第12話

          *****




 鏡地獄。

自分の姿に気味悪くなる。

自信のない、うつろな表情。

これは本当に自分なのか。

ゲシュタルト崩壊していくように、だんだんと自分の顔がわからなくなる。

 鏡を覗き込んでしまうと、そこは合わせ鏡の世界。

一枚の鏡の中に無数の鏡が存在していて、その一枚一枚にボクの姿が映っている。

吸い込まれるのを食い止めるには、全方位が鏡で。


どこに歩いていけばいいのだろう。


〈風説迷宮〉とはよく言ったものだ。


ボクに関する〈噂〉が、迷宮状になっているのだ。

一枚一枚は、他人ひとりひとりが見ているボクの姿。

 一様に映っているのは、気味悪い他人から見たボク。

このボクの複数形を統合したものがボクのパブリック・イメージなのだ。

だが、その顔は自分ではもう認識すらできなくなっている。

 早くも眩暈が襲ってくる。

鏡張りの中に閉じ込められると次第に発狂するという話を聞いたことがあるけれど、それはあながち間違いではなさそうだ。

 ボクはボクだ、と言えない。

他人から見える自分の、なんと濃厚であり、同時に希薄なことか。

 他人からはパターン化されたステレオタイプの人物像としての、濃厚なボクがいて、一方では『その他、多数』の中の、曖昧で希薄な人物像としてのボクがいる。

 ありあ先輩が確か「他人から見える自分が大切だ」ということを言っていたな。

 その意味では自分がどれだけ自分に無頓着なのかが浮き彫りになって視覚化されて、正直吐き気がしている。



「アンタは自分のことしか見ていない。そのくせ、自分のことも見えていない」

 指向性マイクのように直接、〈声〉が向かってきた。

弥生の声だ。

 そうだ。ボクは自分のことしか見ていないのに、自分のことも見えていないのだ。

 まったくもって、その通りだ。

 だからきっと、ボクの漫画もつまらない。




          *****




 嘘つきに育った。

親はいつも嘘をついていた。

適当にあしらっていれば子供は黙るだろう、という方針だったようだ。

 両親は喧嘩をしていて、子供のことなんて構っていられなかったのだ。

だから、あしらわれていた。

 具体的に言うと、「テレビゲームをつくってみたい!」とボクが言うと、「じゃあ、おれが今度テレビゲームをつくってやるよ」と言った。

今ではゲームをつくるソフトウェアなんていくらでもあるし、ゲームがつくりたいというならプログラムを学ばせてくれればいいことだ。

だが、その頃はつくるソフトは存在しなかったし、プログラムを打つマシンは買ってくれなかった。

そこで終われば問題はなかったのだが、ボクは「今度、ゲームをつくってもらうんだ」と学校で言うと、「つくれるわけないじゃないか。嘘つき」と陰口を言われ、表向きにも無視やいじめの対象になった。

そういった類の嘘が積み重なって、ボク自体も親のように「テキトーにあしらえばいいんだ」と間違った学習をする。

そして、それを実行する。

 ボクは嘘つきになった。

そして、いじめの対象となった。


「くっさ! ダッサ! ブス!」

 周囲の人間たちはみんなボクを迫害し始めた。

大人たちにとっても、ボクは救う価値のない人間で、いじめ問題に介入することを避けた。

保身が一番だということだ。

ボクは保身の真逆。

嘘しかしゃべれなくなっていったし、それがボクの人生だと思った。

 思ったけど、それはとてもつらい生き方だった。

 そのとき、近所のお姉さんが、ボクの前に現れた。


それが弥生だった。



 ボクの前では、とてもやさしく接してくれて、救いの女神のように思えた。あとで知ることになるが、ボクへの陰口の首謀者はこのお姉さん、弥生だった。


 子供の世界は残酷だ。


 一応、女の子であるボクは、女の子である弥生と、身体の関係を持った。

それもまた、弥生にとっては話のネタのひとつになるものだった。

そして、その行為は撮影されていたのだ。

 それは犯罪だが、大人たちでさえ誰もがニヤニヤしてその行為を観て、ボクに対しては秘密を握っている者として君臨し、いやらしい目でボクを視て興奮し、ボクを汚らわしい者と、落伍者として扱うようになった。


つまり、差別を受けた。


ただ、一点だけ、ボクにとって都合のいいことはあった。

弥生によって、ボクの両親が殺されたことだ。


 都合がいい?

 

弥生の手にした絵筆型の魔法の凶器は、ボクにも向けられた。

あのとき、ボクは魔法少女である弥生に殺された。

だが、嘘つきの噂が広がるだけ広がっていたボクは、ボク自身がそのときすでに〈風説〉そのものになっていた。

風説に〈感染〉して〈呪物〉と化していたボクは、魔法少女から血の洗礼を受けることで、死ぬことにならずに、目覚めたときには魔法少女となっていた。

魔法少女の血が、呪物に作用してボクをこの世にとどめたのだ。


魔法協会という組織がボクの前に現れて、魔法の銃を渡される。

目覚めたときに〈見える世界〉と〈聞こえる世界〉が変容していたボクには、魔法協会、魔法少女、魔法の銃の存在は、簡単に受け入れられた。

両親を失ったボクは、全寮制の羽根月学園に編入する。

そこには、〈悪魔〉のごとき魔法少女、弥生も在籍していた。

この学園は、訳ありの生徒が集う場所だった。



 だが、ボクに〈聞こえる世界〉はボクを痛みつける。

これこそが〈見えない魔物〉であり、魔法少女が戦い続ける相手であり、魔法少女は世界を救うのではなく、自分を救うために戦うエゴイスティックな存在だと、知っていくことになった。



 あの悪魔の、弥生の話をしても、実際に弥生を見かけても、それが引き起こした〈幻獣〉は別物として存在している。

 それはたぶん、あの日の『残像』として、ボクの根本のところに巣食っている。

 ボクは自分の残像を消すことができるのか。



 今、鏡張りの風説迷宮で、自分と向かい合いながら、問いかけている。

 殺しても殺しても何度も再生するあの日の残像。

 向かい合うには、ボクはあまりにも弱い。

想像力の足りないボクは、この現実を、殺せないでいる。


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