか過去とか訊かないで欲しいかな。

ここではホワイトリバーで通すつもりだから、もう一つの名前は秘密にしてください。


ラクト、これからも前衛お願いします。

サビナ、代わりに魔法のコツ教えてください。

アーサー、それほどかしこまらなくてもいいと思います。めっちゃ強いだろお前。

カシス、ハーフエルフの件について後で詳しく。

ランス、いつも先陣切ってくれてありがとう。頼るよ。』

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