第4話 歌えば竜をも倒すはず

「正直すまんかった」

代わりにドラゴン退治することになっちゃった。てへぺろ。


「もっと後先考えてから歌えよな。」ラクトさんにブツブツ言われながら森の中を歩く。目指すはそのドラゴンが出たと言われる火山。

「いや、ウチああいう人がすごい苦手だったんです。」新たに手に入れた自分専用の杖もどき、『立体音響』を握りしめてウチもてくてく。嘘は言ってない。ああ言ったグループが苦手だから、学校でもウチはぼっちだった苦い思い出が。

「そろそろ言い合いやめよう? これをこなせたらマリちゃんはCランクに入れてもらえるんだよ?」とサビナさんがサポート。過去に例がない人物だからか、結構特別扱い。おまけにちゃんと旅立つ準備もさせてくれた。足腰は鍛えてあるので荷物持ちも案外苦じゃない。


と、前の方で騒ぎが聞こえる。森の中を突っ切っているが、公道も横切るルート。そこで何か起きたみたいだ。

女性の悲鳴が聞こえた瞬間、ラクトさんとサビナさんが超ダッシュした。

現場に着くと、荷馬車が盗賊に荒らされていた。いや、もっとひどかった。荷馬車を引く馬は血みどろで倒れてるし、人間も全員ばっさりやられてた。女子供問わず。そこに群がる、粗悪な革のつぎはぎでできた服を見にまとった、柄の悪そうな男たちが複数。いい獲物が狩れたと、下品な笑い声を上げている。

もう手遅れだとは思うが、ラクトさんは剣を抜き、サビナさんは杖を構える。え、ウチの武器持った初陣がバーサス人間て。魔物だったら消えてくれるけど人間の体は消えないと思うんですがそれは。

ぎゃははは、と笑い声をあげる盗賊らとの戦いが始まった。盗みがうまく言ってハイになってるのだろう。ラクトさんはナイフの連撃をうまく剣でいなし、カウンターを狙っている。サビナさんは詠唱時間が短いのだろう、初歩的であるって言ってくれた炎の魔法を撒き散らす。確かに対人戦だと思考スピードが重要になるよな。

そこで盗賊たちは何もできないでいるウチを狙った。ラクトさんがウチの名前を呼ぶのが聞こえる。

ウチはというと、立体音響を構えていた。円錐の広がってる方を相手に向けて、一息。

何もできないと思うでないわ。


「♪今 打ち鳴らす衝動の刃が世界を砕く 朝焼けが追いつく前に ぐしゃぐしゃに割れた音で構わない」


「今」の「ま」の時点で衝撃波が発生し、盗賊はぶっ飛ぶ。「衝動の刃」で服もあらかた切り刻まれる。


「♪天樂を」


光の柱が無音で降り注ぎ、神罰が下される。音さえも搔き消える、強烈な光の中、ウチは。

「(あ、あの歌も同じ効果でそう)」くらいしか考えなかった。


光が元に戻り、目が太陽光に慣れた先に広がる光景。盗賊たちは血を一滴も流さないままにのびていた。光の柱が出た時は環境に甚大な被害を与えるかと思ったけど、荷馬車はそのまま、木々もノーダメ。完全勝利なり。

「やりすぎ。」サビナさんから痛くもないげんこつをいただいた。

「いいじゃないですか、なんとかなったんですし。」と魔道書にメモりながら言い返してみる。

「ああ。だが、お前が接近戦に弱いことはわかった。」ラクトさんがウチにいつかナイフくらいは教え込んでやる、と言いながら、盗賊のリーダーであろう男の持っていた麻袋を覗き込む。

と、コロリと何かが袋から転がり落ちる。

小さな穴が四方八方に空いている銅の指輪。一つだけ白い石がはめ込まれている。

「あ、懐かしい。」とサビナさんが指輪を拾い上げる。

「なんですか、それ?」魔道書を閉じながら聞いてみる。なおさっきの歌の予測性能は白兵戦用、実際性能はノックバック+ジャッジメントだった。

「触れている人が心に念じた声をこの石が発するの。この指輪の中が空洞になってて、この穴から声が出てくるって仕組み。石が心を読むって占いに使われてたけど、今は子供達用のおもちゃね。」サビナさんが丁寧に説明してくれる。

「声だけですかね?」と受け取り、一曲念じてみた。


てってってー、てってれってー♪


声だけじゃない。


ウチは完璧な伴奏を手に入れた。

これで歌いやすいし歌う気にもなるってもんだ。


===


歩き続けて三日目かな。火山の麓に来ました。熱い。活火山ですかここ。そもそもカシスさんとランスさん(あ、名前覚えてられた。やった)はなんの依頼でこんなとこまできたのか。

「いつ来ても熱いな、ここ。」ラクトさんが汗を拭う。ウチみたいな薄着じゃないから余計熱そう。……あれ、いつ来ても? 前に来たのこんなとこ?

「さっさとドラゴンを探して倒しましょうか。」倒せるかどうかもわからないけど、と呟いたのを聞き逃しませんでしたよ、サビナさん。

「火山ってことは火龍的な何かですよね。水とか氷とかぶつければいいんですか?」

「それができれば苦労しねーよ。」ラクトさんがため息。

「水魔法は周りの水分を扱うの。だから全てが蒸発しきってしまう火山や砂漠だとほとんど使えないに等しい。良くて風魔法が主体になるね。」サビナさん、そういえば炎撒いてたけど炎特化の魔法使いさんだったのかな。やばいかな?

と、突然。

空を切るような鋭い咆哮が脳に打撃を与える。ぎゃおーん、とか言葉にもできない音。風圧が突如体にのしかかり、ウチは地面にへばりつく。ズシンと地面が揺れ、目の前に赤い鱗の竜がいた。

もう、ガチで龍!って感じだった。腕がそのまま翼。ツノは二本で黒くてうねる。下顎から腹にかけて白いのは爬虫類のおなじみ。爪黒い、でかい。足も筋肉隆々。そりゃあんな巨体を地上で支えるためですもの、納得。鱗ギラギラ。目は緑、片目が潰れてる。そりゃ怒るわ。

正直怖い。あんなんちびりますわ。

「下がってろ!!」ラクトさんが鱗の隙間をめがけて剣を突き出す。サビナさんもドラゴンの炎を自分の魔法でかき消したり、回復を施したりと大変そう。ドラゴンは物理にも魔法にも高い耐性を持つ鱗が厄介だとか言われてたっけ。

というか、こんなことになったのはウチのせいだよな。

だったらウチが責任取るしかないよ。

ウチは中指にはめた伴奏石の指輪をねじり、石が隣の指の肌に接触するようにし、立体音響を地面に突き刺した。


「そういえばあなたの歌の力、少し観察したんだけど。」

火山目指して歩いて二日目の夜。焚き火の前で伴奏石の指輪を見つめるウチにサビナさんは話し始めた。

「あなたの……『魔力』はね、言葉に由来するものだと思うの。実際、あなたが言葉を発している時しか魔法が働かないでしょ?」

「……確かに。」とっさのことだらけだったからサビしか歌ってないが、なるほど一理ある。伴奏が流れていないから歌ってる途中に空白ができるのが気まずいって意味もあるが。コトダマってやつ?

「でも、こうやって普通に喋ってるときは魔法が起きないでしょ?」

「起きませんねぇ。」

「だからね、あなたが『歌』だと認識したら『魔法』になるんじゃないかって仮説を立てたの。」……ほう。

「その手のものだと、他には『感情をもっと込めると効果が強くなる』だの、『歌うことにもっと集中する』、例えば『替え歌や別言語』などだったら『効果が強くなる』、とか色々考えられますね。」ウチも持論展開。

本当はどうか知らんけど。試すしかないよこれは。

と、タイムアップ。

「お前ら、明日も早いからそろそろ寝ろ。」ラクトさんがウチたちを野営用テントに押し込める。彼が夜の見張りの前半をするみたいだ。サビナさんが後半。ウチは未知数だから無理させないという方針見たい。ウチも夜更かしは得意なんだが。

昨日の話。


今、それを試す時が来た。

指輪から音を流し、これから歌う曲の伴奏を任せる。

ドラゴンに苦戦するあの二人をどうにかして助けたい。

まぁカッコつけたくもなる。


「さぁ、空を見に行くぞ。」


てってってー、てってれってー♪


周りのみんなの流行に乗れるように、ここにくる前に必死に覚えた歌だ。言語? 知るかそんなん。感動? 歌に詰め込んだ。あとはこれが電子の歌姫じゃないから効果が出るか否かが心配の種、そんだけ。

行くぞオラ!


「♪サキガナレク メワニテ ディダリワバチュ ニラガッケ オラハヴェオラ ディディザツェ」


おっおっおー、おっうぉおっうぉー!


効果はというと、抜群。前奏が流れ出し、ノってきた瞬間から、周囲にカラフルな泡が現れた。ドラゴンに接近し、破裂する泡、飛び出す様々な色の液体。液体だから水カウントなのか、苦しむようなドラゴン。飛んで回避しようにも、色付き液体が思ったより重いのか、飛べないドラゴン。すまんな、これも依頼なんだよ。吠えてもその振動で泡がさらに割れるだけよ。

「いいよマリ、その調子!」攻撃の手を止めるサビナさん。火龍に炎はやばいからねぇ。

「こんなじゃ俺たち商売上がったりだな……。」とウチのそばに撤退するラクトさん。ごめん。

だが抵抗を止めないドラゴン。鱗の間に入り込んだ液体込みで重い体を引きずって、こっちにじわじわと寄ってくる。

「もっと火力出ないの?!」サビナさん、パニクるの巻。

大丈夫、この歌は二つ連続だ。タイミングも完璧。伴奏石グッジョブ。

ラスト一分、行くぜ!


「♪ライゾンネイ にゅらざすてい ディスミサイドン ギャロ ギャロ……」


二言語複合の威力は高かった。泡の頻度、液体の粘度が増す。色もさらに派手になった気もする。だが気にしない。この歌は言語が複数、元を正せば歌い手も二人分。それを同時に一人で歌い切るんだ、気を抜くと間違えるし噛む。

だがやり遂げてみせるよ。ウチの数少ない得意ジャンルだもん。


「♪ビティンヌ WOW」


歌い切る。


そういやこの歌、トドメ刺す要素ないな?

そう気づいたのは歌い切ってからだった。


粘度の高い液体で体を覆われ、それでもなお「邪魔をされた」だけにすぎないドラゴン。地面にへばりついた巨体の口元で白に近い黄色の光が集まる。

「まずいぞ、逃げるんだ!」ラクトさんがウチを引っ張ろうとする。

「火炎が来る! 死にたいの?!」サビナさんは既に少し距離を置いている。


気づいてないみたいだ、伴奏石が三つめの曲に移行したことに。

すまんな。この歌はあとちょっとだけ続くんじゃ。

明るくなった伴奏石のテンポと動く気配がないウチ。「ったく!」とラクトさんはサビナさんと逃げ出した。でも見える範囲にはいるんでしょ。

テンションマックス。行くぞ。

ドラゴンが丁度のタイミングで炎を吐き出す。ウチも曲に合わせ、最後の歌詞を立体音響に叫びこむ。

歌詞かどうかは聞くな。


「マ゛—————————————ッ!!!!」


音と力と魔法が練りこまれた、渾身の一喝。炎と正面から激突したウチの声は、一瞬その場にとどまり、そして炎を突き破った。鱗一枚ないドラゴンの体内へと直接衝撃を放つ。

守りゼロでこの音声キャノン受けてみろ。魔王とかでも霧散するレベルだと思うんよ。


実際ドラゴンは霧散した。大量の鱗やあの一対の角、翼の膜の一部や爪、血の入ったボトル、そして金貨一枚を残して。

「ほんとこのカバン便利よなー。」そう呟いて一つ一つ丁寧にカバンに入れていく。いくら入れても終わりが見えない。正直一番魔法力高いのはこのカバンじゃないかと思う。

「……終わった、のか?」ラクトさんとサビナさんが茂みから出て来た。二人とも葉っぱが髪の毛にいっぱい乗っかってて、少し笑った。


「以上、ドラゴン三分ちょいクッキングの終了です」

これでギルド内でのランク上がるかね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る