冷と涼んだ夏の思い出

ピスタ

一話

「もう七月か……相変わらず暑いね、れい

「そうですね英機えいきさん!」

 そういいながら彼女は抱きついてくる。彼女の肌は相変わらず冷たい。

 俺の名前は広田英機(ひろたえいき)、中学2年生で、俺に抱きついている彼女の名前は冷(れい)だ。

 父は福岡県に単身赴任中、母は他界し、俺の住んでいる一軒家には一人だけ。二階建て2LDKの部屋は俺には広すぎる。


 二週間前だろうか、一人さびしく過ごしていた時に、父から俺の背丈より少し大きいダンボールと手紙が送られてきた。

 そこには『最近の日本は暑いからな、試しに買ってみたがお気に召すかどうかは分からない。よかったら使ってみてくれ。父より』だそうだ。

 

 十年前、地球温暖化が原因なのか地球の地軸が捻じ曲がったのかは知らないが、地球から四季が消え、一年中夏となった。

 夏野菜以外の作物の価格が高騰したり一年中アイスが売れるようになったりコタツ文化が消え失せたり女子の制服の背中が透けたりと、様々なことが起きたらしいがそこは良くも悪くも日本の適応力、十年も経てばそれが普通になってしまった。

 そして父から送られてきたダンボールの箱を開けると中には説明書と人らしき人形が入っていた。

 説明書には自律型空調設備シリーズ‐No.3 エアコンと書かれている。

「えっと、起動するには尻の付け根に付いているプラグを伸ばしてコンセントに差し込んでください、か」

 一応服、若干軽装甲の鎧みたいなのを着ているので俺は彼女が着ているスカートの中に手を伸ばし、プラグを探す。

 大丈夫、これは人形、人じゃない、人じゃない。感触も人と何ら変わりなく設計されているためなんか複雑だ。

「お、あった。これをコンセントに繋いでーその後は何をするんだ?」

 起動するまで約三分、カップラーメンでも作りながらお待ちください。

 なんだこの説明文。まあいい、言われたとおりにカップラーメンを作り待つことにした。

「起動確認、機能各所の正常確認、製品番号A11C4514、自律型空調設備シリーズ‐No.3起動します」

 彼女の目がゆっくりと開いていく。そしてこちらを確認すると体をこちらに向け話しかけてくる。

「貴方が私のマスターですか?」

「悪いけど僕はどこぞの戦争に参加する気は無いよ」

「では違うのですか?」

「いや、君のの持ち主は」

「わかりました。ではこれから持ち主の設定を行いますので次の質問に答えてください―」

 答える前に話を進められてしまった。この後、好きな気温、湿度、他にも好きな食べ物やらゲームやら関係の無いことも聞かれた。

 そして彼女は辺りを見渡す。多分部屋をスキャンしたのだろう。

 艶のある長く白い髪と決め細やかな白い肌は人が作り出した物とは思えない。

 自分より少し高い身長とプラスチックでできているであろう軽装甲と白を基調としたワンピース。時々光るお知らせのランプは実にエアコンらしい。

「では以上で起動確認及び主人の設定を終了します。これからよろしくお願いしますね」

「う、うん。よろしくね」

 そして話は冒頭に戻る。

 やはり二週間経っても冷との生活は慣れない。ちなみに冷と言う名前は来て一週間ほど経った頃、「ねえ」や「ちょっと」で決まった呼び名が無く、不便に感じたので名前をつけることになった。

「名前、ですか?」

「うん。名前がないと何かと不便かなーと思って」

「私の名前は自律型空調」

「そうじゃなくてさ、もっと呼びやすい名前と言うか、そうだ、冷(れい)とかどうかな。暖房もついているみたいだけど一年中暑い日本じゃ滅多に使うこと無いと思うし……」

「とてもいいと思います! 私の名前、冷ですね。わかりました。これから私の事は冷とお呼びください」

 机に向かい合って座っていたのだが、彼女は身を乗り出し目を輝かせるほど喜んだ。

 喜んでくれて本当に良かった。

 

 最近のエアコンは高性能だ。人の体温からその人に最適な気温と湿度を計算し、合わせてくれるのだ。

 食事とお風呂は必要無く、水は必要らしい。トイレとかもするみたいだ。人間ぽくて、そうでもない、何とも不思議な感じだ。 

「英機さん、ちょっと来てください」

「ん、なに?」

 冷に呼ばれてやっていたパソコンゲームをやめて振り向く。そこには正座をしてこちらを見つめている彼女が居た。

「ここに寝てみてください」

 彼女が指を指している場所は太ももだった。

「え、僕ここに寝るの?」

「はい、そうですよー」

 こういう時、どうすればいいのだろうか。引き下がるのか? 否! 答えはひとつ、彼女の指示に従うしかないだろう。

「あくしろよですよ」

「分かったから満面の笑みで言わないでおくれよ。ほんとにいいの?」

「ささ、どうぞ!」

「う、うん」


 彼女は横の体制で

 すごい、今まで膝枕なんてされたことなかったが、こんなに気持ちいいものだったなんて。

 しかもしっとりすべすべ肌で適度にひんやりしている。上を見上げると冷の顔がみえる。

「どうです? 気持ちいいですか?」

「うん。気持ちいいよ」

「大丈夫ですか? 顔が少し赤いような気がしますが」

「大丈夫、大丈夫だからっ!」

 あまりの気持ちよさにこのままでは寝てしまいそうだ。

 試しにツツッーっと太ももに指を滑らせてみる。

「はう!? んっ、あっ、やめっ……」

「ツツツッーー」

「も、もう! やめてください!」

 少し遊びすぎたかな。怒られてしまった。

 

「ご、ごめん! つい遊びすぎたと言うかなんというか……」

「ふんっ、もうう許しませんからね!」

「ごめんってばー!」

 やはり少しやりすぎてしまったみたい。彼女は拗ねてしまった。しょうがないのでネットで読める無料の漫画を読むことにする。

 昔は四季があったんだっけ。春に桜の木の下で告白し、夏休みにはプールや海、花火などを楽しんだり、葉が紅に染まり、綺麗な秋、冬にはクリスマスなんてものもあったのか。

 今やクリスマスなどの文化は廃れ、やる者は極少数になってしまった。

「何を見ているんですか?」

「え? ああ、これは昔の漫画だよ。いろんなサイトに載ってるんだ」

 いつの間にか時間が経っていたようで、もう日も落ちていて外ではヒグラシが鳴いている。

 ちなみに読んでいたものは今は無き冬でキャンプをする女子高生を描いた作品で名前は確かフユキャン□だったような……

 時間が経って怒りが冷めたのか彼女から話しかけてきた。流石にあれはやりすぎたと思ってる。

「ごめんね、さっきはやりすぎたよね、ほんとにごめん」

「いえ、私も少し意地を張ってしまいました。ごめんなさい」

「これからもよろしくね冷」

「ふふっ、こちらこそよろしくおねがいします英機さん!」

 夕日に照らされる彼女の微笑み。それを僕は一生忘れないだろう。

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冷と涼んだ夏の思い出 ピスタ @pista

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