第3話 歌にも人にも種類あり

「えーと、こういう能力持ちですが、職業欄にはどう書けば良いでしょうか。」

歌姫なんて史上初みたいだ。そりゃウチみたいな力を持つ人が他にもいたらビビるわな。


今日起こったことをおさらいして、一晩明かす場所が欲しいと言ったら、ディースさんがここの近辺で一番オススメの宿、「星々の演奏会亭」の場所を教えてくれた。だがウチは街中の通りの名前もわからないので、結局はラクトさんとサビナさんの案内付き。一晩75ピリン(ここのお金の単位。1と書かれた銅貨は一枚1ピリン、25と書かれたやつなども存在するらしい)というので、25と書いてある銅貨を三枚支払った。

とりあえず、あの怪我人治しのイベントの後、ギルドのメンバーだということを証明するカードを手に入れた。最初はFランクから初めて、そこからE、D、C、B、A、そしてSのランクに上がっていくらしい。でもウチにくれたのにはDって書いてあった。

「そりゃあ最初からCランクの殲滅依頼をこなして、さらにSランクの回復術者でも難しいとされる『反動なしの死者蘇生』を目の前でやらかしたからな。」とはラクトさんの弁。

「そんな難しいことなんです?」食堂で夕飯を食べるウチたち。スープにパンを浸しながら聞いてみた。米が食べたいが贅沢は言えない。

「死者蘇生ともなると、もう回復じゃなくて死霊に関するからね。一文字でも詠唱を間違えれば魂を入れ損ねた屍が動き出すの。そして死者を呼び戻すんだから、術者に反動があってもおかしくない。」サビナさんめっちゃ怖いことを当たり前のようにぶっ込んでくる。

「じゃあそれを歌ひとつでやっちまったウチは」

「明日から忙しくなると思うぞー、主にそういうことで。」ラクトさんがお酒っぽい飲み物が入ったコップからぐいっと飲み干す。

あ、ちなみにウチ、この二人の新たなチームメンバーとして登録されました。チーム名「レグシナ」っていうみたい。どっかの戦闘と勝利の女神様の名前だってさ。知らんわ。


「よーう若造、飲んでるかぁ?」突然、でっかいおっさんがラクトさんの背中をバンと叩く。あーあ、ラクトさん、飲み物が喉に引っかかって苦しそう。笑いながらおっさんは自分の席に戻って行った。ちょっと目を向けると、荒くれっぽいのが六、七人くらいで宴会してる。どんちゃんの大騒ぎで、この宿のおかみさんらしき方も苦笑いしてる。迷惑はかけないことって習わなかったんか?

「ちょっとあいつら止めて来て良いすかね。」

「危害は与えちゃダメだからね?」サビナさんが席を立ったウチの背中に心配そうな声をかける。

大丈夫、こういうのに最適な歌は思い出した。

食べ物をボロボロこぼして、騒いで他の人の迷惑になるやつらにはこうだ。

その席のそばに立って、歌が口をつく。


「♪頓珍漢 消化器官 対 毒性 暴飲暴食 昏倒寸前 妄言多謝 悪酔強酒之弁 一触即発 前後不覚 無間地獄後 理論武装 自問自答 続行 毀誉褒貶 流言飛語 罵詈雑言 嘲笑 炎上 防災訓練 疑心暗鬼 虎視眈々 扇情」


呑むなら潰れてだまらっしゃい。

サビが続くにつれ、だんだんと男たちの顔が赤みを増し、目も虚ろになって行く。


「♪諸行無常 伽藍堂 酩酊千鳥足之百鬼夜行、うぉううぉううぉー」


そこに残ったのは、どう誰がみても悪酔いした男たちが、テーブルの上で突っ伏している姿だった。あー酒臭い。おかみさんに一礼して自分の席に戻り、ちょっと冷めたスープを飲み干す。

「変な状況に対応する歌持ってるんだなお前。他人を悪酔いさせる魔法なんて誰も持ってないし聞いたこともないぞ。」ラクトさんが呆れたような、驚いたような顔。彼の顔もちょっと赤い。しまった、歌の範囲って知らなかった。ラクトさんも悪酔いしたら困る。

「そんな魔法を得意とする人がいたら逆に会ってみたいですわな。」

そういえば。

「サビナさん、真っさらな本と筆記用具ってありますか?」

今夜は己を寝かせまへんで。


自分に当てられた部屋に入り、早速もらった本を開く。最初のページには自分の名前と用途を示し、次のページから内容を書き込む。記憶頼りなので時間がかかるし、正確さも確かじゃない。そして効能は試さないとわからないので、まだまだ白紙が多い。だがやり遂げてみせる。でもパターンはつかめてきたので、予想を書き連ねてみる。その時点で危険そうなもの、よく使いそうなもの、予想がつかないものなどと選別。

そう、これは。

ウチの覚えている歌、そしてその効能を記した、いわゆるウチ専用の「魔道書」になるつもりだ。

一息ついて、ふと窓から夜空を見上げる。月がぽっかりと浮かんだ夜空は、ここに来る前のような夜の光や喧騒に阻まれることもなく、ただただ綺麗だ。

体が勝手に歌を口ずさむ。


「♪終わらない雨の中で抱きしめて あなたが答えを隠しているのなら……」


効能はないように思えたが、夜空がそれに反応するように瞬いたような気はした。


===


次の朝。サビナさんに起こされた。夜通しで魔道書を作っていたと説明したら驚かれた。そして実際の本をパラパラと見せたら「何これ?!」と目を白黒された。ボカオタで悪かったな。そういえば昨日の夜は眠気と戦ったせいで思いつかなかったが、電子の歌姫産じゃない、他の歌は効果があるのだろうか。後でやってみよ。

「えー、では今日は何か依頼とかこなすのですか?」と聞いてみる。

「その前に、だ。」ラクトさんがウチの頭をぽんと押す。

「自分を守れるような服装や武器が欲しいだろ?」

「歌あればなんとかなる気がしますが、そうですね。」とウチは素直に答える。

なぜ呆れられるのか。解せぬ。余計な出費にならずに済むじゃないか、と説明したが、サビナさんに服屋に連れ込まれた。店名「リーセの服屋」。ラクトさんは別行動。ウチでも扱える剣とか探しに行ってくれたのだろうか。

中に入ると目がチカチカした。めっっちゃカラフルやんけ。赤いローブが右にあれば、緑のチュニックが左にあり。白と黒のベルト過剰な服もあれば、灰色の鎖で作られた帷子もあり。いやー、目が痛い。

「いらっしゃいませー!」と奥から栗毛の女の子が出てきた。ウチと同じくらいの背丈で、耳がとんがってる。エルフ系? あれ、エルフって人苦手じゃなかったっけ。

「この子のために女性用の服を5着ほど、下着も込みでお願い。」とサビナさんが慣れたようにオーダー。

「はいはーい!どのような職業向けでしょうか?」エルフちゃんが笑顔を崩さずにウチをじろっとみる。目が大きいな。人を見るだけでサイズ測れるのかしら。

「『農民』でお願いします。」

「えっ。」ウチの一言でエルフちゃんが止まる。

「目立たない方が戦場で色々と便利じゃないですか。あと地味でありふれた素材の方が値も高くないし、長持ちします。あ、でもチクチクしそうな素材は苦手です。」論で勝負だ、服屋さんよ。

「……お客さん、良い線つきますね。」エルフちゃんがにんまりと笑う。人外こえぇ。裏から一般人用のストックを持ってきますので少々お待ちを、と走り去って行ったエルフちゃん。

「どうして職業を言わなかったの?」サビナさんが訊く。

「『歌姫』なんて言ってみ? ド派手なドレス系ローブだの露出系だの飛んで来ると思うんよ。」サビナさんはいけるかもだが、ウチにそれは着こなせる気がしない。

ああ、とサビナさんが納得した時、エルフちゃんが服を持ってきた。若草色の縁取りがされた白いシャツ、袖のない茶色い半ジャケット、黒い半ズボン。そう言ったタイプのが5セット。まぁベーシックで良いと思う。だが黒レースの真っ赤な下着はチェンジさせてもらった。誰がつけるかそんなもん。

総額300ピリン。1と書かれた銀貨3枚分。相場はどれほどかわからないが、サビナさんが何も言わないからこれであってるんだろう。ウチは肩から下げたカバンから銀貨を取り出し、エルフちゃんに渡した。

「ありがとう、リーセ。また来るね。」サビナさんがそう言って気づく。ウチ店長をちゃん付けして頭の中で呼んでた。

やっべ。


「よう。」サビナさんについていくとラクトさんがいた。彼の前にあるお店は煙が登る赤煉瓦の建物。多分武器屋なんだろうな。看板には「白金山脈堂」。

「ここの中でちょっとお前にも使えそうな武器を探してたんだがな、ダメだったよ。」はぁ、とため息をつくラクトさん。貧弱でごめん。

「魔道武器とかもみていかないとダメかも。一緒に入りましょう。」サビナさんがラクトさんとお店に入る。ウチもついていく。

ファンタジーもの好きな男子なら垂涎もんやこれ。金色の暖かな照明に照らされる金属の山。壁にずらりと並ぶ剣、槍、斧、大槌。装飾もしっかりと施されていて、みているだけで心が幸せになる。まぁ触りはしませんが。怪我したり壊したりはダメですので。

ラクトさんたちは杖のコーナーにいた。ウチも見てみる。なるほど、こちらも宝石だの金属だので飾られた木製の杖がずらり。あー、キラキラしてるのって良いよね。

「これはどうかな、魔力を集中させるのが簡単になる……」

「いや、あいつは魔力そのものがない。異例すぎて見つからないかもな。」

ウチのことなのに他人事に聞こえてしまう。難しくてごめん。

と、一本の杖に目がいく。

全体が金属製。持ち手には黒い革が巻きついてある。まっすぐ伸びたボディの先には、同じ金属の細い糸が絡まってできた円錐が横になってひっついている。円錐の尖った先端は切り落とされていて、そこには赤い宝石が一つ。ボディと円錐の繋がる部分、円錐の中心には緑の宝石が一つ。円錐の底辺、円となっている真ん中には青い宝石が一つ、そしてその青い宝石をそこで固定している、放射線状にある六つの金属のロッド。

マイクスタンドにメガホンくっつけた形してた。

「これ良いかも。」

ウチのつぶやきをラクトさんとサビナさんは聞き逃さなかった。

「あれ、新商品かな……? 見たことない形。」

「マリ、値段はどうだ?」

ラクトさんに言われて探してみる。他の杖は台座に値段が書かれているが、この杖は同じところに「未定」とある。

「すいませーん、これいくらします?」とお店のフロントに持っていってみる。ちっちゃいひげもじゃの男性がいた。これがドワーフってやつかな?エルフといい魔法といい、今更だがめっちゃファンタジーだなこの世界。

「……一千万。」ぶっきらぼうな声が杖をチラッと見て宣言する。

「詐欺じゃねぇか!」ラクトさんが声を荒げる。どーどー。

「そうだよね、他の杖も高くて一万くらいしかしなかったよ?」サビナさんもびっくりしてる。一万も高いと思うが。

「材料費、製造費、魔力注入費込みだ。払えないなら返してこい。」ドワーフさんがこっちを見ずに言う。

そこまで徹底するならウチも戦闘しますわ。

魔道書をペラペラと開き、目的の歌を見つける。『予測性能:お金に関する何か』と書いてあるが、さて。


「♪買えないものなどないのです 転じて言えば何物にも 値段をつけて売るのです 損得の感情はないの」


サビを歌い終えた瞬間、杖の上にふわりと数字が浮かぶ。250。周りの他の武器などの上にも数字が浮かぶ。ウチが手にした杖以外は値札と同じ数字が浮かび上がっていた。

「『実際性能:金銭的鑑定』、と。」メモしながら横目で他の二人を見る。

ドワーフさん、二人に睨まれて縮こまっちゃって。すまんな。


迷惑費込みで300払い、ウチはやっとこさ武器と防具というフル装備を手に入れた。ドワーフさん曰く、この杖は声を増幅させる、いわばおもちゃみたいなものだと。だったら尚更詐欺やんけ。

ギルドに戻り、依頼を受けられるかな、と思った矢先。


「昨日我がギルドメンバーを襲ったドラゴン退治のためにこちらに赴いていただきましたハンターたちがしばらく行動不能になりました。彼ら曰く、あなた方が原因と。代わりにドラゴン退治へと赴くようにとのお達しです。」


ディースさん、今なんと?


「正直すまんかった」

隣の二人に睨まれて縮こまりました、はい。

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