第17話 「『古い』酒を『新しい』皮袋に入れる」

 追い詰めたはいいものの、GU4としてはこれで手詰まりの感があった。アレが隠れたのが本当に岩であれば――いくらでも何とかなったのだが。実のところ、アレらはそこらの小石の延長線上にあるものらとは全然部類が違うのだ。冷静に考えれば分かるだろうが、術弾――要するに魔力が破壊の力に変換されたもの――が岩程度のものを貫通・破壊出来ないはずがないのだ。しかしあの岩は20mmを何発叩き込まれたって貫通しはしまい。GU4標準型が装備する76.2mm25口径魔砲の直撃を食らったところで――大穴は開くだろうが、貫き通せはしない。何故ならアレは、オリカルクムに岩らしい塗装を施しただけの代物だからだ。コロシアムの中にある岩は全て装甲の代わりになるようにそうしてあるのだ。


 つまり、アレが出て来ない限り、アレは負けず、GU4は勝てない。焦ってGU4が動けば、いくら素人でも詰み一歩手前からイーブンに戻されかねない。この状況を維持し続ければ勝てる、と自分に言い聞かせる。敵は必ず動く。何とも無様で間抜けな状況であるが、こっちの方がゴールに近い。今に敵が岩から飛び出して蜂の巣にされ、俺は金を得る。たったそれだけのことだ、それだけの――。


「出て来い」


 外部スピーカーのスイッチを入れ、敵に話しかける。岩は動かない。


「お前はもう詰みだ――だが俺は撃たない。撃つつもりはない」


 20mmの砲身を掴むと、岩裏から見える位置へと投げつけてやった。射撃武装はアレだけだから、ブレードを除けば、要するに丸腰になる。


「確かにお前は詰みだ。例えるならあと一歩で崖から落ちるピエロのようなものだ」


 さっきまでうるさかった観客がシンと静まっている。さっきまで口々に――つまらないというようなことを言っていたのだが。


「だが、詰みだからってつまらなかったら意味がない。お前はどうだか知らないが、俺は観客を楽しませて金を得たい。絵でそうする奴もいれば、文字でそうする奴もいて――酷いもんだが、体でそうする奴もいる。俺の場合、合法的に人を殺して、そうするだけのことだ。殺し合ってそれを見たい奴らに自分を売るだけのことだ」


 機体の腰からブレードを抜く。一メートルもない刀身が太陽に照らされて鈍く光っている。すると、敵はゆっくりと岩陰から出て来た。出て来るしかあるまい。さっきまで負けていた身分で勝つにはそれしかないのだ。


「いいぜ、来いよ――先手は譲ってやる」


 GU4はブレードを構えなかった。それどころか胴を広く開いて、アピールしてみせた。彼には、いくら加速がよかろうと、素人の一撃を見切れないほどあるいは捌けないほど落ちぶれたつもりという気持ちや概念は微塵もなかった。むしろ海兵隊にいたときよりも技量は大きく上がっているのだから、それも当然だ。


 のこのこと出て来た礼一少年はようやく、武装があるのか必死に探した。左腰についているそれにようやく気がついて――それは初めから搭載されていたものなのだが――それを鞘から引き抜いた。刀身には、GU4のそれと違って僅かに反りがあったから、それはやや引き抜きにくかった。しかし一度姿を見せてしまえば、何のことはない、礼一少年にも見覚えが少しばかりあるものだった。


 サーベルや軍刀と呼ぶにはあまりに質素で素朴で、ある種実用性というものを欠いているそれをよもや日本刀以外に例えることはあるまい。


 人が持つにはあまりに大きく重く、死重を減らすためか鍔などの部分は廃してある上やや短めのデザインだったが、これをそれ以外に例えようがあるだろうか。


 オリカルクムからなる鋭い刀身からは、にわかに炎のような――鬼火のような妖しい光が漏れ出ているようだった。それは礼一少年しか気づかないほど――そして、気のせいだと断じてしまうほど小さかった。GU4からでも観客からでも、反射光に混じって見分けがつくまい。何故ならそれはある種のデザイン上の妖しさでもあったからだ。あるいは、兵器としての実用上の妖しさか。


 礼一少年は実は刀なんて構えたことがなかった。武道の授業はあったが彼は柔道選択であったし全く強くなかった。見よう見まねで、記憶の端にある時代劇のように構えてみた。それは奇しくも最もベースとなるだろう正眼の構えであった。右足を前に、左足を後ろにした、非常にしっとりとした構えである。残念なことにこの構えの利点である「攻めにも守りにも向いている」という点はこの場合は無駄であったし、彼はそのことを知らなかった。


 故に、礼一少年は敵の懐に飛び込んでいった。機体が恐ろしい加速で唸り、腕は刀身を上段に振りかぶり、位置エネルギーと運動エネルギーを込めて振り下ろす。それを見てGU4の彼はわずかにほくそ笑んだ。この時点で彼の勝ちはほぼ確定であった。


 確かに、攻撃を避けることは、加速性能の問題で不可能だ。革新と先進で鳴らすGU4は前任機であるGF4よりは加速性能と速度性能に優れるが、かといって最高速はともかく加速勝負で礼一少年の機体に勝てそうにない、と彼は考えていたのだ。よってかわすのは難しい――が、この機体の利点をより生かすのなら、もっと別のスマートなやり方がある。


 元々、エンジンだけ見れば、従来の海軍機の二倍ものパワーがあるのだ。わざわざ避けるまでもない――受け止めてしまえばいい。どうせ小さい機体だ、パワーそのものもそれを補強する重量もあるまい。受け止めて弾き返し、胴をかっさばいて終わりだ。


 GU4は刀身を受け止めるようにブレードを構えた。取り回しに特化したやや短めの片手剣である。礼一少年機が持つような日本刀が攻撃特化のワンオフの武器だとすれば、これは防御と攻撃とをバランスよく配分した量産品である。しかしそこには量産品故の堅実さがあり、それは一般的には信頼性と呼ばれるものだった。何しろコロンボ共和国謹製であるのだからそれは他国製よりも確固たるものだった。


 勝負は一瞬であった。礼一少年が刀を振り下ろし、GU4はそれをパワーでもって受け止め――られなかった。いや、これには語弊がある。これではまるでパワー不足で出来なかったかのようではないか。そうではない。GU4を設計したオポチュニティー工房の名誉のために言えば、パワーは全く充分であり、本来であれば極東の新興国風情が作った「N-1a ハヤブサ」の一撃など意に介さないのだ。


 しかし現にGU4は攻撃を受け止めきれず――「防御の構えのブレードごと」大きく胴体を切り裂かれた。真っ二つだ。タンクを切り裂かれ行き場を失った魔力液がまるで血のように辺り一面に吹き出し一部は水たまりを作り、また一部はその犯人にこびりついていた。その中には赤黒く生臭いものも浮かんでいたのだがその元々の持ち主は最後の瞬間に――ブレードを文字通りすり抜け、「長鼻」が特徴的な機体の頭部の物理学的抵抗を無視し、その体に届くほぼその瞬間までに――その「魔法」の答えを見いだしていた。


 「魔導刀」。


 魔力消費とコストとの関係から、あるいは魔砲をはじめとした戦術の進化から不必要になったはずの、現在では廃れたはずの技術。弓における矢の代わりに術式で形取った魔力をその推進力と貫通力とするのが魔砲であれば、術式で縛った魔力をその切れ味とするのが魔導刀である。魔力を用いた振動によって「叩き切る」のが現在の主流派を担うブレード類だとするなら、魔力そのものを用いて「斬る」のが魔導刀である……!


 そして、それに――あるいは己の失敗に気がついたとき、GU4を駆ったちっぽけな彼「フーエル・ワイアット」は死んだ。死んで、礼一少年の伝説の第一歩となってしまった。


 ハヤブサはただそこに立っていた。斬り裂いて――斬り咲いて、ちょっとばかり残身して、それから直立不動の仁王立ちをした。観客はしばらく呆気にとられていたが、それを見て勝者が誰かをやっと理解したようで、新たなグラディエーターを称える歓声を上げ、血生臭い勝利を栄光の色彩で塗りつぶそうとした。それを見てか聞いてか、ハヤブサの持つ刀身は、ぼう、と満足げにほくそ笑んだようだった。

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