第4話 夜の仕事

「きゃはははっ」

 私は高らかに笑う。胸の開いたドレスでおっさんたちの隣りに座って笑っているだけで、札ビラが私の懐にガバガバ入って来た。私はバイトを全部辞め、夜の仕事を始めていた。

 今までの金の苦労が嘘のように私の懐にはお金が溢れた。カティの家族の仕送りを増やし、とりあえず借金も家のローンも、返済は続ける事が出来たし、滞納していた電気料金も、ガスも水道も年金も健康保険も税金も全額払うことが出来た。

「ガハハハッ」

 エロおやじたちが笑う。

「ギャハハハっ」

 私も笑う。

 私は猛烈に酒に強かった。いくら飲んでも全然酔わなかったし、二日酔いも全然しなかった。

「天職だぜ」

 私は思った。 

「もういやだ~」

 今日も、禿おやじたちの頭をペシペシ叩きながら、夜の街で私は高々と笑う。


 ある日、浅野企画の事務所に行くと、奥のソファーに男たちに囲まれ、一人の女の子が座っていた。

「あっ、唯!」

 私はびっくりした。その子は唯そっくりだった。そっくりというか瓜二つだった。

「あの子も夜の仕事?」

 直ぐ近くにいた、波平みたいに剥げた事務のおっさんに訊いた。

「いや、あいつはソープだ」

「ソープ?」

「そうだ」

 事務のおっさんはそっけない。こんな事はさして珍しくも無いらしい。

「ソープ・・」

 風俗事務所まで兼ねていたのか。

「浅野企画恐るべし」

 唯似の少女の隣りには、明らかにカタギではなさそうなサングラスをかけた若い男ががっちりとブロックするように座っている。その向かいには、事務所の人間が二人座って、何か契約の事であろうことを説明していた。

「借金だよ」 

 事務のおっさんが付け加えた。これもさして珍しくも無いのだろう。言い方も更にそっけない。

「・・・」 

 私はしばらくそのソファの四人を見つめていた。だが、やはり唯似の少女が気になってその場から離れられなかった。

「よしっ」

 私は一人、奥のソファーへ近づいた。

「あの、ちょっと待ってもらえませんか」

「なんだ、お前は」

 突然の乱入者にソファに座る全員が驚いて私を見る。少女までがそのまん丸な大きな目で私を見つめる。

「あの、その借金、なんとかならないんですか」

「お前の知った事じゃない」

 事務所の人間が冷たく言い放つ。全くにべも無い。

「あの、なんとか・・・」

「じゃあ、お前が肩代わりするか?」

 少女の隣りに座っていたやくざ風の男が、落ち着いた調子ながらも鋭い口調で言った。

「え?」

「お前がこいつの借金肩代わりするんなら、話し聞いてやるぞ」

 男は私をそのサングラス越しに試すように鋭く見つめた。

「・・・」

 私はその場に立ち尽くした。

「出来ねぇなら、黙ってろ」

 男は突如、ドスを利かせて怒鳴ると、また契約の話へと視線を戻した。

「・・・」

 そして、そんな私など存在しなかったかの如く、ソファの男たちは契約の話に再び没頭した。

「・・・」

 私はしかし、なおもその場に立ち尽くしていた。なぜか、立ち去ることがどうしてもできなかった。

「分かりました」

 私は言った。再び、ソファのに座っている全員が私を見た。

「私がその子の借金払います」

 ソファの人間たちだけでなく。事務所の人間全員が目を剥き出し私を驚きの表情で振り返った。

「お前はこいつの知り合いなのか」

 少女の隣りの男がさすがに驚いたように言った。

「いえ、今日初めて見ました」

「なんだお前」

 少女を連れて来たやくざ風の男は気違いでも見るような目で、私をマジマジと見た。


 私は、依子というその少女と連れ立って事務所を出た。

「あなたいくつ?」

「十六」

「十六!」

「はい」

「十六って風俗で働いていいんだっけ」

「黙ってれば分からないって」

「いや、あんた童顔だから、下手すると中学生に見えるよ」

「それが売りになるんだそうです」

「ところでなんでその若さで借金なんか、親の借金の肩代わりとか?ヤクザな親を持って苦労したとか?」

「いえ、ホスト遊びです」

 少女はあっけらかんと言った。

「ホスト!十六で?」

「はい」

「いくら使ったの」

「三千万」

「三千万!」

「二千万は返しました」

「二千万返したの?十六で?」

「女子高生はそれだけで今の時代、需要があるんです」

 少女はなんだか堂々としていて貫禄まである。

「はあ、すごい時代だ。って言うか、ということは、私は一千万の借金も肩代わり・・」

 ああ、早まった。私は一体何をしているんだ。限りない自己嫌悪が私を襲った。

「あ、大丈夫です。必ずお金はお返ししますから」

「まあ、二千万返す力があるなら一千万も簡単だよね」

 私はちょっと、ホッとした。

「ところでおねえさま」

「おねえさま?」

「はい、おねえさま、ありがとうございました」

 少女はかわいい笑顔を私に向けると、ペコリと頭を下げた。

「そんな、おねえさまなんてやめてよ」

「いえ、おねえさまと呼ばせて下さい。私、本当にうれしかったんです。私にやさしくしてくれる人なんて、今まで生きて来ておねえさまだけだったんです」

「やめてよ」

 と言いつつまんざらでもなかった。

「お礼がしたいんです」

「いいよ。そんなの」

「いえ、ぜひ、」

 少女は、私を引っ張るように街の繁華街へと連れて行った。

「いらっしゃいませぇ~」

 連れていかれたのは、ホストクラブだった。

「お前、全然反省してねえな」

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