第7話 歌う阿呆に聴く阿呆

「これ絶対いいえ選んだらループするやつ」

そう判断して、王都から来た兵士の依頼を聞き届けた。


内容は至ってシンプル。最近町外れの墓地にて屍を操ろうとしている他国の魔法使いたちが続出しているみたい。敵対している国の兵力増加に屍を使われてはひとたまりもない。そいつらを一掃せよ、生死は問わない、と。


「18歳に与える試練としては内容エグいな?」とつぶやいたら、周りの全員が頷いた。ありがとう。

「だがそういうことを頼めるほど手が空いていて腕が立つ冒険者はお前らくらいしかいない。」と兵士の弁。

「後半だけだったら受けてたんだけどなぁ。」ランスさんがぼりぼりと頭をかく。

「マリ様に魂の操り手……ネクロマンサーを相手しろと?」アーサーさんが番犬モード入った。睨むだけで火が起こせそうな眼光。どーどー。

「ネクロマンサーの相手はAランクの魔法使いでも難しいよ。」サビナさんが援護。

「あ、だから兵士じゃ歯が立たないから依頼するんだぁ。」カシスさん、毒舌。兵士は苦い顔しながら話を聞き続ける。

「で? どうしたいんだ。」ラクトさんが〆を飾り、ウチに訊く。もともとこの依頼は『歌姫』、つまりウチに宛てられたものだ。のでウチが最終的な判断をする。おかしいな、このチームのリーダーはラクトさんかサビナさんだと思ったんだけど。

「とりあえず、報酬としてはどのようなものがありますでしょうか。」
それが一番気になった。

「私たち王都の者らにできる事であれば、全面的援護をさせていただきます。」と兵士さん。

ウチはみんなに視線を合わせる。

「皆の衆。八人入る家、手に入れに行くぞ。」


満場一致で依頼を受けたのは言うまでもない。


兵士の説明によると毎晩墓を荒らしにネクロマンサーたちが来るらしい。盗んで行く死体は毎晩ひとりふたり程度だが、毎晩だからえらい数になってそう。

その日の夜、ウチたち六名は墓場の淵で人がいないか見張った。ラクトさんがくぁ、とあくびをして、それがみんなに行き渡る。あくびってうつるよねー、うんうん。

夜も更け、あくびの頻度が増えて来た。

瞬間。

「誰かいる。」とランスさんが小さく一言。全員の緩んだ顔が一瞬で本職の顔になる。

ウチは目は良くないけど悪くない。でも誰かがいることはわからない。その分ランスさんはすごいなぁ。

「……何か喋ってる、気がするな。気がつかれないように近づきたいけど何かあるか?」ウチに向けて問う赤い目。

もちろんありますとも。ウチのレパートリー舐めんな。

ウチは気づかれないように小さく、でもわかる程度に口ずさむ。


「♪1・2・3で死線抜けて 闇を斬り裂けるのなら 背中を合わせて 虚像の街で生きてゆける」


ランスさんの体の周りに、紫の輝きが渦を巻く。ウチの読みが当たっていれば、これで気づかれないはず。

「あんがとな。」そう言って、金髪が墓地の奥地へと消えた。


五分ほどしただろうか。冷たい月に照らされながら待っていたら、突然ランスさんが戻って来た。紫が消えてるってことは気づかれてない?大丈夫?

「どうだった?」アーサーさんが訊く。

「魔導師が三人。墓荒らしの理由は分かんね。あいつら、この行為は『魔王に対する抵抗手段だ〜』だとか言ってたけど、多分あれは狂人だな。」ランスさんの目線が冷たい。

「とりあえず、屍を呼び起こしたら出ていって、辞めるように説得、かな。戦闘準備を怠らないように。」サビナさんがそう言う。


途端、カシスさんがくしゃみした。結構声大きいのな。びびったーよ。

「誰だっ?!」と知らない人の声。

やっべ。


ネクロマンサーって呼ばれるだけあるね。ウチたちが阻止しようと飛び出した瞬間、墓地の地面から無数の腐った死体がボコォって出て来た。それらが全部ウチたちを襲おうとしてんだよ? 墓石も邪魔、足場全てから敵が現れるかもしれない。夜中だから視認も難しい。まったく、面倒な奴らよなぁ。

「全員、倒しきるとなると……いささか厳しいです、ねっ!」アーサーさんが炎の壁を展開させる。結構な数を倒せるけど、まだまだ足りない。

「遠距離攻撃ができる人は、ネクロマンサーを狙って! 大元を叩くよっ!」サビナさんが杖の先端に光を集め、白く輝く一閃を打ち出す。だが相手も魔法使い、彼らの放った黒い一閃と正面衝突して、光は消える。カシスさんの弓矢も相手を狙うけど、もうちょっとで本体に当たると言うタイミングで死体が盾になる。

「とにかくこいつらが邪魔だな!」ランスさんは武器がナイフなので、一番苦戦する。息の根をとめる一撃は、既に死んでいる相手には効果がない。

「マリ、どうにかならないか?!」ラクトさんが屍の首を片手剣で落としながらこっちに叫ぶ。首が落ちた体からはどす黒い液体が流れる。見ないフリ見ないフリ。

ウチだって頑張ってんだよ! 立体音響で相手のボディーめがけてフルスイングするけど、ウチの力じゃどうにもならない。頭めがけて突き刺すか? いや、それはそれで嫌だ。

ああもう、こうなったら試すしかない。

「すいませんっ!」と一言、下で眠っているであろう体に断りを入れ、倒れた墓石の上に立つ。

立体音響を一番混戦してる場所に向け、伴奏石をひねる。


これで起こるは死体増加か、はたまた死体を操る力か。


「♪しかばねの踊り しかばねの踊り 生きてゆくのはつらかろと……」


異臭と呻きと肉が切れる音で埋まった夜に、もう一つの異様な歌が流れ始める。相手のネクロマンサーたちはウチが何をしているかわからない、その恐怖からか闇の一閃を放つ。墓石の上だ、微量とはいえ目立つ場所に立っている。

「させぬ!!」アーサーさんが煉獄を生み出し、放つ。赤く輝く炎は闇を消し去った。ほんと助かる。


「♪うれしたのしのしかばね音頭 きみも仲間に入れたげる」


ウチの足元で黒と紫の風が渦を巻く。ああ、これが「闇」の属性の魔法にカテゴリされるんだ。


「♪有象に無象の魑魅魍魎 さぁ墓場で踊りましょう」


「チャチャ ウッ♪」と決めた瞬間、足元の渦が墓地全体にはじき出される。膜のように薄く墓地全体を覆う闇。その膜に触れた途端、攻撃を止める死体たち。

操る方でよかった。

自分が魔力と作戦を費やし、苦労して呼び出した手下たちが歌一つで全て反逆する。ネクロマンサーたちにとっては恐怖でしかなかろう。「ひぃ」、と声も出せないまま立ちすくんでいる。

サビを歌い終わってもたちぼうけな魔法使いたち。一陣の風が静かに吹く。

「逃げるなら今、かな?」

そうウチが言ったら、黒いローブを翻し、我先にと逃げていった。


「一件落着、でしょうか?」とカシスさんがこっちにやってくる。月明かりの中でみんなをよく見ると、怪我だらけだ。あとで回復薬をバッグから自由に持ってけって言っておこう。でも、今は。

「いんや、まだこの死体たちを眠らせないといけないよ。」

墓地から逃げ出して街でパニックを起こさないように、今ここで全員沈静化させないと。

「でも、そんな魔法使える人いたかな?」サビナさん、ウチのレパートリーを。ウチが元いた世界の皆さんの発想力を、なめてかかるんじゃないよ。

もう一度、立体音響を握る。伴奏石はすでに二曲目に移行している。

ラスサビだけだけどね!


「♪自分がない 自分がないから浮かばれない 持論がある 持論があるから報われたい 流行りに乗ってるけど好きでやってんの、ねぇ それとも魂売って自分殺してんの……」


死んだ体に偽りの魂。さぁ、流行りの波と共に消えゆくが良い。

歌がラストにいくにつれ、死体は事切れて地へと落ちる。歌い終える頃には、地面は体で覆われていた。

埋めないとかもだけど、そこまではわからんのでほっといた。


「依頼完了です。これでまたネクロマンサーたちが戻って来たら、もうどうしようもないですけど。」

次の日の朝、みんなで宿を出てギルドに行ったら、あの兵士さんがいた。ので、説明した。

が。

「倒したと言う証拠はあるか?」

……あれ、そういえばあいつらを追い払ったけど、証拠という証拠は…?

「ここにあるぜ。」ランスさんが黒光りする石を三つ、テーブルの上に置いた。

「あいつらが昨日の夜、お前の歌で呆然としてたからさ。思わずスッちまった。」茶目っ気のあるウィンク。あの時吹いた一陣の風ってお前かい。ナイスプレー。

石を一つ手に取り、眺める兵士さん。最終的に頷いた。

「確かにこれは上級闇魔導師のみが扱えるという漆黒の魔石。よかろう、依頼遂行と認識する。」兵士長にもこの働きを報告するとしよう、と。やったね。

おっと、忘れるとこでした。

「報酬と言っては何ですが、八名が住める家ってありますか?」

「兵士長がその報酬を許可するなら、それも手配しよう。」

やっと家でくつろぐという贅沢ができる。

そう喜んでいた。


後日、つれてこられたのは明らかに八人も住めない、オンボロな家だった。ギルドからも遠いし不便極まりない。

「お前たちはまだまだ駆け出し。これが無償で与えられる最上級の居住区だとのお達しだ。」兵士さんは冷たく言い放ち、踵を返して石畳の道を去って行った。


「倉庫にもままならねぇ」

ウチのつぶやきに、他五人、全員が頷いた。

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