第8話 元魔王、勇者一行と食事する

「おーい、グレイ、ギン、シロガネ、お客さんを呼んできてくれないかー」


 食事の準備も整ったので、子狼にみんなを呼んでくるように頼んだ。

 今の所連中が何者かは分からないが、畑を荒らしたことに関して必死に謝っていたようなので、仕方なく許すことにした。

 まあ畑を荒らされたことは腹立たしい事だが、滅多に人の訪れないこの場所に来たお客さんだと思い、もてなすことにしよう。


 全員が風呂に入って寛いでいたようでなによりだ。

 魔物に追われそうとう疲弊していたようだし、今頃は仮眠でも取っているのかもしれないね。


 しばらくすると子狼達が全員を食堂に連れてきた。

 5人は食堂を眺め、ほー、とか、はーとかいう感嘆の声を上げている。

 まあ魔王城にあった俺の食事をする場所を真似て造ったから、一人では広すぎるぐらいの場所だ。普段は他の場所で食事をするので実際ここで食事をするのは初めてのことだ。

 以前20人程の兵士がこの家に泊ったことがあるが、その時に広い会食場があればいいかな、と思って用意したまでだ。


「あ、あのう、すいませ──」

「──まあ話は後、とりあえずみんな座んなよ」


 燃えるように赤い髪の女性がズイッと前へ出て何か話し始めたが、俺はそれを途中で制しとりあえず席に着くよう促す。

 話は食事をしながらでもいいだろう。

 5人は顔を見合わせながらおずおずと着席した。


 テーブルに並べられている食事を前にして5人は一様に驚いている。


「まあ急な来訪だったので、簡単な物しか用意できなかったが、遠慮なく食べてくれ」

「い、いえ、急に押しかけて畑まで荒らしてご迷惑をおかけしてしまったのに、食事までご用意していただけるなんて申し訳ないです!」


 バタバタと手を振り赤髪の女性は恐縮しながらそう言った。他の4人も恐縮して頭を下げている。


「まあ話は後だ、相当疲れているようだし腹も減っているのだろ? 先ずは食べてくれ」


 そう言うとやっと5人は緊張を解いたのか、各々いただきます、と小さく呟きながら食べ始めた。

 焼きたてのパンに、黒い猫みたいな魔物の肉のステーキ、野菜たっぷりのスープに、もぎたて新鮮な野菜サラダ。

 急だったのでこんな物ぐらいしか用意できなかったが、5人はバクバクと食べていた。


「うっ! 美味い!」

「うん美味しい、味が付いている食べ物なんて久しぶりだよ!」

「これはヘルタイガーの肉ですかね? もの凄く美味しいですね」

「スパイスも効いているし、ソースも凄く濃厚で美味しい!」

「うわーこの野菜凄く美味しい! きっと手間暇かけて育てているんですね!」


 全員が目を輝かせながら食事をがっつき始めた。

 いやいや、こんな簡素な食事でそんなに喜ぶなよ。味の付いている食事が久しぶりだなんて、今迄どれだけ質素な食事をしていたのだろうか?

 ヘルタイガー? あの黒い猫みたいな奴の事か? ヘルタイガーといえば、確か地獄から来た虎なんて言われる程の狂暴で手が付けられないような魔物だろ? あんな弱いはずないじゃないか。確かに肉は美味いが、ただ猫が巨大化した魔物の間違いだろう。

 まあ野菜には手間暇かけ愛情を注いでいるからな、美味しくて当然だ。


「おかわりはまだあるから、遠慮なく言ってくれ」

「「「「「はい!」」」」」


 俺がそう言うと、みんなは一層目を輝かせて返事をした。

 よほど腹が減っていたみたいだな。




 本当に遠慮なくお代りを要求され、食事もやっと落ち着いた。

 俺はデザートの果物の盛り合わせとお茶をテーブルに運び、少しお話でもしようかという運びになった。


「ごちそうさまでした。とても美味しかったです。あ、自己紹介がまだでしたね、私はミーリアです。それに助けて頂き本当に感謝しています。それと大切な畑を荒らしてしまい本当に申し訳ありませんでした。私が責任をもって畑を耕し直します」


 赤毛のしっかりとした体付きの女性。闊達そうで綺麗な顔立ちをしている。どうやら畑仕事が得意なようだ。


「オレはガングル。盾剣士です」


 ガッチリとした体格の男性だ。盾剣士に相応しい。


「ボクはリー。レンジャーです」


 少し細身の男性、レンジャーとは遊撃手のような職業だろう。


「あたしはサン。魔法使いだよ」


 黒髪の細身の女性。少しきつそうな顔をしているが、愛嬌はある。


「わたくしはハルと申します。聖女をさせていただいております」


 金髪のぽっちゃりと柔らかそうな女性。聖女というぐらいで慈愛に満ちた表情をしている。


 うーん……聖女までいるし、なんか勇者パーティのような組み合わせのような気もしないでもない。

 でも確か他国では冒険者という職業があり、そんなパーティ構成で冒険しているという話も聞いたことがあるしな。

 どうやら赤髪の子がこのパーティをまとめているようだ。若そうだが大丈夫なのか?


「そうか、俺の名はキーリ……」


 俺は名前を名乗ろうとしたところで少し考えた。

 おっと、こいつらがまだ何者か分からない内に、元魔王キーリウスの名前を出すのは、さすがにまずいな。おそらくこの名前は、この世界で知らない奴はいないと思う。

 こいつらが現れた方向も魔国と反対方向のような気もしないでもない。もしかしたらさっき魔王ハーディから来た手紙にあった勇者たち、なんてこともあるかもしれないしな……。

 ここは偽名を使うべきか。


「はい? キーリさんですか?」

「いや、キールだ」

「キールさんですね。よろしくお願いします」

「ああ、よろしくな。ところでミーリアさんだけ職業的なものがなかったが、装備からして剣士かなにかか?」

「はい、私は勇者です」

「「「「‼」」」」


 おいおい、こいつさらっと正体ばらしちゃったよ。

 俺も少し驚いたが、俺よりも他の連中が一斉にミーリアという女性を睨み付けたぞ。

 そして小声で、


『おい! ミーリアなんで正直に言うんだ』

『ここはもう魔国の領土なのよ!』

『キールさんだって魔国の人かもしれないじゃないか!』

『うっかりさん過ぎます!』

『えっ、えっ、あ、ごめんなさい……』


 と、総攻撃を受け、ミーリアはしょげていた。全部聞こえているよ、うっかりさんなんだね。

 しかしやっはり隣国のゲシュタ王国から来た勇者一行なのか……。

 ていうか、俺はさっき手紙を受け取ったばかりだぞ。こんなに早く森を抜けてきたのか? そうか、魔国の諜報員が隣国にも潜伏しているらしいけど、そこから魔王を介して来たからそのぐらいの時間がかかったってこと?


「なるほど、ミーリアさんは勇者なのか。それは凄いじゃないか。ということは他国から魔国に入って来たということでいいんだな?」


 まあ、驚きはしたが、ここは平常心で対応しようじゃないか。


「あ、はい……隣国のゲシュタ王国から国境を越えてまいりました……」

「そうか、それはお疲れだろう」

「あ、はぁ……でもキールさんは魔国の方なんですよね?」

「ああそうだぞ。魔国のごく普通の一般人だ」


 よしよし、俺の平常心な対応に会話も順調だぞ。一般人という所は大事だから強調しないとな。もう魔王ではないのだから。

 しかし俺が一般人と言ったところでみんなの顔色が優れなくなったが、見ないことにしておこう。


「勇者、敵が来たのに、あのう……平気なんですか?」

「敵?」

「ええ」

「ああそうか。まあ敵ではあるが、勇者は魔王の好敵手というだけであって、魔国の一般人には、勇者は大歓迎で迎え入れられる存在だぞ」

「へっ? だ、大歓迎ですか⁇」


 ミーリアはキョトンとした表情で訊き返してきた。

 だが嘘は言っていない。魔国の一大イベント、魔王VS勇者の闘いが開催されるとなれば、国を挙げてのお祭りになるのだ。

 だから勇者は国賓待遇のもてなしを受ける。


「ああ、この森を抜けたところの関所で勇者が魔王に挑戦しに来たと言えば、好待遇で魔王城まで送迎してくれるぞ」

「そ、送迎?」


 なおもミーリアは信じられないという表情をする。

 それは全員同じようだ。他のみんなも話半分で聞いているように見受けられる。


「ところでミーリアさんは本物の勇者なのか?」

「あ、ミーリアで結構です。さんはつけないでください。はい、私は神から加護を受けた正真正銘の勇者です」

「おおっ! それは素晴らしい‼」

「えっ?」


 俺がべた褒めすると、ミーリアはまたもや胡乱な表情で俺を見る。

 なぜ魔国の一般人に褒めそやされるのか信じられないのだろう。だが噂ではなく本物の勇者だ。魔王にとっては心待ちにしている存在なのだ。


「いやー実に160年振りぐらいじゃないのか? 本物の勇者が魔王に挑戦するなんて」

「えっ? キールさん、それはどういうことでしょうか?」

「ん? だってここ160年ぐらいは、加護を得た本物の勇者は魔王に挑戦していないんだぞ? これは喜ばしい事じゃないか」


 なんだよ、こうも早く本物の勇者が来てくれたのなら、もう少し魔王していても良かったんだけどな。

 ハーディよ、早速死ねるかもしれないチャンスが訪れるなんて、なんて幸運な奴だ。


 けどあれだな。どうもこのミーリア達はやっぱ俺よりも弱そうだよな。あんな弱い黒い猫みたいな奴に追いかけられて、必死で逃げていたぐらいだし。

 そう期待できないかもしれない。

 ハーディも俺よりは弱いと言っても、こいつらには勝てそうな気がするな……うーん、どうなのかな。


「ちょ、ちょっと待ってください! 勇者が160年も来ていないなんて冗談ですよね?」

「ん? 冗談? いやいやそんな冗談を言うわけないじゃないか。マジでここ最近は本物の勇者なんて一人も来ていないんだ。来るのは約10年に一度ぐらいの頻度で、偽物の勇者が来るぐらいだぞ?」

「え? そうなんですか? でもキールさんもまだお若そうなのに、まるで見てきたかのように話しますね?」

「あー、いや、そんなのは魔国では常識なのさ! なんてったって勇者が魔王に挑戦してくるなんて、魔国の国民全員が楽しみにしている一大行事なんだからね。あはははっ」


 ふう、危ない危ない。興が乗って見た目年齢以上の饒舌ぶりだったのだろう。それでもまさか俺が2000年も生きている元魔王とは思わないだろう。


「でも、おかしいですね……少なくとも10年前後に一人は勇者が向かっているはずなんですけど……確かに我こそが勇者だ! という腕に自信がある人達も毎年のように魔国に向かっているんですが……」

「はぁ? なにそれ……」

「私の国は魔国と隣接しているので、勇者が魔国に向かうことは、毎回報告されるんです。その、キールさんがいう所の偽物勇者の情報も……でも、前に本物の勇者が魔国に旅立ったのは私が9歳ぐらいの時ですからよく覚えています。8年ぐらい前ですかね。その勇者も来てないってことなんですか?」

「えっ? あ、ああ、来ていないぞ……」


 おいおいおいおい、なにそれ? そんな頻繁に勇者向かって来ていたの? 聞いてないよ! 神の気まぐれで加護が下りなかっただけじゃないの?

 そう言えば諜報員を送るようになったのは、ハーディが魔王になってからだよな。以前はそんな情報を送ってくる奴もいなかったし。聞いてなくて当然か……。

 まったく、勇者の影に怯えてそんな手間をかけてまで調査しているんだから、ハーディも臆病にも程があるじゃないか。


 いやでもおかしいだろ。実際前来た本物の勇者は160年ぐらい前なのは紛れもない事実だ。元魔王の俺が言うのだから間違いない。

 しかし10年前後に一人送り込んできているとなれば、少なくともその間15人ぐらいは勇者が来てなければおかしい話だろ!




 なんか話が見えなくなってきたぞ……。

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