第44話 反抗


「同室でもなんでもいい、仲の良い連中でグループを作れ」


 ある日の夜、急に小暮がそう言い出した。

 食事を終え、広間で食事がマズいとかみんなで愚痴ってる時だった。いつもなら食後の読書とか言われ、意味不明な本を読まされてるはずの時間に。


 以前は恐怖の象徴だったのに、最近はめっきり影響力が減った小暮。

 だがあくまで指導員。その言葉に従い、みんなぼちぼち立ち上がる。

 こんな時間に、いったい何をやらされるんだ?疑問に思いながらも、みんなノソノソと動き、固まりを作っていく。以前ならキビキビ動いてたようなところを。ノソノソと。

 そしてほぼ同室の者同士で固まり、グループを作ることとなった。


「集まったな……じゃあ、そのグループはお互いに、相手のムカつくところを言い合え。精神を鍛える授業だ」


 はぁ?何をやらせるかと思ったら、なんだよいきなり?

 意味不明な言いつけに、入所者一同もざわつく。


「なんでもいい、とにかく口に出して相手を批判しろ。オラ、さっさと始めろ」


 そう促す小暮。 


「ちゃんとお互いの悪いところを挙げられてるかは、僕たちが監視します」


 博巳や井出……室長連中が前に出た。室長の監視がつくってことか。

 突然、意味不明なことを言いつけられ、そのうえ監視まで付く。その大仰さに、みんなの動揺がピークに達する。


「あの。これには何の意味があるんですか?」


 俺は小暮に質問した。

 全員が思ってることを、みんなを代表して。

 急に『ムカつくところを批判しあえ』なんて言われて、納得できるはずがない。

 小暮は、質問した俺からあえて目をそらすようにして、入所者全員に対して語りだす。


「お前らも社会に出たら、仲間に裏切られることもある。これはあらかじめ批判を受け入れることで、ヘコまない精神を鍛える訓練だ。だから思いっきり相手を批判しろ」


 何か見えてきたぞ。

 こいつらのやることには、十中八九裏がある。

 この場合は、互いに悪口を言いあわせることで、入所者を仲たがいさせるつもりだ。

 そして、誰も信頼できないギスギスを復活させようってタマだ。誰がそんなことやるかよ。


「おい!俺たちはこんなこと絶対……」


「それと、悪い点が一番多かったやつは、特別な再教育がある。だから頑張れよ」


 再教育……その言葉に、一同がどよめく。

 再教育とはいったい何だ?罰当番?飯抜き?タコ殴り?それとも独房?

 ペナルティがあることを知らされたみんなが、目に見えて動揺しだした。


「クソっ……!」


 これはあいつらの分断工作だ。

 ペナルティで脅し、お互いに悪口を言わせて不信感を植え付ける。悪口の内容は室長たちに監視させる。そうやって入所者たちの調和を破壊する。

 こいつらは、せっかく出来た平和な状態を、そうやって壊そうっていうんだ。じゃなきゃこんな意味不明な授業やる意味がない。他に目的が見当たらない。


「……っ!」


 よくもこんな悪魔みたいなことを思いつくもんだ。

 どこまでも卑劣なこいつらに、俺は歯を食いしばった。奥歯が割れそうなほど。


「こ、公太郎!俺たちは?どうすれば?」

「――――ど、どうする?」


 魁斗と坊ちゃんが不安そうに俺を見てくる。


「大丈夫だ。俺たちはそんなことしない」


 せっかく平穏を手に入れた俺たちだ。それを壊すような真似は絶対にしない。

 何より、俺を信じてくれた魁斗や坊ちゃんの悪口なんて言えるわけがない。


「ああ……でも、大丈夫なのか?」

「――――今回は、ヤバそう」


 魁斗の懸念もわかる。小暮が睨みを効かせているからだ。

 坊ちゃんも不安を隠しきれていない。半端じゃない圧力を感じる。


「オラァ!さっさとしろ!!」


 小暮の怒号に、戸惑っていた他の入所者たちが、いそいそと向き合っていく。ヘラヘラ笑いつつ、戸惑いながらも、いつでも批判しあえる格好だ。


 そして、俺たちの三号室の動向に、みんなの視線が注がれてることに気づいた。

 海唯羽も不安そうな眼で俺を見ている。以前の彼女のような困った顔で。

 みんな判断に困ってるんだ。俺たちがどう動くか、反応を見ることで俺たちに間接的に指示を仰いでいる。

 だとすればなおさら、こんなことに従うことはできない。


「みんな!これはこいつらの罠だ!お互い傷つけあったら終わりだぞ?」


 ここで毅然と拒否しなきゃ、簡単に元通りになってしまう。


「オラァ!お前らは逃げてるから駄目なんだ!このクズどもが!」


 小暮はそう声を荒げる。授業だなんだって言いながら、やっぱり今回も脅して従わせるつもりなんだ。

 こいつらは自分の立場のために、いがみ合うことを強制してきた。さもそれが、この世界の真理であるかのように偽装して。


 弱肉強食がここでのルールだなんて嘘だ。物欲、性欲、権勢欲……誰かが自分の都合で、弱者を作り出してるに過ぎない。

 いじめ、見下し、奪い合う構造があるから、その中に置かれた人間が従ってしまっているだけだろうが。

 それに、世界には共生関係だって存在する。

 現に、俺たち入所者は争わずにやってこれた。逃げずに施設と向き合ってこれたじゃないか。


「オラ!たかが授業だろ!ボーッとしてないで、さっさと始めろ!」


「授業なら他人を傷つけてもいいのか?何が『社会に出たときのため』だ?そんなの嘘だからな!?みんな、こんなくだらないことには従わなくていい!意味わかんない授業より、自分と仲間たちのほうが大事だ!」


 確信した。こいつらはもう相手にする必要もない。絶対に従わない。

 俺の選択が完全に正しいわけじゃないとしても、こいつらよりはマシだ。


「お前、またボコられないとわかんねぇか?」


 とうとう小暮が俺と目を合わせた。ものすごい目つきで睨んでくる。

 何度もボコられた相手だ。さすがに恐い。

 だが耐えるんだ。あいつらが間違いなんだ。もう俺は、間違ったことには従わない。

 俺は胸を張って小暮と対峙した。

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