すれちがう2つの想いは

ケンジロウ3代目

短編小説 すれちがう2つの想いは


俺は三条恵梨香と結婚した。


恵梨香はあの日からずっと俺のことを想ってくれていて、来る時にその思いが一枚の紙によって実体化した

婚姻届に丁寧に名前を書き、また丁寧にハンコを押す

恵梨香も同じようにやっていた

これからは両想いの幼馴染ではなく

共に助け合う人生のパートナーとして

恵梨香と過ごすこれからの日々に

幸せを


固く誓った ―――――






結婚式から数か月が経とうとしている

俺こと紫藤栄斗はごく普通のサラリーマン

そして俺の妻の紫藤恵梨香はというと、とある大企業の副社長を務めている


恵梨香の元々の家柄は、『三条建設』という巨大な企業の社長令嬢

能力の良さ、人当たりの良さ、そしてその美貌から多くの社員の人望を得ていて

恵梨香が正式に運営にあたった頃に社員全員の推薦で、恵梨香はなんとその副社長に就任した

そんな感じのことを恵梨香から聞いたっけなぁ

ったくなんちゅう格差やねん

なんかみじめに思えてくるわ

ってか推薦でいきなり副社長って何よ!?

どんだけ信頼されてんねん


恵梨香の能力の高さは小さい頃から知っていた

だからこんな平凡な俺とは釣り合わないといつも思っていた

でも恵梨香はそんな俺にこう言ったのだ


「えいくんの前だけでは、私はただの三条恵梨香だよ・・・」


あいつも俺のことを大事に想ってくれている

そう感じ始めたのはこの頃だっけ

そんな俺達は、現在では夫婦どうし

その事実が、どれだけ俺の心を満たしてくれたか




恵梨香と共にいられる

そんな時間がたまらなく愛おしかった








最近恵梨香の仕事の方が忙しくなってきているようだ

家に帰ってくると、恵梨香の顔には『疲れ』が見え隠れ

だいたい仕事は俺の方が先に終わるので、帰ってきたら晩飯の準備をしているのだが


「今日は疲れてて・・・食べれないや・・・」


「そ、そうか・・・」


「ごめんね・・・えいくん・・・」


「・・・いや、気にすんな。ゆっくり休めよ。」


「うん・・・ありがと」


そう言って恵梨香は早々と寝室に入っていく


「ッ・・・」


俺はふと席を立つ


「・・・ん、どうかした?」


「・・・」


「・・・?」


「・・・」


「・・・?」


「・・・いいや、早く寝ろよ」


「・・・うん、おやすみ」


後ろ姿を見て、俺も思うところはあるが

どんな声をかけてあげればいいのか

それが思いつかないのだ

恵梨香に一番近しい存在は俺なのに

そんな俺が何をしてあげればいいのか分からない

疲弊しきっている自分の妻に




俺は何もできなかった






今日は恵梨香にとって久々の休日

この日俺の方は会社があったのだが、今日は休みにした

今日は恵梨香と二人でどこか遊びに行こう

そう思ってもう遊園地のチケットを二枚買ってしまった

全て自腹で

結構するもんだなこのチケット


でも恵梨香と一緒に居られるなら大したことないな

それぐらいの出費ならお安い御用だ



「おはよう、恵梨香」


はやる気持ちを醸し出しながら恵梨香を起こす


「・・・」


「恵梨香?」


「んんッ・・・おはよう」


恵梨香はなんだか具合が悪そうだ


「・・・大丈夫か?」


「ごめん、ちょっと体調悪くて。」


「そ、そうか・・・」


「だから今日は寝かせて。」


「・・・」


「えいくん・・・?」


「・・・分かった、はやく元気にな」


「あ、うん・・・」




最近、恵梨香の笑顔を見ていない

恵梨香の仕事が忙しくなってきてからは会話すらもしなくなっていった

夜は早々と寝室に向かっていき

朝は早々と会社へと向かっていく

そんな日々に、雑談の余地なんてなかった


結局チケットはそのままゴミ箱行となってしまった




俺は恵梨香の笑顔がどうしても見たくて

恵梨香の身の回りのことを手伝おうとした

そうすればきっと喜んでくれると思って


しかし


「ねぇ、ここにあった資料どこにあるか分かる?」


「えッ?あ、あぁ、それは俺がそこのテーブルの上に束にしてまとめておいた。」


「はぁ!?なにしてんのッ!?」


「えッ?」


「これじゃどこにあるか分からないでしょ!?」


「あッ・・・」


「・・・んもう、何してんのよッ・・・」


「すまん・・・」


「・・・もういい、私寝るから」



それはかえって恵梨香の邪魔になってしまった

恵梨香は俺のせいで機嫌を悪くしてしまった



「・・・何やってんだよ・・・俺・・・」




とある日の朝

今日は俺は休みで一日中フリーだ

しかし恵梨香は今日も出勤だ

というかここ数週間、恵梨香はずっと働き詰めだ

どうにかしてあげたい

その気持ちは強くなる一方だ

恵梨香と話していたいのに

恵梨香の傍にいたいのに


恵梨香の笑顔が見たいのに


「今日は早めに帰ってくるから夕飯よろしくね」


「あぁ、分かった」


「じゃあいってきます」


「いってらっしゃい・・・」


バタン・・・


今日も恵梨香は行ってしまった

でも今日は早めに帰ってくるって言ってたな

晩飯はうまいもの作らないとな

少しでも恵梨香が笑ってくれるように


プルルル・・・


「ん?なんだ?」


ケータイに一つの着信が来た


「・・・これ、芽衣からか」


ピッ


「もしもし?」


『あッ、おにいちゃん!?大変だよッ!お母さんが倒れちゃった!』


「えッ!?」


『今病院来れる!?〇〇病院だけど!?』


「あぁ、今行く!」


慌てて支度をして玄関を飛び出す

恵梨香のことでもきついのに、その上に自分の母が病気で倒れたなんてダメージが大きすぎる

正直、だいぶ限界に近いかも・・・



「芽衣ッ!母さんはッ!?」


「おにいちゃん!そんな大きな声出さないでよ!」


「あ、あぁ・・・悪い」


「お母さんならもう大丈夫だよ。食中毒で今はだいぶ落ち着いたみたい。」


「なんだ、食中毒かよ・・・」


大事には至らなかったので、素直に安堵する俺

うちの母はよく食べる人で食ってるときにあたってしまったという

でも食べるの好きだからと言っても身体はスリムなのだ

訳わからん


「そういえばおにいちゃん」


「ん、どした?」


「えりちゃんとはどう?うまくやってる?」


「・・・まぁな、うまくやってるよ」


「・・・それ、ホント?」


「あぁ、ホントだ」


芽衣はそう言いながらジト目で俺を見つめてきた


「・・・なんだよ、なんかあるのか」


「・・・なんか隠してる?」


「何を隠すんだよ」


「・・・はぁ、全く・・・」


重い溜息を洩らして、あきれ顔を見せてきた

芽衣には何か見えているのだろうか

俺が嘘をついていたとしても

それを嘘だと見分けられる何かが見えているのだろうか

だったらこいつには通用しねーな


そう思って芽衣には今のことを話そうとした、が・・・

ふと時計を見る


「あぁッ!もうこんな時間ッ!」


「だから声デカい!」


「あぁ、すまん・・・とにかく恵梨香待たせるわけにもいかねーし、今日はここでな!じゃなッ!」


そう告げて、俺は自宅まで全力ダッシュした

もう家に居たらどうしよう

今日は張り切って晩飯作ろうと思ってたのに

とにかくいないことを祈ろう



ガチャッ!


「ただいまッ!」


玄関のたたきには、女性用の高級そうなハイヒールが一足


「帰ってたか・・・」


今頃恵梨香はドア向こうの居間にいるのだろう

あぁ、行きたくない

きっと怒ってるんだろうな・・・


ガラッ・・・


「ただいま・・・」


「ねぇ、どういうつもり?私言ったよね?」


やっぱり恵梨香は、怒っていた


「すまん・・・」


「何でこんなことも出来ないのよ・・・」ハァ


「・・・すまん」


何だか泣きそうだ


ピピピピッ ピピピピッ・・・


「・・・お風呂湧いたから先入ってくるわ。それまでには作れるよね?」


「あ、あぁ・・・」


「ハァ・・・じゃ、宜しく」



全部俺のせいだ

恵梨香があまり話さなくなったのも

恵梨香が笑わなくなったのも

全部俺がダメだったからだ


恵梨香のために何かしたい

助けてやりたい

でも




俺はまた何も出来なかった





恵梨香は俺といて幸せなのだろうか

迷惑しかかけていなくて、自分より収入も少ない俺といて

果たして本当に幸せなのだろうか

段々と自信が無くなっていく

俺は恵梨香に何ができる

恵梨香に何をしてあげられる

その答えが、段々と遠ざかっていくような気がした





今日は恵梨香の誕生日

恵梨香は今日も朝早くに会社に行ってしまったけど

今日次第でまた恵梨香も笑顔になってくれるかもしれない

微かな希望を見出してみる


「今日こそは・・・」


俺は本来仕事日であった今日を休み、恵梨香の誕生日ケーキやプレゼント、そして恵梨香が好きなゴディバチョコなど、全て自腹で揃えた


「準備完了っと。後は恵梨香を待つだけだな。」



夜7時を迎えた

何も書置きがない時はこの時間に帰ってくる恵梨香だが、まだ帰ってきていない


「何かあったのか・・・?」


手元のケータイで恵梨香に電話を掛けようとしたとき


ブーッ! ブーッ!


「ん?」


一通のメールが届いた


「これ・・・恵梨香から・・・」




『今日は会社の人と大事な会議があるから遅くなります。食事もこっちで済ませてくるから先に寝てて。』




淡い期待は画面上の羅列された文字たちによって、粉々に砕け散った




気づけば俺は外を浮浪していた

行く宛などない

ただ、何も考えなくていいところ

無情に降り注ぐ雨に打たれながら

暗い道を彷徨っていく




しばらく歩くと、とあるホールの前のロビーに群がる人だまりが目に入った


「ん、なんだこれ?」


どうやら何かの会食のようだ

イケメンの男性と、それと話す女性の姿が見えた


「!?」


そして、俺は目を疑った




「あれは・・・恵梨香か・・・?」




そこには見えなくなった恵梨香の笑顔

なぜその男性には見せているのか

パーティー用のドレスで身を纏っていて、とても優美に映る恵梨香の笑顔は




俺をどん底に堕とすには、十分すぎる威力だった






暗い道を、ただ彷徨う

もうなにも考えたくない

全て終わりにしたい

恵梨香と釣り合うなんて俺には無理だったんだ

自分の世界がこわれていく音が聞こえる

前が段々見えなくなってく


あぁ



死にたい




バタッ・・・





俺は、その場に倒れた





♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


ここは、とある病室の中


「・・・」


紫藤栄斗は、まだ目を覚まさない


ガチャ・・・


扉を開けて入ってきたのは、恵梨香だった


『あ、あなたが紫藤さんの奥様ですか?』


「は、はい・・・」


中にはすでに一人の男性がいた


『そうですか、それは良かった。いや、道を歩いていたら目の前に倒れてる人がいたのでここに連れてきたのですが・・・』


「それはどうも有難うございます。うちの旦那が色々と迷惑を・・・」


どうやらこの人が助けてくれたようだ


『いえ、旦那さんをどうか大事にしてやってください。あ、丁度目を覚ましましたよ。それでは・・・』


そう告げると、男性は病室を後にした




「何で他の人にまで迷惑を掛けたりするの?色々な人に・・・」


恵梨香は無情にも冷たい言葉を突き付ける


「・・・・い」


「何?はっきり言ってよ!」


「・・に・・たい」


「え・・・」


「死・・にたい・・」


恵梨香は今更ながら事の重大さに気づいた

栄斗の今の状態は、いつものとは全く違った


「ダメだよ・・・なんでそんなこと・・・!」


「死・・にたい、全部俺が悪いんだ・・・なぁ頼むよ恵梨香、死なせてくれ・・・」


「ダメだよ・・・死んじゃやだよ・・・!」


「頼む・・・・たの・・む・・・!」


「どうして!どうしてよ!?」


「全部・・・俺が悪いから・・・たのむ・・・死なせてくれ・・・!」






栄斗もだいぶ落ち着いた所に、医者の先生がやってきた


「こんにちは、紫藤恵梨香さんでよろしいですか?」


「え、えぇ・・・」


「夫の栄斗さんの症状は、中等度鬱病です。」


「うつ・・・病・・・?」


「はい、おそらく日常生活や家族とのコミュニケーションでストレスを感じていたのでしょう。それが莫大に膨れ上がり、そしてこのタイミングではじけたのでしょう。」


「そんな・・・私のせいで・・・」


「今からでも遅くはありません。旦那さんの傍にいてあげてください。おそらく、彼はあなたがそばにいてくれることを強く望んでいます。彼の希望にこたえてあげてください。」


「は・・い・・・」




数日後


「恵梨香・・・すまん、俺のせいで迷惑かけちまって・・・」


「いいよ、えいくんはゆっくり休んでて。ずっとそばにいてあげるから。」


「本当にすまん・・・」


「何も考えなくていいよ、少しずつ治していこうね・・・」



栄斗も回復してきているようで、意識が暴走することも少なくなってきている

恵梨香が仕事を今の所全て休んで、栄斗に付きっ切りで看病している甲斐もあり、意外にも回復は早いそうだ

治る早さは、患者の希望の大きさに比例するらしい

栄斗はよっぽど恵梨香に傍にいてほしいと思っているようだ





そして一週間後


「えりちゃん・・・おにいちゃん、あと一歩手前で死んじゃってたかもしれないんだよ・・・?」


「芽衣ちゃん・・・ごめんなさいッ・・・」


「・・・」


「本当に・・・ごめんなさいッ・・・!」


「・・・はぁ、分かったよ。えりちゃんも反省したみたいだし、芽衣は許してあげるよ。」


「めいちゃん・・・!」


「えりちゃんは芽衣の友達だしね!」


「・・・ありがとう・・・ありがとうッ!」


「あはは・・・抱きつかなくてもいいよ、えりちゃん・・・」




「気づいたら、えいくんが笑わなくなってたんだ」


「おにいちゃんが?」


「うん、私はえいくんとも結婚生活がとても幸せで、仕事が忙しくなってもその気持ちだけは変わらなくて・・・」


「そう、なんだ・・・」


「でも気づいたら、えいくんの方は笑わなくなったんだ・・・私はえいくんの笑顔が見たくて仕事も頑張ってたけど、逆に心配させちゃって・・・」


「・・・」


「そしたら仕事の方も忙しくなっちゃって・・・それでえいくんのことを考える余裕がなくなってきちゃって・・・」


「・・・」


「でもある日の会社同士の食事会で相手の社長さんと話した時に・・・」


「・・・」


「『旦那の話になると、そんな笑顔になるんだね』って言われて・・・その時にえいくんで頭がいっぱいになって・・・」


「・・・」


「気づいたらえいくんを探していたの・・・」


「・・・」


「本当に・・・こんなお義姉さんでごめんねッ・・・」ポロポロ


「・・・もういいよ、大丈夫・・・」





栄斗がほとんど回復してきた時期に、恵梨香は副社長の座から降りた

職場の地位より、旦那との時間を選んだのだ

収入は減ってしまうが、そんなのはどうでもいいらしい

最近は子供も出来て、より明るさが増したとか


「ねぇ、今日はどこに行こうかえいくん!」


「そーだな・・・真理、お前はどこいきたい?」


「えーっとね・・・この前言ったとこがいいッ!」


「お前ホントあきないな・・・どんだけだよ」


「まぁいいじゃない、行こうよえいくん!」





「・・・そうだな ――――









おわり






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