第32話 帰宅

「ただいま」「わっ」

 玄関の開き戸を開けると、上がり框に母がものすごい形相で仁王立ちしていた。

「ど、どうしたの」

 ただならぬ雰囲気に私はたじろいだ。

「お前、こんな時間まで何してたんだ」

 いつにないきつい言い方で母は私に迫った。

「何って・・、仕事だよ」

 今まで私がすることなど全く関心なく、お祈りに夢中だった母が急に豹変したので私は驚いた。

「お前、風俗で働いてるんだって」

「えっ」

 母はじっと私を睨み据えた。

「な、なんでそれを・・」

「山田さんが教えてくれた」

 私を睨み据える母の目は、尋常じゃなく鋭くなった。

「でも・・、それは母さんのために・・」

「ホスト遊びもしてるって」

「そ、それは・・」

 私は黙るしかなかった。

「兄さんの魂が汚れる」

「えっ」

「そんな不浄な金で、お前の兄さんが救われるとでも思っているのか」

 母は金切り声に近い声で叫んだ。

「でも、仕方なかったの。だって、お金が・・、借金だって・・」

「出てけっ」

「えっ」

 最初、母が何を言っているのか分からなかった。

「出てけっ」

 その叫びは絶叫に近かった。

「か、母さん」

「出てけっ。お前なんか子でも娘でも何でもない」

「私は、母さんのために・・」

「出てけっ」

 母さんの形相はもう私の知っているそれではなかった。

「・・・」

 もう、まともに話の出来るような状態ではなかった――。仕方なく私は、開けた玄関を閉め、家を一人後にした。


 私は一人夜の街を歩いた―――。

 涙が流れてしかたなかった。

「私は・・、私は・・」

 悔しさと悲しみとやるせなさと、もう訳の分からない感情とがごちゃ混ぜになって、自分が何なのかさえ分からなかった。


「どうしたんですか!」

 突然玄関前に現れた私を見て、雅男は驚いた。彷徨い、たどり着いた先は、雅男の弁護士事務所を兼ねたマンションの部屋の前だった。

「どうしたんです」

 雅男は私の尋常じゃない状態に気付いたみたいだった。そんな雅男の胸に私はすがりつくように飛び込んだ。

「私・・、私・・」

 雅男は事情も聞かず、私をそのままやさしく抱き締めてくれた。

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