第13話

          *****



 薄い空気に、息が苦しい。

通路の両サイドにはランタンが灯っていて、あたりを陰鬱に照らし出す。


歩く。


牢屋が並んでいる。

しかし、牢屋の中にはひとはおらず、鎖につながれた、人間大の藁人形が杭を打たれながら、牢屋の奥の壁に刺さっている。

そんな牢屋が廊下のずっと先まで続いていて、ランタンはそれを怪しげに浮かび上がらせている。

このランタンだって、魔法具だろう。

かぼちゃのお化けの持っている、あれだ。


「虚妄防疫隔離室にようこそ」


 腹が立つ声の主は大槻弥生で、しかしそれはたぶん、本物じゃない。


「感染した呪物から抜き取った力を、藁人形に移してるわ。本人たちは、そうね。心がミンチ状態になっている、と言えばわかってもらえるかしら」

「隔離して、必要なのは魔法の力の方なのか」

「〈虚妄空間〉を満たすエネルギーを吸い出しているのよ。実験に必要なの。わからないわよね、魔法少女を助けると言いながら無責任にも、『こんな状態』にしてしまった当事者のアンタには」

〈声〉は雄弁に話し続ける。これもまた虚妄なのだろうか。

薄い空気に慣れず、苦しい。

体が熱くなっていく。


「魔法協会の奴らは、魔法少女のことをなんて言っていると思う? 自意識に過剰に捕らわれた木偶人形、よ。笑えるわね。よくそんなことを言う奴らの側につけるわねぇ。自意識の発露がうまくいかず、自分の劣等感と自尊心に常に向き合い、自らその鏡を傷つけ続ける。止まらない自傷と、報われない承認欲求。それが魔法少女なのは、確かではあるけれども」


 どこまでもどこまでも続くメビウスの輪のような地獄めぐり。


でも、それは外から見れば満たされない承認欲求を抱えて、自意識過剰な自分を殺したがっているだけにも思えるということか。


どこまでもどこまでもボクを殺しても、残るのはボク以外のなにものでもない。


「世界の均衡を崩すわけにはいかないの。多数の自意識が交じり合い、渦となり、禍になるまえに、それは摘み取られないとならないと思っているのはわたしたち〈ワクチン〉も同じよ」

 ここは暗い。

だが、明るい場所にボクがいたことが、一度でもあっただろうか?

 他者との共生。

それはちゃんとできていたか?

 逃げていたんじゃないか。


その沼に入り込んでしまったのは、誰の責任だろう。


「まりん。ほかの魔法少女を助けるなんて調子のいいことを掲げていたくせに、その場その場でアンタがしてたことはなに? 魔銃で〈幻獣〉を撃ち殺す? 奴らは魔法少女の自意識が残っている限り、何度でも蘇る悪霊よ。その場限りで助けて、一体どうする気だったのかしら。自己満足。それがアンタの自意識に気持ちがよく感じられるから、無意識にしていたことでしか過ぎなかったの。アンタの『目的』ってなんだったのよ。テキトーな判断でなし崩し的に行動した結果が、このざまよ!」

 見なさい、この藁人形を、と弥生の〈声〉が響く。

 通路に面した無数の牢屋に無数の大きな藁人形。

 藁人形が刺さった釘の部分から血を流して、震えている。

「基礎的な文章能力のない漫画家志望のまりんちゃん。わたしがはじめてを奪ったかわいいまりんちゃん。アンタはもう精神が崩壊するのも間近なのよ。関わらなくてもいいほかの魔法少女の問題になし崩しで向かい合って、土足で踏み込んで破壊してきた報いがこれなの。アンタには今、わたしの〈声〉が聞こえるでしょう。でも、ここにわたしはいない。さて、わたしは本物のわたしなのかしらね? ふふっ、わからないでしょう。感情移入をしながらほかの魔法少女の〈虚妄空間〉に入っていたみたいだけど、それじゃ精神も壊れるわ。残念。アンタも〈風説迷宮〉に吸い尽くされなさい」



 ボクは。

 ボクは最初からはき違えていた?

 間違い、だったのか。



 気づくとボクも、ランタンの照らす牢屋の鎖につながれていた。

 鈍い音がして、お腹に大きな釘が刺さる。

それは魔法具で、自動的に刺さるし、抜けそうにない。

 血液が流れるなか、ゆっくりゆっくり釘はボクを鈍く、でも、鋭く、痛みつけながら刺さっていく。


「うわあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ」

 平凡な叫び声しか出ない。

 平凡。凡人。いや、平均以下。



 叫ぶと、血が盛大に飛び散った。

ボクには黙るしか選択肢がなかった。



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