揺れる髪の毛、君の隣でだけ。

文月綾花

「こんな私で居れるのは、君の隣だけだよ。」

課題と学生団体の作業に追われて徹夜した夜。

私は今、すごく激しく後悔している。

…やらかした。何でみんなとご飯の約束してたのに徹夜したんだろう。


待ちに待った学校の友達とのご飯会。

久しぶりに会うからって楽しみで仕方がなくて、新しいワンピースにリップも買ったのに。

楽しみたいのに、疲れてて、眠くて、というよりも寝そうで、もう無理……。

周りはみんな、久しぶりの再会に思い出話や世間話に花を咲かせていた。それなのに、みんなの話に引きつった笑顔をするので精一杯。


そんな中、私は、ここから帰るの1時間半もかかるのに、まともに帰れるのかな、なんて意識朦朧としてる頭で帰路を心配していた。


「…限界なんだろ。ほら、帰るよ。」

彼は、私の顔を心配そうに覗き込んでそう言った。

私が頷くのを確認しては、そそくさと私の荷物をまとめ上げ、みんなに一言。

「じゃ、今日はもう帰るわ。」

周りは、バラバラと残念そうに手を降り、それぞれ声をかける。

その中を抜け、お店を出た。


外は生ぬるい風が吹き、夜の香りが鼻に届く。

というか、そんなのんびりと風を感じる前に、謝らなきゃ……!

「ほんっとうにごめん!」

彼は、眉毛を下げてくしゃっと笑う。

「早く帰りたかったからいいんだよ。それにいつものことだろ?」

それに関しては、彼には頭が上がらない。

彼と私の最寄り駅は一つ違い。路線もルートも全く同じ。

そんなこともあり、いつも彼の優しさと同じルートであることに付け込み、連れて帰ってもらっている。


眠気がピークで、足元がふらつく。

そんな時に、車のライトとクラクション、頭に響く。

「危ないよ。」

私の手首を掴み、彼の方へぐっと寄せられる。

「ねぇ、本当に大丈夫?あとちょっと歩くけど。」

「それぐらい歩けるってば。大丈夫…!」

意味もなく強がる私を見て、彼は少しため息をついて笑い、掴んだ手首を離すことなく歩く。

私の三歩先に見える後ろ姿は、心無しか少し頼もしい。

私よりも一回り以上大きい背中に、私の手首を掴む大きな手、揺れる柔らかい髪の毛。

当たり前だけど、やっぱり男の子なんだなって、ぼうっと考えてしまった。


駅に着くなり、彼は帰るルートをスマホで調べ始めた。

「今日この電車乗って帰るから。家に連絡しときなよ。」

彼のスマホに映る画面を見て、親に連絡する。


親は度を越える過保護で、どうやら私を箱入り娘のように育て上げたいようだ。

その為、門限は厳守なほか、逐一帰宅時間と帰るルートを連絡しなければならない。

ちょっと不思議なお家事情も、彼は理解し、汲んでくれている。

だから帰る時には、帰るルートを調べて教えてくれる。


電車に乗り込んでは、彼のマメな気遣いに感謝しながら、眠気と闘い、連絡する。

連絡終わる頃には、眠気が勝ちそうになり、暑苦しい髪の毛が揺れる。

「あと一回、乗り換えあるから寝るなよー。」

声を出すのもできなくなるほど、意識がはっきりしなくなり、彼の隣で寝かけてしまった。

……ダメだ、もう寝る。


『上野~、上野~。』

その音にはっと目を覚ます。乗り換えだ。

思ったころには、周りがザワザワと忙しなく動き出して、人に押しつぶされそうになる。

降りる人に押されて、足元はグラグラともたついてしまう。

「ほら、降りるよ。」

彼は私の手を引っ張り、人混みから連れ出してくれた。

いつも優しいけど、今日はいつも以上だ。そんな気がする。


その手を離すことなく、広い上野駅を歩いていく。

少し歩いた先に、空いている電車が奥に止まっていた。


「人の多い電車は苦手でしょ。ちょっと帰るの遅くなるけど、こっちの電車乗って帰ろう。」

彼はやっぱりマメだ。びっくりするほど、私がふと話したしょうもないことも覚えてくれている。

「あ、ありがと。」

「空いてるから座って寝れるよ?」

また顔を覗き込み、子どものような顔で笑いかける。

「…じゃあ、そうする。」


この電車はいつもなら混んでいて、そう簡単には座れない。

でも今日は誰もいないと言えるほど、がら空き。

さすが、始発電車。

彼のマメさと優しさに甘えて、座って休むことにした。

でも、目の前に立っている彼が気になり、見つめてぼそっと言う。

「こんなに席空いてるのに座らないの?ねぇ隣、座ってよ。」

私が発したくせに、思ってもみない言葉が出て、内心びっくりした。

彼は私の顔を見て少し悩んだ素振りを見せて、隣に座った。

「今日は、ね。ちゃんと家まで帰さないといけないからね。」

なんて、耳を赤く染めながら俯いていた。


ここから最寄り駅までは、1時間。

少しは寝られる時間。でも彼が隣にいるからか、もどかしくて寝られなかった。

何とも言えない空気感が流れているから、寝るにも寝られなかった。


「座れたのに寝ないの?眠いんでしょ?」

隣で彼は恥ずかしいのか、控えめに聞く。

「なんか眠れないの!だから寝ない。」

顔が熱くなるのがわかる。

暑苦しい髪の毛も今は味方。赤くなってるであろう顔を隠してくれている。


少し困った顔を浮かべて、話しはじめる。

「今日は疲れてたんでしょ?クマもあったし、徹夜したんだろ。」

「…その通り。」

ふてくされた私の表情に笑う。

「ちゃんと休まないとダメじゃん。」

「うん。」

私の目を見て、心配そうな目を向ける。

「無駄に真面目なんだから、たまにはサボっても罰は当たらないよ。」

「無駄に真面目じゃないってば……。」

「ほんと、そうだよ。頑張ってるのも知ってる。でも心配だ。」

「…なんで、?」

ふぅ、と笑い、私を見つめる。

「なんでも!」


彼の手が私の手に当たる。

肩と肩がくっつき、接してる面は徐々に熱くなっていく。それぞれ感情を持っているようだ。


その温度は心地良くて、安心することが出来た。

彼にもたれかかり、現実と夢の中を行き来しては、意識がふわふわと雲がかる。

そんな中で、私は呟く。

「……こんな風になれるのは、君の隣でだけ。」

彼のほんのりと伝わる温もりと、少し早い脈の音、ゆっくりと揺れる電車のつり革。

彼の隣だから、安心して休めるってわかってる。


私の頭をゆっくりと柔らかく撫でて、

「やっぱり好きだなぁ。」

そう微笑んで呟いた。


こんな時間がずっと続けばいいのに、って思いながら、今は彼の隣にいる。









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揺れる髪の毛、君の隣でだけ。 文月綾花 @ayafumi000

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