第12話 出会いがしら

 私は、走っていた。完全に遅刻だった。

「油断した」

 とりあえずもろもろのお金のことが解決し、私は気づかずに気を抜いていたらしい。

「あっ」

「あっ」

  職場近くの繁華街の角を曲がったところだった。ばったりとぶつかるようにして目の前に立ったのは、元少年だった。

「・・・」

「・・・」

 私たちは向き合うように立ち止まった。

「また会いましたね」

 私は下から睨みつけるように言った。

「・・・」

 元少年は私から目を反らし、俯き黙っていた。

「儲かってんだろうお前は」

 そんな元少年を見ていると、メラメラと怒りが沸き起こってきて、なんだか嫌みの一つも言いたくなった。

「なんてったって弁護士だもんな」

「・・・」

「それでまた女遊びか」

「・・・」

「良いご身分だな」

 私は、元少年を下から、ねめつけるように睨みつけた。

「・・私は借金まみれですよ」

 元少年は、しばらく黙った後、呟くように言った。

「一億ポンと出したじゃねえか」

「・・あれは借金で作ったお金です。いつか遺族の方が来られたら渡そうと思って用意していたんです」

「そんな大金おいそれと借りられるのかよ」

「弁護士っていうだけで、結構貸してくれるところはあるものなんです」

「女遊びなんかしている奴の言う事なんか信用できるかよ」

 私は怒りをぶつけるように、元少年に向かって吐き捨てるように言った。

「・・・」

 元少年は、黙ったまま固まっていた。

「・・女の人はあなたが初めてです」

 そして、絞り出すように呟くように言った。そんな元少年の顔は真っ赤になっていた。

「・・・」

「風俗なんていったのも、あの日が初めてなんです。とても辛いことがあって、それでふらふらと・・」

「嘘つけ、弁護士だったらもてるだろ」

「私は少年院で高卒の資格をとってその後、猛勉強して大学まで行きました。でも、僕が人殺しだって事は大学でも直ぐに噂になりました。みんなから恐れられ、白い目で見られ、当然友達も出来ません。まして女の子なんか怖がって全く近寄りさえしません。奨学金も借りて大学に行っていたので、毎日バイトバイトです。だから、女を知らずにこの年になってしまいました」

 本当に恥ずかしそうに身を小さくして、元少年は言った。

「受付にすげえ美人がいたじゃねえか」

「あの人は、僕がお世話になった人に、どうしてもと頼まれてしょうがなく雇っていただけの人です。何かとしがらみが多いんです。この業界も」

「でも、すっげぇ美人だったじゃねぇか」

「美人でしたが、わがままで給料もそれなりに渡さなければならなかったので大変でした」

「でも、儲かるんだろう弁護士は」

「弁護士って言っても、ピンキリです。特に僕みたいに貧乏人相手の弁護なんか金になりません」

「もういい」

 私は叫んだ。

「もういい、なんだか私が悪い人間みたいじゃないか」

 私は更に叫んだ。

「私はあなたを傷つけてばかりだ」

「やめろ。そうやってお前が良い人間になればなるほど、私は悪い人間になっていくんだ」

「すみません」

「だからやめろって言ってるだろ」

「被害者は私なんだ」

「私が被害者なんだ。お前じゃない」

「私は絶対お前を許さない。絶対に、絶対に」

 叫ぶ私の言葉に、元少年はただ黙ってうなだれていた。

「お前は私の大事な人を殺したんだ」

 元少年はギュッと唇を固く噛んで、小さく震えていた。

「お前は、人殺しなんだ」

 私は最後に元少年に向かって指を差し、そう叫んだ。その瞬間、元少年の心の中心を真っ直ぐえぐったのが分かった。

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